ルマーナの店【2】
後ろから見ると、仲の良い姉妹に見えるアズリとティニャ。
六瀬は二人の後をついて行きつつ、どうしてこうなった? と考えていた。
世話役だからとアズリは言い、それに対して一応の納得はした。ティニャが心配だという後付け理由にも納得しておいた。しかし、腑に落ちない。
酒が飲める訳でも無いのに、酒の席について来て何が面白いというのか。そもそも男が通う、いわゆる夜の街に出向いた所で、女性であるアズリは場違いなのではないのだろうか。
昔、潜入作戦において、何度かこういった場には足を運んだ事がある。しかし、全ては仕事上の経緯であり、ましてや一般の女性と同伴した経験など無かった。元々、夜の街で遊ぶ気質が無かったが故に、経験不足という側面もある。だが、そんな自分でも、十六の女の子と十歳程度の少女を客として同伴させる状況には違和感を感じる。
そして、こうなった根本の原因と思える、アズリの斜めな機嫌。
その要因は何処にあったのか。
彼女の怒りスイッチが入った箇所は分かるのだが、正直、会話の当初から不機嫌だったように見えた。何か彼女の気に障る事をしたのかとサブメモリーの記憶を掘り返したが、一切の痕跡は見当たらなかった。
周期的に訪れる女性特有の現象によるものなのかもしれないと、強制的に納得しておいたが、これもまた腑に落ちない。
彼女の機嫌に関しては、考えれば考える程意味が分からない。
――ティニャにはジュースでも飲ませておいて、ルマーナに軽く付き合ったら帰ろうと思っていたのだが……。
一人増えると会話を切り上げるタイミングが難しくなる。そして結果的に帰るタイミングも遅くなる。
ご機嫌斜めなアズリが追加となると、本当に面倒くさいとしか思えなかった。
そして六瀬は、出発してから数えるのすら億劫になった溜息を、今度は深々とついた。
「そっか。お手紙の配達でルマーナさんのお店まで行くんだね」
「うん。あと、おじさんの道案内もお仕事」
「それは知ってる。偉いね」
アズリがジトっとした目でこちらを見て来た。
どの花が一番好きか等と、花の話題を二人で楽しんでいたのだが、いつの間にか別の話題に切り替わっていた。
「どうかしましたか?」
六瀬は極めて冷静な態度で対応するが「別に」と素っ気なくされた。そして独り言のように「道案内くらい私も出来るんですけど」と続けた。
「……詳しいんですか? まさかよく行く場所とか?」
こちらに言った言葉だと感じ、念のため問いかける。
「行く訳ないじゃないですか。行った事……無いですけど、でも、場所くらいは分かります」
「店もですか?」
「そ、その辺の人に聞けば分かります。たぶん」
知らないんじゃないかと返したかったが我慢した。
そもそも、今夜ロンラインへ赴くつもりは無かったし、なし崩し的に急に決まった予定なのだからアズリに道案内を頼む事も出来なかった。
蔑ろにされた事が気に障ったのか? と思ってみたが、女の感情を理解するのは自分には難解過ぎると判断する。そして、意識を別の所へ向けた。
何故ならば、遠目にロンラインと思しきゲートが見えたからだ。
六瀬は時折、アズリに教えられた集合住宅の屋上へ足を運ぶ。昼には街の風景を眺めて、夜には星と船を眺める。
夜、長い時間明かりが灯っている場所は、殆どが工場や軍施設のある方面と上級街のみで、夜の街と思われる箇所は見当たらなかった。中級街でもポツポツと明かりは見えるが、夜の街とは違う気がしていた。
どこの国でもどこの街でも、必ず男の欲望を満たす一角は存在する。
しかし、この街では検討がつかず、いったい何処にあるのかと疑問に思っていた。
――ここがロンライン……。
上級街へ向かう坂道から離れて、東から回り込む様に歩いた。そして辿り着いた所は崖上に上級街が広がる場所。そしてその崖下。
――上級市民街の地下にあるって訳か……成程。
元々洞窟だったであろう場所を綺麗に整備している雰囲気があった。
