指定区域【3】
妹の手を握ったままアズリは寝てしまっていた。
あまり昼寝はしない方だが、小一時間程意識が飛んでいたらしい。疲れが溜まっているのかと思いながら立ち上がる。ぐっすり眠るマツリを確認し、出来るだけ音を立てずに部屋を後にした。
一階に戻ると店先で誰かと話すベルが見えた。アズリはそれを横目に台所の荷物を片付ける。パンはテーブルに並べ、常温置きの野菜はテーブルの下へ。冷蔵が必要な物は全て冷蔵庫に仕舞う。
――沢山貰っちゃった。お礼も兼ねて、何か買いに行かなきゃ。後は日用品。また仕事になったらいつ帰ってこれるか分からないしね。
アズリはテーブルの端にお尻を当て、少し体重をかける。財布を開けて中身を確認しながら、残った金額で何を買おうか考え始めた。しかし、「アズリ? 居るの?」と、店先から声がかかり、アズリは思考を止めた。
「あ、うん。どうしたの?」
言いながらアズリは台所から離れた。
「カナリエさんが来てるわよ」
ベルが話していた相手はカナリエだった。店に並ぶ植物達に遮れ、ベルの話相手が誰なのか分かっていなかった。
ベルの元へ向かうと、赤い花の間からカナリエが顔を覗かせた。
「ベルおばさんと話してたのカナ姐だったんだ」
「そうよ。ところでマツリちゃんの具合は大丈夫なの? 今ベルさんから聞いて……」
「あ、うん。今は大丈夫。ぐっすり寝てるし」
「そう。それなら良かったわ」
眉をハの字に曲げて心配するカナリエはそれを聞いて少し安心した表情を見せた。
「カナ姐は孤児院の方いいの? みんな遊びたがってそうだけど。それにダニルさんの具合も……」
「洗濯も掃除も皆よくやってくれてるから大丈夫。食料も全部買い込んだし、問題ないわ。ダニルは食べれるだけ食べて寝てばかりよ。先生にも見て貰ったし、ペテーナの施術が良かったのね。安静にしてれば傷は塞がるって言われたわ」
「ダニルさん……そっか。よかった」
アズリはホッと息を吐く。
「心配ありがとうアズリ。ダニルは大丈夫。頑丈だけが取り柄な男だから」
言ってカナリエはふふふと笑った。
「それだけじゃないです。ダニルさんは器用ですからその辺も取り柄にしなきゃ」
「そうね。それもあったわ」
ダニルに対して少し毒があるカナリエの物言いだが、彼女からすればそれが愛情表現の一つ。昔からの付き合いなのだから言い方もいつもの事。それを理解しているアズリはカナリエと一緒になってふふふと笑った。
「あ、それで、カナ姐。何か私に用事でもあったの?」
「ごめんごめん。えっとね、さっき仕事入ったんだけどアズリ参加する?」
「え? 急ですね」
「ガレート商会からよ。ゴロホル大森林の南東で散乱した遺物船の破片を見つけたらしいわ。そこ、下位ランクの船堀商会が探索によく行く場所なの。早い物勝ちだから直ぐ向かうって連絡が来たわ。日出と同時に現地に着くタイミングだとすれば、今日の夕方には出発する事になるわ」
船堀商会の売り上げはランクの関係無く、勝負事でもある。譲りあう事も時折あるが、基本は早い者勝ちで先に見つけた商会や情報を得た商会が優先的に回収する事になっていた。だからこそ、懇意に関係を持つ狩猟商会の情報は重要であり、更には遺物船観測塔員や守兵との繋がりが仕事の質と量を支えてくれる。
今回に関してもガレート狩猟商会から優先的に貰った情報での仕事、という事だ。
「……どうしよう」
アズリは軽く振り向き目線を店の奥へ向けた。
妹の具合を考えると、いつ薬を使うタイミングになるか分からない。マツリはしっかりした子だから一人で何でもこなすし、薬だって自分の体調と相談しながら使う事も出来る。しかし、数日仕事で居なかった罪悪感がアズリを悩ませた。帰ってきたばかりだし、出来る限り一緒に居てあげたい気持ちの方が正直強い。
「作業自体は数時間で終わるだろうから、明日の夜には帰って来れるわ。でも、今回はたいした売り上げになりそうでもないし……」
そこまで話し、店奥へ向けるアズリの視線の意味に気づいたであろうカナリエは「次回にする?」と続けた。
「……うん。そうする」
カナリエはアズリの答えを聞いて、肯定する様に頷いた。
「今回はマツリちゃんと一緒に居た方が良いと私も思う。参加出来る人達だけで良いって指示だから無理する事はないわ」
「ありがとうカナ姐。でも、人……集まりそう?」
「どうだろう。でもこのエリアでコレ持ってるの私だけだし、とりあえず、あたるだけあたってみるわ」
言いながらカナリエは小さな腰鞄ウエストバッグをポンポンと叩いた。
バッグの中には小型化した通信機が入っている。通常無線とは違いジャックされない仕様になっている通信機である。遺物船から見つかる通信機を改良した物であり、それなりに貴重品である為、船員皆に配る事は出来ていない。オルホエイ船堀商会では独自に街をエリアとして区切り、そのエリアの代表となる人物に渡している。仕事の情報や重要事項は通信機を持つ者に伝え、そこから仲間達に伝達される仕組みとなっていた。
「ロクセさんにはもう声かけたの?」
「ん? ええ。さっき行って来たわ。でも断られた」
「そっか」
「そういえば、なんとなくだけど、奥で誰かと話してた感じしたのよね。誰か居たのかな? アズリ知ってる?」
「え? 知らない。商会のメンバー以外知り合いなんて居ないと思うけど」
「……そうよね。気のせいかな」
「うん。多分。ずっと見てた訳じゃないけど誰か出入りしてる様子は無かったと思うし」
会話をしつつ二人で同じ方向に顔を向ける。
視線の先の十字路を曲がれば、何をやって今日を過ごしているのか分からない謎すぎる人物が住んでいる。カナリエが先にそっちへ顔を出したのは何だかんだとロクセの事が気になるからなのだろう。
――夕食でも作りに行ってあげよう。
そうアズリが思うと「相手は男なんだから気をつけなさいよ」と忠告を受けた。
心を読まれたみたいな言葉にびっくりしてカナリエに向き直ると、少し困った様な微笑を浮かべる顔があった。
「だ、大丈夫! そんな悪い人じゃないし」
「どうしてそう思うの?」
答え難い質問にアズリは一瞬口ごもる。深夜に二人で出歩いた事は何だか恥ずかしくて言いたくない。
「な、なんとなく……」
「なんとなく……ね。そうね。私もなんとなく、悪い人じゃない気がするわ」
カナリエの言い方には少し含みがある様に感じたが、世話役になってしまった自分を心配している気持ちは伝わる。
「まぁ、いいわ。それじゃ、他あたってくるから」
「うん」
「マツリちゃんによろしくね」
カナリエは手をヒラヒラさせながら歩いて行く。
その後ろ姿を見送った後アズリは店の奥へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます