【エピソード2】 三章 プレゼント

プレゼント【1】

 【ルマーナの店】の店内は外観に反し、六瀬の想像を裏切る形で狭い作りになっていた。とはいえシンプルな内装では無く、量より質を取ったとでも思わせるような、一貫性のある調度品と家具で、無駄な程豪華に設えてあった。


 ボックス席が店内の左右に、余裕を持った配置で二つずつ並んでいて、中央に赤いカーペットが敷いてある。そのカーペットの先にはVIP用と思われる部屋が二つ並んでいた。キッチンや従業員の控室に繋がっているであろう扉の横に小さなカウンターがあるが、席は無く、所狭しと多様な酒瓶が並ぶ棚だけが異様に目立っていた。


 早い時間だからか、客が誰一人として居ない。だからこそ店内の美しさのみが、ダイレクトに六瀬の印象へ訴えかけてきた。

「いや、ホント凄いっすね」

「高いだけの事はあるな。それに女の子達のレベルもすげぇ」

「そっすね……何処の店でも流石にこれは……ホント凄いっす」

 無言で驚くアズリとティニャ、そして観察するかの様に辺りを見回す六瀬をよそに、ザッカとメンノだけが互いの感想を言い合っている。

 確かに、店内の装飾は言わずもがな、女性達の外見も二番通りを歩きながら眺めたどの女性達よりも頭一つ抜けてレベルが高い。


  三号店から走って向かっていたルミネという女性以外は統一されたチョーカーをつけていて、それもまた全ての女性に良く似合っていた。殆どの女性が平均を上回る長身で、違和感を覚える位の素晴らしいスタイルが、清廉された気品と妖艶な雰囲気を周囲に溶かし出していた。丁寧に時間をかけて作られた化粧が、その個人に最適の形で乗っており、多様な顔立ちはあれど、その全てが最高の状態で優しい笑顔を向けている。着ているドレスも同様で、個人の趣味に分かれた物を着用しているが、しかし皆、男に媚びる見せ方をしておらず、品良くその滑らかな肌を露出していた。