吸い込まれるように、ぞろぞろと女性達がゲートに向かっていて、それに混ざる形で男の姿も見えた。ゲートに向かう道の両側には飯屋が並んでいるが、まだ開店している様子は無かった。
「見えて来たね。ティニャちゃんは何か食べたい物とかある? 何でも言ってね」
「いいの?」
等と仲良く話す二人を無視して、六瀬はあたりを見まわした。
皆、奇異な目でこちらを見ていると感じ、やはり自分達は場違い感があると思った。そして面倒事がまた増える予想をしてしまい、また深い溜息をついてしまった。
「よっ!」
後ろから誰かが近づいて来るのは分かっていた。振り向くとメンノとザッカが居た。
メンノは満面の笑みで、ザッカは申し訳なさそうな表情をしている。
普段は適当に物事を考えていそうなザッカだが、更に上を行くメンノと比べたらまだマシなのかもしれないと感じた。
「あれ? メンノと……ザッカ」
「変な組み合わせだな。アズリ」
「え? あ~うん」
少し決まりが悪そうに答えるアズリ。それを気にする事無くメンノは六瀬に向かってニヤついた。
「まさか、あんたが飲みに出歩くとは思ってなかった。いつも俺達の誘い断ってるのに、アズリとロンラインって……一体どうした?」
「色々とありましてね」
余計なことは言わずに適当な返答をすると、メンノは「ふ~ん」と含みのある相槌を打ち、改めてアズリとティニャをしげしげと見回した。
「二人して……。こんな時間から飲むの?」
冷ややかな態度でアズリが言うと「お前もだろ」とメンノは返した。
「私は違うから。この子……ティニャちゃんとご飯食べるの。ロクセさんもついでに」
ティニャの肩をギュッと引き寄せるアズリ。ティニャはきょとんしている。
――ついではお前だろ! というか、ご飯? 何故そんな話になってる?
「飯か? いやまぁ、食えるが……基本そういう場所じゃないぞ? ロンラインは。知らないのか?」
「話は聞いた事あるから、なんとなく知ってる。でもメンノ達とは目的が違うから!」
――何を言ってる? 飲みに行くんだ。目的はこいつらと一緒だぞ?!
どうやらアズリの脳内では、飲みに行くというよりご飯を食べに行くという状況になっているらしい。もしかしたら、下心丸出しの男が綺麗な女性と一緒に飲める場所でありつつも、美味しいご飯も食べれる場所、とでも思っているのかもしれない。店によってはそうかもしれないが、基本はつまむ程度の料理しか出ない店ばかりだろう。
等と思っていると、メンノも何を言ってる? と言いたそうな顔をして「ま、いいや」と話題を切った。
「それよりも、俺達も一緒に行っていいか?」
「何で?」
――やっぱりな。
アズリは普通に疑問を呈したが、六瀬にはそう来るだろうと予想がついていた。
「大勢いた方が楽しいだろ?」
「う~ん……」
「ロンラインは入るのに金がかかるんだぜ? 」
「そうなの?」
「ああ。だが、俺が居れば格安で入れる」
アズリがチラリと視線を送ってくる。
その視線の意味にどう答えていいのか迷っていると、続けざまにメンノが口を開いた。
「それとな、三つあるエリア……あ~、どん詰まりになってる一番から三番までの大通りがあるんだが、それぞれジャンルが違うんだ。俺はこの辺に詳しいしな。初めて行くんだったら、俺らと一緒だと色々と便利だぜ?」
「う~ん……私はいいけど。ティニャちゃんは?」
「ティニャは気にしないよ?」
「じゃあ、ロクセさんは?」
「……構いません。今更一人二人増えても同じ事でしょうし」
同じことでは無い。盛り上がって飲み明かしそうな男二人がついてきたら余計に帰りが遅くなる。
帰って何をする訳でも無いが、純粋に面倒だと思う。
とはいえ、場の空気的に断る事も出来ず、その理由も思いつかない。
――こうなったら諦めるしかないか……。
「オッケー! じゃ、行こうぜ!」
流れに任せる事にしよう。
六瀬は渋々そう思った。
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