ルマーナの店【7】

「綺麗な人ばかりですね。ね? ロクセさん!」

「ん? ええ。まぁ。そうですね」

 同意を求めて何がしたいというのか。自分でもよく分からない。

 ステイラとの一件があった後は、もう自分のイライラを抑えようとはしていなかった。いや、元々抑えてなんていなかったのかもしれない。

 アズリは自分でも分かる程の不機嫌面でルマーナの店へ向かっている。


「気にしなくて良いと思います」

「何がですか?!」

 気にするなとは何の事なのか。

 ロクセの言葉で余計にイラつきが増す。

「アズリごめんな。嫌な思いさせて」

 今度はメンノが声をかけてきた。

「だから何の事ですか?!」

「いや、色々と……な」

「アズリはそのままで良いっすよ。十分っす」

「ザッカまで!」

 メンノとザッカの言葉で理解できた。

 二度も理不尽な評価を受けた事にフォローを入れてるのだろう。しかし、それを受け入れてしまえば、自分自身もその評価に納得した事になる。


「いや、気にしてないならいいけどな」

「これがレティーだったら大変な事になってると思うけどね」

「……殺されるっすね。たぶん」

「想像したくねーよ。やめてくれザッカ」

 自身の評価に関しては、この際どうでもいい。いや、どうでも良くは無いが、ここで何を言っても何の解決にもならないし、実際、その程度の評価だと自分でも良く分かっている。それよりも、今日のロクセの態度やステイラへの対応の方が精神的に来る物がある。

 肩を抱いたり手を繋いだり、そんな女慣れした行動を起こさないだけマシだが、それでも確実にアズリの精神を不安定にさせている。


「って、そんな事より着いたっすよ」

 そんな事? その程度?

 思いながらもアズリは周囲を見回した。

 一本道の突き当りに位置する広場。円形状に加工された洞内の中央に銅像が建っていて、ライトアップされてある。目の前には道すがら見て来た店の倍以上ある建物が一軒。エレベーターと思える物がその建物の左右に生えており、そこから先にはそれよりも若干小さな店が二軒連続で建っている。

 正面から見ると、六角形の内の五面が建物といった風だ。


「ここがルマーナ直営の店と姉妹店が集まる場所だ」

「これ全部ルマーナさんのお店なの?」

 メンノが「ああ、凄いだろ」と言い、ザッカが「この中ではルマーナの店が一番大きいっす」と言う。

「ティニャは来た事あるから知ってる。真ん中のお店がルマーナお姉さんのお店」

「そう。よく知ってるなティニャちゃん」

 メンノがまたポンポンとティニャの頭に手を置いた。

「ルマーナの店の左にあるのが二号店で、右にあるのが三号店っす」

「そ。で、更に隣が姉妹店。資本はルマーナだが、経営は違う奴がやってる。その経営者とは知り合いでな、姉妹店にはたまに行く。ルマーナ直営は高くて通い続けるには、ちと厳しい」


 アズリは大口を開いてその景色を眺めた。

 中級街からずっと遠くに見える上級街の奥。行った事は無いが、そこの建物に良く似ていると思った。

 鉄で出来た中級街とは違い、本当にここは別世界だと思った。

「あの銅像ってまさか……」

「そう。ルマーナだ」

「他の通りも似た様な構造で、一番奥にはそこの実力者の銅像が建ってるっすよ」

 足を交差させてポーズを決めるルマーナ像の周囲には噴水が設置されてある。ベンチもあって、数人の男女がそこで会話をしてた。

 待ち合わせの場所としても利用されているのだろう。


「おっと。上の連中も来始めたな」

 メンノがエレベーター付近を見ながら言う。

 見てみるとエレベーターからビシッと決まった格好の男達が降りて来た。エレベーター前で待機していた女性も居て、そのまま腕を組んで店へと向かっていく。

「あれは上級街専用のエレベーターという事ですか?」

 ロクセがそう質問すると「まぁな。お偉いさん専用だ」とメンノが答えた。

「俺達は使用禁止っすよ。使ったら捕まるっす」

「だがロクセ、あんたは別だ。そのカードがあれば使える」

「そうですか」

「使う機会なんて無いと思うっすけどね」

「そうですね……。それよりも客が皆、二号店三号店、あとは姉妹店ですか、そこにばかり入って行くのですが……」


 アズリも良く観察してみた。

 腕を組まれた貴族達も、一人で向かう男達も、皆ルマーナの店以外に入って行く。

「いつもそうさ。本店には決まった奴らしか行かない。リピーターってやつか? 入れ込んでる娘に一途な奴らしか行かないのかもな。本店の割に、他の店より客足は少ないんだ」

