プレゼント【4】

 部屋に通されて凡そ一時間。アズリとティニャはまだ戻って来ない。

 部屋の内装はボックス席のあった広間と比べ、意外な程に静かな雰囲気だった。より一層質の高い調度品を主張し過ぎない程度に配置しており、ギラギラするうざったらしさも無かった。

 落ち着いて飲むには明る過ぎるが、品のある金持ちが心地よく楽しむ雰囲気としては丁度いい具合かもしれないと六瀬は思った。

 大きいテーブルが中央にあり、コの字を描くようにソファーが配置してあった。

 そして六瀬が座る様に指示された場所は一番奥側のソファー。

 見るからに目上の人物が座るようなデザインで、少し小さく、三人座れば丁度良く両腕で肩を抱けるサイズになっていた。


 六瀬は部屋に通されて直ぐ、念の為にルマーナの店全体をスキャンした。素の状態でのスキャンである為、そして五階建ての店が大きすぎる為、人の配置程度しか確認出来なかったが、ともかく危険と思える状況では無いと確信だけは持てた。

 だが、念には念を入れてもう一度スキャンしてみる。

 控室に二人、キッチンに三人、受付に一人、三階と四階の各々の部屋に計五人が寝ていて、そしてルマーナの部屋と思しき場所に四人居る。あとは十分程前に店内へ入って来た一人の客に二人の女性がついていた。キエルドは何やら作業をしたり外へ出たりと、一人忙しそうに走り回っている。


「きょろきょろしたと思ったらぼーっとして、どうしたの? そんなに珍しい? この部屋」

「いや、そういう訳では」

「……お酒、お好きじゃないのかしら?」

 いわれて自分のグラスを見てみる。

 一時間程度の時間を使っても、まだ二杯目が半分残っている状態だった。

 背の高いリーダー的存在の女性、名前はサラ。

 そのサラが体をピッタリと押し付けてきて、そして傷一つ無い滑らか太股を六瀬の視界に入れてくる。


「……私なんてルマーナ様が来るまでの前座。でもそんなに控え目に飲まれると、魅力が無いんだなって自信無くしちゃうわ」

 好きか嫌いかで問われたとしても、六瀬にとってはどちらでも無いと答える他ない。そもそもアルコール濃度やその他の成分を数値で確認しているのだから、旨い不味いの判断は周囲の人間の反応頼りなのだ。

