ルマーナの店【3】
飛べば越えられそうなゲートを通ると、左右に波打つ道が続いていた。地面は平らに舗装されていて、壁は連続強化繊維の格子筋と鉄板で補強されている。その壁には様々な店の広告板が張られていて、スポットライトの有無で店の程度を推し量る事が出来た。天井の岩は剥きだしになっているが、一定間隔で大きなライトが設置されていて、空気循環の為のファンが回っている。少しライトの光量を抑えているあたり、壁のスポットライトを際立たせる為の
「着いたな」
メンノの言葉で六瀬は壁から視線を戻した。
その先には大きな三つの扉があった。
無骨な扉ではあるが、空気を完全に遮断出来そうな程にぎっちりと閉まっている。
洞内火災を空気遮断で消化する為の防火扉なのだと思えた。
扉と天井の間には、壁をくり抜く形で、防火シャッター装備済みの巨大な軸流ファンがゴンゴンと音を立てていた。合計で六つあったが、現在稼働している数は三つだった。
客入りの様子を見てから稼働数を増やすのだろうと思った。
扉には各々個性的なマークが施され、その下に数字が割り振られている。扉の扉と言うべきか、人の通る部分だけが開かれており、その手前には受付の様な小部屋が設置されていた。
メンノが「一番通りは……」と言葉を選ぶ様子で「飲んで遊ぶ所だ」と説明する。
「で、二番通りは飲み食い専門。三番通りは酒と博打の世界だ」
遊ぶというフレーズだけで、性的なサービスがある場所なのだと予想が出来る。
「へ~。……遊ぶって何?」
知らないのか? と問いたくなった。だが、アズリに説明はしない方が良いと瞬間的に判断した。
「アズリは知る必要ないっすよ」
ザッカが代弁してくれた。
――同意だ。
と思うと同時に、もうしばらくお前はピュアなままで居ろ、という謎の親心が生まれる。
「何その言い方?」
ムッとするアズリの肩をポンポン叩きながら「まぁまぁ、とにかく二番通り以外は行かない事を勧めるぜ」とメンノがなだめた。
「カナ姐も言ってた。他は危ないって……」
「そ。だからやめておこうぜ」
言いながら今度は六瀬に向かって「で、因みに今日は何処に行こうと思ってた?」と問う。
「二番通りです」
「賢明だな。それに俺達と一緒だ」
「そうですか」
「じゃ、早速行こうぜっと、その前に」
メンノが一枚の黒いカード取り出して「そこの受付でこのカードを作らなきゃならないんだ。IDは持ってるか?」と聞いてきた。
アズリの頷きと合わせて六瀬も頷く。
「初回は各ゲート前の受付でIDを提示して、通行カードを作る。一度作ったら何度でも使えるんだが……さっきも言った通り、金がかかる」
そこで急にドヤ顔になったメンノは手元のカードをひらひらさせて「だが、俺のこのカードがあれば、格安でカードが作れる」と言った。
「なんで?」
素直に質問するアズリに対して「VIPだからさ」とメンノは答えた。
カードにランクがあるのだろうと六瀬は思った。
昇格の基準は、使用頻度と使った金の量によるものだろうな、とも容易に判断出来た。
「ティニャも持ってる!」
メンノのカードを見て、自慢げにティニャもカードを取り出した。
色は緑色だった。
「業者用のカードっすね」
「ティニャちゃんは仕事で来てるから。私はその付き添い。ついでにロクセさんの用事も済ませてご飯も食べるつもりだったの」
「そういう事か。変な面子だと思ったぜ。それにしても偉いな、ティニャちゃん」
メンノがティニャの頭をポンポンと叩く。
「うん!」と笑顔を送るティニャを見て、メンノもまた貰い笑顔を送った。
「それでロクセ、あんたの用事って?」
今度はわしゃわしゃとティニャの頭を撫でながら、メンノが当然の疑問を投げてくる。
ここまで来たら言い淀む事をしても仕方がない為「……ルマーナという女性に少しな」と正直に答えた。
一瞬ムッとするアズリも気になったが「ルマーナ……は? 何故?」と驚きを隠せないメンノの方が気になった。
「これを渡されて。飲みに来る様にと……」
六瀬はルマーナに貰ったクリアカードを見せた。
ランクがあるのだろうと理解した後なのだから、このカードの価値が知りたかった。
「ま、マジっすか!」
「嘘だろ?! ちょ、ちょっと見せてくれ」
後ろで見ていたザッカも身を乗り出してカードを凝視した。
「特別な物ですか?」
二人の態度を見る限り、相当な代物なのだろうと即座に分かったが、敢えて聞く。
「特別ってレベルじゃない! 持ってる奴なんて管理貴族でも上の連中……。俺らみたいな中級市民だったら片手で数える位しか持ってないって話だぞ。ってか初めて見た……すげぇ」
「ドヤ顔で出したそれ、意味無くなったっすね」
「う、うるせぇ……」