「おまちしておりました。ロクセ様」

 赤いカーペットの左右に沿って、合わせて六名の女性達が並んで立っている。

 その二列の間、カーペットの中央に向かって、一切のブレも無く歩いて来た男は丁寧なお辞儀と合わせてそう挨拶をした。


 その男はキエルドだった。

 ピシッと決まった正装姿のキエルドは、昼間に会った時とは全く違う印象を六瀬に与えた。

「急に来る事になってすまない」

 六瀬は、この店は完全予約制だとみていた。

 店に入った瞬間、雰囲気的にそう判断し、そして同時に自分達の行いが相手を戸惑わせる行為だったと反省をした。

「お気になさらないでください。ただ、ルマーナ様がお見えになるまで少々お時間がかかります。申し訳ございません」

「ああ。それは構わない」

 だろうな、と思う。

 彼女なりに準備があるのだろう。

 急に来店したこっちこそ、申し訳ございませんと言うに値する。


「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」

 キエルドは紳士的にゆっくりと、客を招くジェスチャーを行った。

「ルミネちゃん久しぶり」

 歩くより早く、並び立つルミネにメンノが声をかけた。

 女性達の中で一番小さく、若く、そして可愛らしいルミネ。

 圧倒的な艶美の中に、ポツリと置いてある可憐。並び立つ女性達を見て、六瀬はルミネに対し、そんな印象を受けていた。

「皆硬いなぁ」

 メンノが困り顔で言った。

 理由はわかる。

 客が店に入ってからも女性達は一切の言葉を発していないからだ。

 優しく笑顔を向けてくるだけで、まるでそうしろと命令されたかのように、客と自身の間に壁を作っているかのように、女性達は皆、口を閉ざしているのだ。


「ルマーナ様のお客様ですから、粗相をする訳にもいきませんので」

 六瀬が感じた通り、全ては命令だった。

 キエルドがそう命じ、余計な事を喋らせないだけ。

「ノリって重要だと思うんだよ」

 メンノが遠慮なしに言った。

「高級店っすから、これが普通なんじゃないっすか? 俺達が行く店とは違うんすよ」

「まぁそうかもな。でも、俺としては普段通りが良いんだが。……なぁ、ロクセもそう思わないか?」

「ええまぁ。あまり気を使われても逆に困りますね」

 急な振りで一瞬困ったが、六瀬もメンノと同意見だった。

 この調子で席についても、女性達は聞き手に徹する人形となってしまう。

 気を使って貰うのはありがたいが、度を超すと、それは非礼へと変わってしまう。


「……ロクセ様がそうおっしゃるなら、そう致しますが……当店はその、騒がしい方ですのでそれでもよろしければ」

 騒がしいとはどの程度なのか。

 ある程度騒がしいのは、こういった店では普通だろうと思う。

「……大丈夫ですよ」

 としか言えない言葉を六瀬は少し戸惑いつつ返した。

 頷く程度のお辞儀で了解の意を示したキエルドは「では……」と言ってパンパンと両手を叩いた。そして、

「皆さんいつも通りで良いそうです! でも、礼儀はわきまえて下さいね」

 と言って人形になりかけていた女性達を解き放った。


「「「はい!」」」

 一斉に返事が返って来た。

 そして一人の女性が小さく「せ~の」と呟くと

「「「いらっしゃいませ~!」」」

 と息の合う挨拶が響いた。


 活気があって、それでいて男の本能に直接触れて来る女性特有のセクシーな声。

 営業用の声色も声の本質も分かる六瀬には、そんなセクシーな声すらも容易に全てを判別できる。がしかし、少なくとも、その挨拶一つで店内にわぁっといっぺんに花が咲いたのは確かだった。

「いいね!」

「いいっすね!」

 メンノとザッカが満足気に満面の笑みをこぼす。

「メンノさん! お久しぶり!」

 息を吹き返したかのように、漸くルミネが挨拶を返した。

「元気そうじゃん! ってか本店勤務になったの? 凄いね」

「ううん。今日だけ。普段は三号店。それに私じゃ絶対本店は無理」

「今日だけでも凄いよ。出世したなぁ」

「ありがと。これもメンノさんのおかげ」

「ルミネちゃん……。可愛いっすね」

「もしかしてザッカさんですか?」

「そっす」

「メンノさんから聞いてます。いつもお世話してる友人だとか」

「いやいや、こっちのセリフっすよ。世話してるの俺っす!」

 ルミネを中心にメンノとザッカ三人が一足先に盛り上がり始めた。


 そんな中、ルミネ以外の女性はティニャの元に集まって来て、一斉に「ティニャちゃ~ん!」と声をかけた。

 頭をグシグシされたり頬を揉まれたりするティニャは少し困惑気味に「こ、こんばんわ」と挨拶をする。

「夜に来るなんて初めてじゃない?」

「やだ~。相変わらず可愛い!」

「お姉さん達もすっごく綺麗」

「も~う! 嬉しい事言っちゃって!」

「いつもはすっぴんだからね。驚いたでしょ!」

「ううん。いつものお姉さん達も綺麗だよ」

「良い子! 今日はお客で来たんでしょ?」

「ううん。お仕事。いつもの配達。でも、一緒にご飯食べていいって」

「じゃあお客様ね! 何でも言ってね。美味しい物だすわよ」

「いいの?」

「ええ。今日はルマーナ様の奢りだし気にしないで」

 店前で出迎えてくれた女性も、いつの間にか女性達の輪の中に混ざっていた。

 四方から話しかけられて、きょろきょろしながらティニャは答えている。

 その様子をアズリはあっけに取られて見ていた。


 何度も足を運んだ事があるというティニャの言葉は嘘ではなかったのだなと、六瀬は再確認した。そして、ここ【ルマーナの店】の店内が外観と比例していない理由についても、何と無しに理解した。

