【エピソード1】 エピローグ

エピローグ

 店先で、じっと花を見つめる少女がいる。マツリよりも少し年下と思える少女は、時折来ては花を眺めて香りを嗅いで満足して帰る。服装をみると下級市民街に住んでるのだと思える。ただ、髪や肌をみる限りでは、そこまで酷い生活をしている様には見えなかった。


 アズリは、いつもの如くベルに目配せをする。

 すると既に気付いている様子でコクリとベルが頷いた。

「今日はコレ。良かったらどうぞ」

 言ってアズリは黄色い花を一輪差し出した。

 それを見て、少女はゴソゴソとポケットをまさぐる。

 お金なんて滅多に持ってない事はアズリも、勿論ベルも良く知っていた。


「いいの。持って行って」

 少女の目の前に花を向けても受け取らない。

 無視してポケットに手をいれる少女は、何かを見つけて差し出した。

 小さな手の中には飴が三つ転がっている。個装すらされていない飴。少し糸くずが付いている。

 アズリは笑顔で「ありがとう」と言ってそれを受け取り、ポイッと一つ口に入れた。

「ん! 美味しい! また来てね」

 そう言うと少女は笑顔で花を受け取ってお辞儀をし、小走りで駆けて行った。


「いつもの子?」

 ベルの隣にはマツリが立っている。

「そう。今日は飴」

 糸くずが付いた残りの二粒を見せると、マツリもベルも迷う事なく口へ運ぶ。

「あら、美味しいわね」

「うん。美味しい」

 少女の気持ちを、糸くず如きで否定する二人ではない、という事をアズリは知っている。

 迷わず飴を口にして、感想を述べる二人を見ると幸福感に包まれる。


「準備できたなら行こっか? 車椅子は?」

 マツリの服はお出かけ用の小綺麗な物。これもアズリが買ってあげた服だ。髪は以前教えた三つ編みのハーフアップ。勿論プレゼントした髪留めがある。

「大丈夫。歩ける。今日は調子がいいし」

「そう。分かった」

 薬は昨夜に打ってある。

 調子が良いと言うマツリの言葉は嘘じゃない。顔色から見ても十分にわかる。


 無歩の森から帰って数日が過ぎ、ロクセが乗っていた輸送艇物資の売り上げと、森から回収した避難艇の売り上げが一気に入った。

 ベルに借りていたお金を返し、更に薬を数本買っても驚くほどのお釣りが来た。

 後日、加えて特別報酬が貰える事になっている。オフも、怪我人の事を考慮してかなり長めに貰えている。

 この数日間、アズリはマツリの様子を見ながら花屋の仕事に勤しんだ。そして今日はマツリの為に使うと決めていた日。天気も良く、出かけるには最高の日となった。


 商店街はいつもより活気に満ちていて、歩けば声をかけられるアズリですら素通りできる程だった。

 マツリの歩調に合わせて、ゆっくり歩く時間は二人の特別な空間を作り出す。たわいもない会話を交わしながらの散歩は久しぶりだった。


「はぁや〜い。もう来てる」

 上級市民街の入口より少し前に位置する丘の公園。アズリの住む街とは建築デザインが異なり、ベンチや花壇だけでも、随分とお金がかかっている事が見て取れる公園。

 街を一望出来て、拭き抜く風が気持ちいいマツリお気に入りの場所で声をかけて来たのはフィリッパだった。

「フィリ!」

「フィリちゃん!」

 手を前に出しながらふりふりさせるフィリッパは、外出用の私服姿だった。

「マツリちゃん久しぶり〜」

「うん。久しぶ、んんん〜」

 挨拶を返す前にフィリッパはぎゅーっとマツリを抱きしめた。

 女性らしい柔らかい体に埋もれるマツリ。

 苦しそうではあるが、微笑ましい姿を見てアズリは笑顔を浮かべた。


「おいおい、苦しそうだろ。離してやれよ」

「ぷはっ! リビちゃん!」

「お、おう」

 フィリッパを押し除けて、マツリは満面の笑みをリビに向ける。

 ちゃん付けで呼んでも、マツリには何も言わないリビは少し顔が赤い。そんなリビも私服姿で、だるそうに歩いて来る。

「フィリはともかく、リビも早いね。約束の時間までまだあるのに」

「いや、ひ、暇だったからよ。ぶらぶらしてたらいつの間にか、な。それよりもマツリ、その髪型可愛いじゃねーか。似合ってる。その髪につけてるヤツもいいな」

「そう? ありがとリビちゃん。えへへ」

「お、おう」

 マツリの更なる満面の笑みを見て、いつもしかめっ面のリビの顔が笑顔に歪む。


「で、言い出しっぺのレティーアはどうした。あいつはまだなのか?」

「まだ来てない。でも、怪我、治ってないし……」

「そうだよぅ。むり言っちゃだめ〜」

「うん。まだ時間あるし、ここでゆっくりしよ。リビちゃん」

 少しせっかちなリビの問いに反論する皆の答え。それに一瞬ムッとするが、フィリッパに後ろからぎゅーっと抱き付かれたままのマツリの姿を見て「ま、そうだな」と言って元に戻った。


