指定区域【4】

 食料品と日用品の買い出しが終わって、一度マツリの様子を見た後、アズリはロクセの家へ向かった。頂いた食料と買った材料を幾らか持って伺うと、普通にロクセが顔を出した。

 夕食の準備がしたい事を伝えると相変わらずのポーカーフェイスで了承し、招き入れられた。


 玄関から入り元店舗の奥にある倉庫部屋まで行くと、長方形の大きな黒い塊が二つ壁際に並び、その中央に棺桶が立っていた。

 こんな箱の中で、しかもほぼ立った状態でよく寝れるな、と思いながらそれを見つめると「触らないでくださいね」とロクセが無表情のままで声をかけてきた。


「あ、はい。分かってます」

「キッチンはこの奥です。……知ってますね」

「はい。引っ越しの時も契約の時も見ましたし。じゃあ、少し借りますね」

 言ってアズリは更に奥にある部屋に進む。


 住居スペース内はユニットバスが右側の扉の先にあるだけで、寝室が見当たらない。部屋には古いソファーとテーブルだけがあり、キッチンも寝室も兼用で使っていたのだろうと思われた。ベット代わりとしてワンロンさんが寝ていたであろうソファーは染みだらけで、正直捨てた方が良いのではないかとアズリは思った。


「宇宙空間に漂う船……」

「え?」

 料理の準備をしようと材料を取り出すアズリは後ろからかかる声に手を止めた。

「作業しながらで構いません。色々聞かせて貰ってもいいですか?」

 ロクセはソファーに座らず、部屋の入り口の端に寄りかかりながらアズリを見つめている。

 アズリは「はい。私の知ってる事なら」と答え作業を続けた。


「宇宙空間に漂う理由、知っていますか?」

「ごめんさい……知りません。私が知ってるのはあそこから船が落ちてくるって事実だけです。もしかしたら、船長なら知っているかもです。あとは遺物船観測局の人とかならわかるかもですけど」

「観測局?」

「上級市民街に観測塔があるんです。望遠鏡を使って遺物船の落下とか、停滞している船の動きか何かを観測している所です」


「ほう。そんな場所も存在しているんですね」

「はい。そこからの情報で私たち船掘商会が仕事に向かう事もよくあります。でも、観測局の人達は殆ど船自体の観測ばかりしてますから、落下を見逃す事なんてザラにありますけど」

「ふむ」

「上ばかりみてる訳ですから、船が沢山ある理由とか分かるかもしれません。機会があれば直接聞いてみるのが早いと思いますよ」

「……そうですね。そうしましょう」


 アズリはチラリとロクセを見やる。少し俯きながら腕を組み、考え事をしている様だった。

「他には?」

 アズリはピーラーで野菜の皮を剥き、包丁で細かく刻みながら言った。

「……裏市に行った際、遺体管理には規定があると言われました。あなた方で言う所の棺桶もそのまま渡し、そして昨夜には自分が所有する棺桶は見つかるなとオルホエイさんにもザッカさんにも忠告されました。何か理由があるのですか?」

「説明されてなかったですか?」

「ええ。忠告のみです。詳しくはまだ何も」

 前々日、船で一泊した時も思ったのだが、どうも周囲のロクセに対する対応が雑な気がする。昔にも生きた古代人が発見された事があるとはいえ、彼に対して少々無関心なのではないのだろうか。


 人柄を知ろうとしてる態度は皆みせるのだが、同時にそれ以上の深入りはしないという態度も見て取れる。

 本来ならば、彼は過去の知識を持っている人間なのだからカズンやフィリッパを含め、様々な事に興味を示す船員達にとっては注目の的だろう。今のオフ期間中、酒の席に毎晩引っ張りまわされる、なんて事くらいあってもおかしくない。しかし、今のところそれらしき動きはまったくない。