「君と飲んでるんだ。言うまでもなく美味い。だが、ここで酔い過ぎては、招待してくれたルマーナに失礼だろ?」

「あら、お上手」

 隣にいるサラが耳元でそう囁いた。


「いい感じじゃないっすか」

「本当はロクセも好きなんだろ? こういう店」

 向かって右側のソファーで良い感じに出来上がっているザッカとメンノがニヤけ顔で言って来た。

 二人とも一時間で既に五杯目に突入している。

 奥からパーム、ザッカ、メルティー、メンノ、そしてローサという女性の順で座っていて、美人に挟まれる男二人は鼻の下をこれでもかというくらいに伸ばしていた。

 残り二人の女性の内一人は別の客の所へ接客に行ってしまい、パウリナと言う娘が残った。誰も座っていない席で、減った酒を作る役に徹している。


「どうでしょうね。嫌いではないとだけ言っておきますよ」

 接待されている身分で、正直な気持ちを答える程愚かではない。とはいえ、この言い方も良くは無い。

「素直じゃないな」

 メンノにそう言われて「だが、こんなにも綺麗な女性に囲まれれば明日が虚しいものになりそうだ」と女性達への配慮をした。


「私なら夢の様な朝を迎えられるようにしてあげれるわ。ロクセ様が望むなら」

 間髪を入れず、サラが言って来た。

「夢は虚空の中。サラ、もし君との夢がそこにあるなら、望まなくても掴めるはずだ。全ては運命が決めてくれる。そうだろ?」

 そう六瀬が答えるとザッカが「は? 何いってんすか?」と馬鹿にした口調でツッコんできた。

 しかし、メンノは「へ~」と関心した素振りを見せた。

 サラもメンノと同じ反応を示し、他の女性は一拍置いた後、ニコニコと笑顔を向けた。

「カッコつけすぎじゃないか? ロクセ。いや、むしろ気持ち悪いぞ、その台詞」

 とメンノ。

「あら、私は好きよ」

 とサラ。そしてパームが「合格かな~」と言い、声を合わせて「ね~」と女性達は一同に同意した。


 こんな反応を見れば、六瀬でも十分に状況把握できる。

 ルマーナに相応しいか吟味するとか、合格がどうとか言う彼女達。そして、特権の詰まったカードを渡し、自分の店へ招待するルマーナ。

 命拾いした謝礼もそうなのだろうが、本質はそこじゃないと思う。


――合格……か。成程、ルマーナは俺と信頼関係を結びたいと思っているのか。


 自分の店の従業員に即座に飛びつく様な男では、信用に値しない。男女関係を無くして、対等に話せる人物かどうかをチェックしていたのだろう。

 根本的に彼女達とそういった関係を結ぶ事は出来ない。事実、色恋沙汰に関して硬派を貫ける自信はある。


――モグリ義肢店のバイドンと繋がりがあるようだしな。信頼に値する人物とだけ関係を築きたいと、そういう事だろう。


 夜の街で実権を握るには、関係各所と相応の繋がりを持っていなければ出来ない事でもある。勿論、それを有効的且つ有利に活用する能力とその維持能力も必要となる。

 ルマーナは思ったよりも優秀な人物なのかもしれないと六瀬は思う。ならば、今後を考えて、ルマーナと仲良くしておいても損は無いかもしれない。


――同じ船掘業もやってる様だし、今後を考えれば友人になっておくべきか。それにルマーナは女性だ。例の件についても相談できそうだな。


 これも有効的判断。少しずつ人との関係を広げていけば、様々な部分で有利に働くだろう。

 ルマーナが”男女関係を抜きにした純粋な信頼関係を築きたい”と思っているなんて、容易に分かる。

 自信を持ってそう判断した。


「意味わかんないっすよ。ロクセさんホントに男っすか?」

「ザッカ、お前なら飛びつくのか?」

「いや、それは無いっすけど。でも、これだけ綺麗な女性に迫られたら断るのもどうかなって思うっす」

 と話すザッカとメンノに「やだもう~。ケダモノ~」とか「でも、そういう男も嫌いじゃないけど~」等と、女性達のハイテンションも混ざる。

 そんな中、気を良くしたように見えるサラは静かにグラスを傾かせて、頭を六瀬の肩に預けてきた。そして「ルマーナ様をよろしくね」と呟いた。


「肩くらい抱いてやれよ」

 最初からずっと、両隣の娘の肩を抱いているメンノがめざとくそう声をかけてきた。

 六瀬がどういった人物なのかは、彼女達が証明してくれる。ならば、この雰囲気に少しでも乗っておくとする。先もそう判断したように。

「硬い腕ね。私好み」

 サラは自身の肩に乗った腕を見つめて優しく微笑んだ。

 と、その時コンコンとノック音が聞こえた。

「失礼します」

 漸くこれで全員が揃った。


 まず最初にルミネが入室し、次いでティニャが嬉しそうに自分のドレスをチラチラ見ながら歩いて来た。順に入室するアズリは少し顔を赤らめながら俯いていて、最後に現れたルマーナは威風堂々とした様子で自身の匂い立つ美しさを披露していた。

 四人は直ぐに席へ着かず、テーブルの向かい側に一列に並んだ。

 アズリと目が合った瞬間、ギッと睨まれた。

 じろじろ見るなと言う意味なのだろう。


 メンノが「へ~」と一言、ザッカが「女って怖いっすね」と呟く。女性陣はというと、無言……というより驚きを隠せない様子でティニャを凝視していた。

 その反応全て、手に取る様に理解出来ると六瀬は思った。


 まずはルマーナだが、急いでいた為か昼間会った時よりも薄い化粧をしていた。だが、少し濃いめのシャドウと丁寧に形作られたリップが強調されていて、昼間の時よりもルマーナ自身の顔立ちの良さを最大限に引き出していた。特にギトギトしない絶妙な濃さのリップグロスが、唇の肉感と共に官能的な魅力を見る者へ強制的に訴えてくる。

 黒と赤を基調としたフィッシュテールタイプのドレスもまたルマーナの魅力を引き出していて、ボリュームのある柔らかそうな胸をこれでもかと言わんばかりに披露していた。

 この部屋で誰が一番魅惑的かと問われたら、殆どがルマーナを選ぶだろうと思えた。


 そしてアズリはというと、完全に別人と化している。

 丁寧に置かれたファンデーションとパウダーによって、薄っすらと乗っていたそばかすが消えている。チークも濃すぎない程度に置いてあり、歳相応の可愛らしさがあった。

 丁寧なセットの中にほんのり雑味を加えたハーフアップの髪は、無垢な色っぽさを表現していた。

 フレアスカートのドレスは赤一色となっていて、肩口から胸元にかけて丁寧な刺繍が施してあった。それ一着が化粧の可愛らしさと髪の色っぽさを強調し、且つ両立させている完璧なアイテムと化している。