そっと手に持ったカードをズボンに突っ込むメンノ。
驚きと悔しさと興奮と喜びをごちゃ混ぜにしたみたいな謎の表情をしている。
そんなメンノを他所に「やっぱりティニャのより綺麗」と手を伸ばして、自分が持った緑のカードを六瀬のカードに並べて見つめるティニャ。
その仕草と子供らしい反応は、見ていて微笑ましいと六瀬は思った。
「どんな効果が?」
ハッと我に返ったメンノは一度咳払いをした後「マークを見れば分かるが、それは二番通り専用だ。だから、そこでしか使えないが……それ一枚で全員通行カード無しで入れる。超VIPしか持ってない信用状みたいなもんだ」と、得意げにそう答えた。
少しの沈黙が起こり、効果はそれだけですか? と言いかけた所で、ザッカが「加えて、全ての店で金が必要なくなるっすよ」と続けて説明した。
「無料って事?」
少し不機嫌にして黙っていたアズリが会話に入って来た。
「そっす。二番通りではどの店でも一切、料金を取られないんすよ」
――ほう。それは良いな。
これからを考えて金の浪費は抑えたい、と思っていた六瀬にとっては朗報と言えた。
「そのカードを持ってる本人とその連れは、どんなに飲んだとしても食ったとしても、ルマーナが全て支払いしてくれるんだ」
普段の礼も兼ねて時折、アズリや妹のマツリを連れて来て何か食わせてやろうかと、一瞬ゲスい考えをしてしまったが、どうせつまむ程度の料理しかないのだろうし、そもそも男が通う場所にマツリまで連れて来るのは如何なものかと、六瀬の良心がそれを遮った。
「へ~……」
今度は無表情でカードと顔を交互に見つめて来るアズリ。
他の特典を聞けとでも訴えてるのだろうか? と思い、六瀬は素直に「他には?」と聞いた。
「まぁ、一応あるっすけど。使わないっすよ」
「それは?」
「お貴族様への信用状にもなるって所だな。俺は必要ないと思うが」
「な?」とメンノはザッカに確認する。それに「そっすね」とザッカが返す。
「ほう……」
「ロクセは上級街の奥に行った事あるか?」
「いえ。まだ」
「奥には、お貴族様の中でもトップクラスに偉~い人が住んでてな、警備すげーし、とにかく厳重に守られてる。そいつを持ってれば、一日中椅子にふんぞり返ってるそいつらに会いに行けるって訳。な? 必要ないだろ?」
「……確かに」
今後、それが一番有効的な効果を発揮する予感がした。だが一応、今は同意をしておいた。
「殆どのお偉いさんが会ってくれるって話っすからね。一番通りのヴィスなんてそれでのし上がった部分もあるって噂っすよね」
「あくまで噂な。ってそういやロクセ。あんたルマーナに飲みに来いって言われたって言ってたよな?」
ヴィスとは誰の事かと一瞬思ったが、切り替えられた質問に、六瀬は反射的に「ええ」と答えた。
「じゃあ、ルマーナの店に行くつもりだったのか?」
「そうなりますね」
メンノとザッカが見つめ合って「マジっすか」「今日はツイてるな」と言いつつ、顔をゆっくりと笑顔に歪ませ始めた。
「俺も行った事ない超高級店だぜ……」
「同じく」
「なんだよ、その顔は。商店街裏で飲むのがいいとか言ってなかったか?」
「今夜は社会勉強。それとこれとは別っすよ」
「ハマるなよ?」
「一緒にしないで貰いたいっすね。真面目っすから。これでも」
「どの口が」
二人は六瀬を無視して盛り上がっている。
六瀬は呆れて、今日で何度ついたかわからない溜息をついた。
そして本当に面倒くさいと思いながら「……行きましょうか?」と気を使った。
「ゴチになります!」
「ゴチになるっす!」
バッと六瀬に向き直り、二人は深々と頭を下げた。
アズリは「よかったね! 美味しい物食べれるよ!」と語尾を強調しながら、チラチラと六瀬を見つつもティニャに話している。
言葉の矛先はこちらに向いていると思い、そしてその雰囲気には刺があると感じた。
――まったく……なんなんだ?
「お持ち帰りできる? ティーヨの分も……」
唯一、ティニャが心の安らぎに思える。
「行ったら聞いてみようね」
「うん!」
流れに任せようと思った手前ではあるが、自分はこんなにも場の流れに呑まれるタイプだったか? と六瀬は答えの出ない自問をした。
そんな六瀬の気持ちを知る筈もないザッカとメンノは先頭に立ち、陽気に連れ立って歩いて行く。その後をアズリとティニャが仲良く手を繋いでついていく。
最後尾を歩く六瀬は、余計な事を考えても無駄だと判断し、自問をやめた。
そして、ロンライン手前から監視と尾行を続ける男に、少しばかり意識を向けるようにした。
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