 たいした説明も無くここ数日を過ごしている彼に対して、オルホエイはどう思っているのだろうか。


 一般常識や船掘商会のルール等は知っていて当然、と言わんばかりの対応に見える。それらを教えるのが自分の仕事なのだろうが、任せっきりなのも流石にどうかとも思う。


――本当に……何も知らされてないんだ。


 知らない土地で目覚め、知らない文明が栄えていたのだから聞きたい事も山程あるだろうとアズリは思う。出来る限り答えてあげたい。そして出来るだけ早くこの星の文明に溶け込ませてあげたい。

「……えっとですね、個人で所有しちゃ駄目な物とか分解しちゃ駄目な物とか色々あるんです。遺物船の動力機と棺桶は特にですけど」

「何故です?」

「よくわからないですけど、システム? の研究とかはその手の専門貴族以外はやっちゃいけない事になってるんです。使い方とか開示されてる物に限っては好きに分解してもいいんですけどね。私達の船の動力も、壊れた箇所を直したりメンテナンスしたりは出来るんですけど、大元のシステムは誰も触れなくて……っていうか分からなくて、何かあっても専門の所でないと直せないんです。棺桶は分解したりできません。全て渡す事になってますから個人所有は認められてないんです。見つかったら重罪なんですよ? 本当は」


「知財の制限と独占……」

 ぼそりとロクセが言った。

 その一言は、この国を含めた全ての国に共通する闇を顕している。

 大衆酒場で行われる愚痴の筆頭であり、畏怖する対象でもある。

「……みんなそう言ってますね。管理貴族の人達だけです。色々知ってるのは」

「成程」と言いながらロクセは軽く頷き「管理貴族とは?」と続けた。


「えっと、簡単に言えば各担当部門の一番偉い人とかその部下の人達……みたいな感じです」

「どういう事です?」

「……国毎にですね、例えば医療だったり水道だったり遺物船の資材管理だったり……その研究とか色々と本当いっぱいあるんですけど、それらの部門の統括と管理の仕事をしている人達は貴族って呼ばれてます。上級市民の方々はみんなそうです」

「この国は貴族制……と言う事ですか?」

「え? なんですか? それ。……よくわからないです」

「は? わからない?」

「あ……はい。ごめんなさい。私、そんなに頭よくなくって……。あ、でもちゃんと文字の読み書きは出来ますし、生きてく上での常識くらいちゃんと理解してます」


 意味の分からない言葉は当然、その内容に関して答える事が出来ない。

 色々教えてあげたい気持ちはあるが、限界もある。

 アズリは兎に角知っている情報を吐き出す様に続けた。


「えっと、貴族制とかって何かは分からないですけど、貴族って呼んでるのは私たち中級市民以下の人達です。ずっと昔から決まった一族で管理しているからそう呼ばれてるって聞いたことあります」

「……成程」 

「遺物船観測局はノヴァック家って一族ですし、銃剣組合を統括している銃剣管理局はバトラー家っていう一族だったり。そんな感じです。別の国では同じ管理局でも違う一族が管理している場合もあるみたいですけど」


 言った直後「な……に? ノヴァック?! バトラー?! まさか……」とロクセは驚きの声をあげた。

 貴族達のセカンドネームに覚えがある様だった。

 ロクセは古代人なのだ。知る名前があるのも当たり前なのかもしれない。気にはなったが、アズリにとってはその驚きの内容を知った所で何になる訳でもない。

 再度チラリとロクセを見ると、眉根に皺を寄せ、先程よりも深く熟考し始めていた。


 昨夜の屋上の件と同様の表情だった。

 こうなったロクセは、話しかけるなと言わんばかりの雰囲気を放ち、何も喋らなくなる。

 これは癖なのかもしれない。

 でも、別段嫌な雰囲気ではないし、そんな彼を可愛らしくも思う。

 何を考えているのか分からず、普段は無機質な雰囲気しか伝わらないのだが、時折みせるこういった行動には人間味を感じる。


 アズリはロクセが話しかけるまで静かにしようと思い、そのまま料理を続けた。

「……いや、別の誰かとも考えられる。しかし……」

 と、ロクセは小声で呟いた。

 結局その呟きを最後に、それ以降は何も言わなかった。

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