「そういえばぁ。さっきラノーラにあったの。アズちゃんの事心配してたよ?」

「ラノーラに?」

「そう〜。ベルさんのお店を過ぎた辺りで。多分、話聞きたかったんじゃないかな〜? 森から歩いて帰ってきた件だと思う。ガレート商会にも当然話は伝わってると思うしぃ」

 マツリの頭に顎を預けて、グリグリしながら言うフィリッパ。

 マツリも嫌そうにする訳でもなく、むしろくすぐったそうに喜んでいる。


「ああ……それね。会ったら何て話そう」

「別に俺達に話したまんまでいいじゃねーか。本当に歩いて来たんだろ? あの崖を登って来た事は信じらんねーがな」

「崖を登ったのは無我夢中だったし必死だったから。説明したと思うけど、私でも登れる箇所があって……暗くて覚えて無いんだけど本当なの」

「ま、どうでもいい。もうあの場所に行く事も、まぁまず無いだろうしな。危険過ぎるからよ。とにかく、お前が無事だったって事で良かったんだ。俺たちはそれだけでいい」

「うん。ありがと……。そうだね。ラノーラには皆に話した事、そのまま話しておく」

「おう」

 アズリは、何事も無かった様にサリーナル号に帰ったあの日の事を思い出す。


 医務室でカナリエに抱きつかれてからは、皆に揉みくちゃにされた。

 ちょうど良いタイミングで高速艇で帰ったミラナナには泣き付かれて、わんわん泣く彼女を慰めるのに暫く時間がかかった。

 怪我は無いのか。

 どうやって帰って来たのか。

 仲間には、その二点に集約して質問されて、どう答えて良いのか分からず、迷った。

 足元に張り巡る蔓が見え、森を走り抜けた事。

 人間とは思えない機械の女性にあった事。

 救世主が現れて、自分を船まで運んだ事。

 それら体験した旨を伝えるの容易い。しかし、どう考えても信用して貰えない。気がおかしくなったと思われるのがオチ。

 ならば、納得出来るギリギリのラインで話を捏造するしかない。


 結局、草をかき分け、慎重に進みながら森を抜けたと話した。奇跡的にエッグネックには見つからず、崖も人が登れる場所を必死に探しながら登ったと説明した。

 誰も信じてる節は無かったが「ま、アズリだから……な」の誰かの一言で、結局驚くほどすんなり受け入れられた。

 翌日、切り傷や擦り傷の手当てをして、直ぐに避難艇の解体を手伝った。

 船内には数十体の遺体と、その人達の遺品があるだけだった。

 森の女性は、避難艇があれば助けが来る可能性があると言っていた。その意味はいったい何だったのかと疑問が湧いた。その日初めて解体する避難艇。当然、仲間が救助信号を受信した様子は無く、結局助けに来たのは全身黒づくめの彼。

 一瞬ロクセと思ってしまった彼。

 黙々と解体を手伝うロクセを観察しても、勿論人間にしか見えなかった。


「お、来たな」

 リビの声でハッとアズリは顔を上げる。

 マツリを中心に、世間話に花を咲かせる彼女達の会話は殆ど頭に入って来なかった。

「うわっ。珍しい。リビが時間前に来てる」

「は? 来ちゃ悪いか?」

「いつもこうなら驚く事もないわよ」

 口の悪いリビを適当に受け流して歩いて来るのはレティーア。

 アームホルダーで吊るした腕が気にならない程、粧し込んでいる。


「あ、マツリ! 具合はいいの?」

「うん。でもレティーちゃんの方が心配」

「これ? 平気平気。ちょっと折れただけ。直ぐに治るわよ」

 言ってパンパンと自分の腕を叩いて見せるレティーア。

 肩に加えて肋骨も折れているのだから平気な訳は無い。

 本当は安静にするようルリンに言われている。

 しかし、「久しぶりの長いオフを、骨折如きで無意味に過ごしたくはないわ」と言って、今回の集まりを提案したのはレティーアだった。


「本当に?」

「もう。そんな顔しないで。マツリには笑顔が一番!」

 片手でマツリの口元を挟み、ムニムニといたずらする。

「さ、今日はどこ行こっか?」

「おい! 提案したのお前だろ。プラン無しかよ!」

「冗談よ。お貴族様の街を散策した後、美味しいスイーツ屋さんに行くつもり。その後は……って話しちゃったら楽しみが減るわね。お楽しみにって事で、あとは内緒」

「もったいぶるんじゃねーよ」

「マツリは内緒の方がいいかも」

「フィリも〜」

「……」

「ん? どうしたの? リビ。 マツリも内緒がいいって言ってるんだけど? プラン、言っちゃおっか?」

「ちっ。わかったわかった。今日はお前に付き合うって決めてんだ。どこにでもついて行ってやる」

「素直じゃないわね」


 きっと、このお出かけはマツリの為の物だと思う。

 集まる面子はまちまちだが、マツリの事情を知る仲間達は時折こうして会いに来る。

 自分の妹を気にかけてくれる仲間に恵まれて、本当に幸せだと思っている。


 リビと言い合いを続けるレティーアと、マツリと手を繋いだフィリッパ。

 四人を追って歩き始めるアズリは、ふと丘の下に広がる街並みに目を向けた。

「あ」

 鉄で出来た迷路の様な街並み。

 大勢の人がそこに息衝き、その数と同じだけの人生がある街。

 アズリ自身もその中の一粒で、ロクセもまた同じ。

 ポツンと他とは頭一つ飛び出て高い建物の屋上に、微かに人影が見える。

 遠くて、それが誰かは分からない。しかし、アズリにはそれがロクセなのだと確信出来た。

「……教えて良かった。今度はこの場所も教えてあげようっかな」

 雲一つ無い晴天と優しい風が、今日も明日もずっと先も優しく包んでくれそうな気がした。


「アズ? どうしたの? 行くわよ!」

「お姉ちゃん行こう!」

「ごめん! 待って!」

 髪をふわりとなびかせてアズリは走った。

 ずっと遠くから向けられる、ロクセの視線には気づかずに。

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