「謎っすよね。知ってる奴に聞いても、とにかく行ってみろ行けば分かる、くらいしか言わないっすから」

「だな。料金も他と比べて圧倒的に高いから誰も面白半分では行かない。店前で客引きすらしない店だしな」

「それだけ自信がある店という事では?」

「そうかもな」

 会話を聞くだけで特別な店なのだと分かる。


「ティニャは入った事あるよ?」

 少し自慢気に言うティニャ。

 お使いで何度も足を運んだ事があると言っていた。この面子の中でルマーナの店を知っているのはティニャだけだ。

「どうだったっすか?」

「すっごく綺麗な人がいる。沢山。でも昼間にしか行った事ないから夜は分からない」

 昼間でもそんなに女性が居るの? と少し疑問が沸く。

「へぇ~。それは期待できるな。それにルミネちゃんも行くみたいだ」

 メンノがそう言いながら三号店の方へ目を向けた。

 店の前で、客と思しき男の手を握って別れの挨拶をし、急いで走り出す女の子がいた。

「あの走ってる娘こっすか?」

 綺麗というよりも可愛らしいドレスに身を包んだ彼女は、ドレスの裾を両手で持ち上げて本店へ向かう。

 細いヒールの靴を履いていて走り難そうだった。

 そして三号店と本店の隙間に入り、裏口から入店する。


「やっぱり。本店に入った。今日は本店ってか? 出世したなルミネちゃんも」

「先程も受付で話してましたが、知り合いですか?」

 ロクセの質問に「ああ。まぁな」と答えて「それじゃ、行くとしようぜ」とメンノが先頭を切って歩き出した。






「綺麗な人ばかりですね。ね? ロクセさん!」

「ん? ええ。まぁ。そうですね」

 同意を求めて何がしたいというのか。やはり今日のアズリはよく分からない。

 ステイラとの一件があった後から、彼女のイライラが露骨になった様に見えた。

 容姿についてあまり良い評価をされなかった事に腹をたてているのだろう。

 六瀬としては、そんな些細な事……と思うが、女性の立場で見れば許容出来ない事案なのかもしれない。しかも二度も同じ評価を下されたのだから、アズリの心中は穏やかではないと思う。


「気にしなくて良いと思います」

「何がですか?!」

 慰める言葉をかけても、余計に不機嫌にさせただけ。

 彼女としてはもう触れて貰いたくない出来事なのかもしれない。もしくは強がりか。


――さっきの子……ステイラへの対応も悪かったか。


 メンノが遠くから様子を伺っていたのは知っていた。面白がっていたのだろう。

 だが、助けに来る事を予想していた為、ステイラの強引な勧誘に然程抵抗はしなかった。勿論、面倒だったからという理由もある。

 しかし、その結果アズリの評価へと会話が移行してしまった。

 会話を誘導するくらいの気持ちで対応しなけれならなかった。

 今になって申し訳ないと思う。


――郷に入っては郷に従えという事だな。少しは周りの空気に合わせるべきだった。これ以上アズリを不機嫌にさせては駄目だな。


 任務で夜の街へ繰り出す場合、多少はキャラクターを作り、それに徹した。ターゲットに怪しまれない為、気に入られる為、場の空気に溶け込む為。

 潜入、スパイ任務は苦手分野であるが故に、経験は乏しいが、それでも出来るだけ努力していた

 だからここでも、少しくらいは努力しなければならない。面倒だからと適当な対応では、またアズリを不快にするかもしれない。


――女の肩を抱くくらいはしておいた方がいいだろうな。ヘタな会話でアズリに飛び火しないよう、多少は場のノリに付き合うとしよう。


 そうと決めたらこの場に居る事すら面倒だった気持ちが少し晴れた。

 エレベーターから続々と身なりの良い男達が降りて来る。

 貴族専用のエレベーターだとか、ルマーナに貰ったカードがあれば使えるだとか、そんな説明をされた後、店の説明もされた。


「それじゃ、行こうぜ」

 メンノの言葉で皆がルマーナの店へ歩き出す。

 意外とシンプルで小さい看板に、店の名前があった。ルマーナの店はその名の通り【ルマーナの店】だった。

 店前には背が高くてスタイルの良い女性が立っていた。

「お待ちしておりました」

 そう一言言って浅くお辞儀をする。

「うおっ! こりゃぁいい女だ」

「すごい美人っす……」

 メンノとザッカが、どストレートな感想を述べる。

 その後ろでティニャが小さく「あっ」と何かに気づく仕草をした。

 すると、女性はティニャに注意を向けて一瞬小さくウィンクをした。そして、下腹辺りで組んだ手を微かに動かした。

 微かに動かした手も、小さなウィンクも、ティニャへの密かな挨拶だと思った。


「どうぞ」

 女性はまた一言だけ言って扉を開けた。

 六瀬以外は皆、その扉の向こうを見て感嘆の声を上げた。そして、六瀬だけは後ろを見ていた。

 ずっと後をつけて来ていた男は今、踵を返して急ぎ足で出口へ向かっている。皆が【ルマーナの店】に入る事を確認してからの行動。何処かへ報告しに行く様子だった。


――厄介な事にならなきゃいいがな。


 いや、何かしら起こる予感はした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る