 思うに、【ルマーナの店】の二階から上は従業員の宿舎になっているのだろう。

 昼間すっぴん状態でティニャと交流があるのだとしたら、無論それしか考える所は無い。


「えっと、一緒にいるのはティニャちゃんの……お姉さん?」

 不意にかけられた質問に、アズリはビクッと体を強張らせた。

 煌びやかな店内とその雰囲気に呑まれ、そしてあまりに綺麗な女性達に圧倒されているのだろう。

 六瀬にだってそのくらいは分かった。

 そもそも、この場にいる女性達と比べたらアズリは非常に見すぼらしいのだ。ティニャは更にその上を行くが、子供であるが故に全く気にしていない様子だった。

 比較してしまう歳頃であるアズリにとっては、この場所は少し酷だなと思う。

「あれ? 弟君しか居なかったはずよね」

 確認するように一人の女性がティニャに問うと、それに被せる様にアズリが答えた。

「あ、わ、私はその、知り合いです。ティニャちゃんは私のお店のお得意様で……あと、ここにいる皆さんと一緒に別の仕事してます。えっと、船掘の」

「お店って?」

「あ、はい。ベルの花屋です」


 女性達が同時に「うん?」と思い出す仕草を示した。そして直ぐに「ああ! 思い出した。ベルさんとこの!」と答えを導き出した。

「知ってるんですか?」

「知ってるわよ。たまに買いに行くもの。でも、いつもは化粧してないし、髪も下ろしてるから分からないかもね。ほら、良く見て。思い出さない?」

 数瞬無言になったがしかし、待たせる事無く「……あ! パムさん?」と答えるアズリ。

「正解。でもここではパームだけどね。そしてこっちはメルティー。殆ど買いに行くの私達だから二人の顔くらいは覚えてるでしょ?」

「勿論です。いつもありがとうございます」

 言いながらアズリは軽く会釈をした。

「良かった。これで緊張しなくて済むわね」

 店前で出迎えてくれた女性がそう答える。

 一番背が高くて完璧といえるプロポーションと落ち着いた雰囲気。

 この場の女性達を取りまとめるリーダー的存在なのかもしれない、と六瀬は思った。


「今度からパームは化粧していかなきゃね。しないとホント別人だもの」

「ちょっと! 失礼ね!」

 客を席へ通そうとするキエルドをよそに、各々が店のど真ん中で盛り上がり始めた。

 黙って様子を伺う六瀬はふと不満を覚えた。


――う~ん……主賓は俺だった気がするが……。


 今の所、直接声をかけてくれたのはキエルドだけだった。

 自分が完全放置されている状況を、ここにきて漸く知った。

 そんな六瀬の心情を察した……かどうか分からないが、深い溜息をついた後「皆さん!! ここに呼ばれているのはロクセ様ですよ!」とキエルドが注意する。

「「「ごめんなさ~い」」」

 一斉に、そして悪びれも無い雰囲気で女性達は謝った。そして、

「でも、ルマーナ様の彼氏を落とす訳にもいかないし……」

 と一人の女性が言うと、またも一斉に

「「「ね~」」」

 と互いに確認する形で声を合わせた。


「彼氏?」

 と言いながら睨んでくるアズリは無視した。

 否定して、また何か気に触ったりしたら面倒だからだ。

「これは仕事ですよ!」

「お手付きしちゃってもいいなら……」

「「「ね~」」」

 互いに確認するような返答は彼女達の癖なのだろうか。

 だが、それだけ仲が良い証拠でもあると思った。

「って、あなたには無理でしょ」

「無理って何よ無理って!」

「化粧しなけりゃ眉もないしね」

「はぁ? あんたもないでしょ」

「化粧は関係なくない? この人を落とせるかどうかの話だし」

「じゃあメルティーには出来るっていうの?」

「勿論」

「勝負ね! 皆もどう?」

「あ~私はそれ、不参加で」

「パーム、ノリ悪~い」

「ルマーナ様に悪いでしょ」

「ルマーナ様に相応しいか吟味する意味もあるんだけど。それって私達の義務じゃない?」

「「「確かに!」」」


 礼儀もくそもない。

 一応は高級店なのだから、ある程度の節度があるかと思いきや、まるで場末の飲み屋。


――静かな方が良かったかもしれないな。


 言いたい事を言いまくる女性達に若干辟易しながら六瀬はキエルドへ視線を向けた。

「申し訳ございません。こんなのばっかりで」

「……いえ」

「こんなのって何?! キエルドさん!」

「こんなのはこんなのです。いいですか皆さん。この方がいたからこそ、ルマーナ様は無事で居るのです。でなければ先日の作戦で大変な事になってましたよ? ルマーナ様がムモールに襲われる所を船内で見てるだけだったのはあなた達です。もっと感謝の念をもって……」

「ルマーナ様を守れなかったのはキエルドさんも一緒じゃない」

「私達に責任押し付けないでくださいますぅ?」

「ショック! ……ともかく、こんな所で盛り上がっても仕方ないですので、早く向かいましょう」

「「「は~い」」」


「それではロクセ様、こちらへ」

 漸く歩き出し、ぞろそろと皆がキエルドに続いた。

 しかし、はたと何かに気づいたキエルドは足を止め「そうそう、忘れてました」と言いながら振り向いた。

「女性のお二方は一度ルマーナ様の部屋へ向かって頂きます」

「へ?」

 アズリが反応し、ティニャはきょとんとする。

「ティニャ様……でしたか? バイドン様より預かり物があるのでしょう? ついでですので直接お渡し下さい」

 ティニャはコクリと頷き、ウエストバックをごそごそとまさぐった。そして一枚の封書を出し、キエルドに見せる仕草で胸元に掲げた。

 それを見たキエルドは確認したと言った様子で小さく頷く。

「えっと、私はどうしてですか?」

 そして当然の質問をするアズリ。


「お二人とも着替えていただきます。ルマーナ様の指示です。拒否権はありませんので、どうぞよろしくお願いします。……ルミネ」

「は、はい!」

「お二人をルマーナ様の所へ。着替えも手伝ってあげてください」

「え? あ、はい!」

 着替えとは何の事か? と思ったが、アズリとティニャを見て、なるほど、と六瀬は思った。

 ルマーナも粋な事をするのだなと同時に思う。

「私も行きます?」

 リーダー格の背の高い女性がそう提案してきた。しかし「駄目です。ルミネだけに任せます」とキエルドは即答した。

「差別」

「違います。ではルミネお願いしますよ」

「はい! 任せて下さい。じゃ、そういう事だからまた後でね」

 ルミネがメンノを見やり、手を振った。

「はいよ。アズリを綺麗にしてやってくれ」

「なんで私だけ?!」

「あ、いや、すまん」


 ルミネだけに任せるキエルドの判断は正しいと思った。

 ともかく、綺麗に着飾ったアズリとティニャを見るのも良いかもしれない。

 少し楽しみだと六瀬は思った。アズリの機嫌が直るきっかけになれば……と淡い期待を込めて。

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