 ただ、胸元が開いたドレスでは無いのに妙に胸が強調されていて、こんなに大きかったか? と疑問を持った。


 最後にティニャだが……これは一言でいって驚愕というレベルだった。

 別人……いや、これは人形。別物だ。

 まともに洗っていない様な髪や肌、そして薄っすらと石鹸の香りはすれど、洗ってるかどうか疑わしくなる様な服を着ていたティニャなのだから、元のイメージは低い。だが、それを加味してさえ、驚愕してしまう変貌を遂げている。

 汚れた肌は綺麗になっていて、元の滑らかできめ細かい白い肌があまりに美しく、部屋の調度品を超えるのではないかとも思えた。顔立ちは驚異的に整っていて、その大きな目と眼差しは見た者の魂すらも吸い込んでしまう……そんな錯覚すら与えてくる。

 わざと薄いメイクで終わらせたのは、作られた顔よりも彼女の本来の美しさの方が圧倒的だったからだろう。

 数年切ってない様な長い髪は、そう見えない位に整えてあった。きつく丁寧に編んだ髪の下に緩く編んだ髪を置いて、リボン型に結んである。

 彼女の顔立ちと比べれば少し大人びていると思えたが、女の子然とした可愛らしさも共存していて、これ以外に無いと思える程に似合っていた。

 そして、花屋で貰った青い花。それを髪飾りとして使っていて丁度良い具合に目を引いてくる。

 ドレスはと言うと一瞬普段着用のワンピースかと思えるデザインをしていた。短い襟のついたドレスで首元から胸にかけて大きなボタンが付いている。上半身は線が細く、まるでオーダーメイドで作ったかの様に体のラインに綺麗に沿っている。スカート部分はお尻の形がわかる程度までピタッとしているが、その先がフワリとしており、綺麗な折り目が可愛いかった。膝上までしか無いスカートが、全体的なシルエットとして素晴らしい魅力を出している。

 ロンラインを歩いている時も、彼女だけは高い評価を得ていた。

 この姿を見てしまったら、女に興味の薄い六瀬ですら高い評価をしてしまう。


――こうも変わるとはな……。


 皆が呆けるように目を向ける中、ルマーナが一歩前に出た。

「ロクセ様、そしてお連れの皆様、ようこそ、あたいの城【ルマーナの店】へ」

 そして丁寧……とは言えない若干の仰々しさを含んだ挨拶を始めた。

「お待たせしてしまってごめんなさいね。あたいが来た今からが本番よ。酒も食事も最高の物をお出しするわ。存分に楽しんで行って頂戴」

「もう遠慮なく飲んでるぜ」

「ちょ、言い方。こっちは呼ばれて無いのに飲ませて貰ってる立場っすからね」

「気にしなくていいわ、好きなだけ飲んで頂戴。要望があれば料理も出すからね、何でも言って。それと勿論、恋愛も自由よ。ただ相応の覚悟を持って頂戴。ウチの娘達は他と違うから特にね」

 無遠慮なメンノの発言にルマーナは全く意に介さない様子で返すが、恋愛云々に関しては妙に協調していた。


「さ、あなた達も席に着いて」

 ティニャはコクリと頷いて、アズリは遠慮がちに返事をする。

 空いているソファーに、奥からパウリナ、ティニャ、ルミネ、アズリの順で座った。

 それを確認した後、ルマーナがコツコツと六瀬の元へ近づいてきた。と同時にサラは自身の肩に乗った六瀬の腕を優しく押しのけてから立ち上がり、アズリの隣へ座り直した。


「隣、いいかしら?」

 サラが居なくなり、六瀬だけになった寂しいソファーの横に立ったルマーナが声をかけてくる。

「是非に」

「ありがと」

 自身のスカートを腰下から膝下へ色っぽく抱えつつお尻を突き出す様に座る姿は、長年この仕事をやって来た女にしか出せない魅惑的な空気感を出していた。

 サラと比べるとかなり控え目な密着。だがサラよりもずっと高い体温が、汗と一緒に蒸発する優しい香りの香水……の成分と共に伝わってくる。

「誘って直ぐに来てくれるなんてね」

「急ですまない」

「いいの。こっちが誘ったんだから気にする事ないわ」


 何故だろうか。

 優しく、そして艶っぽい表情で話すルマーナが密かに震えている気がする。

 緊張する……様な玉では無いのだから、何か他に理由があるのか。

 それに、チークもこんなに濃く乗せていただろうか。

 本当に何故だろうか。


 六瀬は把握出来ない彼女の心情に若干の戸惑いを覚えた。……が、直ぐに考えるのをやめた。

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