指定区域【2】

 ロクセは何度考えても答えが出ない事柄に半ば諦めをつけていた。

 昨夜のアズリが言った台詞は、宇宙空間で自分達の船が彷徨っている事を意味する。惑星カレンと呼ばれているこの星に向かって各国から数えきれないくらいに、それこそ星の数程出航した船が辿り着けないでいるのだ。その中のほんの一部が無事にこの星に降り立ち、やっとここまで文明を築き上げる事が出来たのだろうと推測できた。


――彼女は、我々が落ちて来ると言っていた。重力に引き寄せられるのであれば何故一度に全ての船が引き寄せられないのだ? いや、それ以前に途中で停滞している現象が分からない。


 ロクセはポッド接続後のシステム設定を行なっている。あと少しといった所で、残りは起動ローディングを待つばかり。もう昼も過ぎているが未だに終わらない。一度接続を外すと再起動までに相当の時間を要する。


――ふむ。考えてもこれ以上の答えが出ないな。この現象はこの星の人間ならば知っているのか? ……昨夜に聞いておくべきだったか。


 考え事をした際、そればかりに気が取られ無口になるのは自分の悪い癖だと理解している。そんな癖まで再現するPersonalityP ControlC ArtificialA IntelligenceI Ver.7.0を搭載している自分に少しもどかしさを感じる。通常のAIが使用禁止になった事を考えると当然と言えば当然ではあるが、少しくらい余計な性格を省いてくれれば良かったと常に思う。そして汎用性を重視したシステムである為、知識も演算能力も元々持っている範囲でしかない。こんなAIが、開発者の目指した最終地点なのだという話には疑義を抱く。 


 ロクセは錆びた鉄テーブルの上に置いてある鞄を開けた。

 アズリが運んでくれたその鞄には遺品が入っている。

 ロクセはその中から小さなケースを取り出し、手のひらに乗せた後ゆっくり開け、セーブブレインシステムから取り出した乗組員達のメモリーシートを取る。そしてそれを、じっと眺める。


――少なくとも、エネルギーの継続消費状態でとり残されているとするならば……それらの船の中には生きた人間は居ない、と思った方がいいのか? まだこの星の暦法は知らないが、我々との時間経過の差異も確認するべきか。


 ロクセはそのまま暫くメモリーシートを見つめた後、優しくケースにしまい込んだ。

「これだけは回収し続けておきたい。せめて自国のだけでも。……やはりここに身を寄せるのが最良だな。都合がいい」


 遺物船と称される箱舟を回収する船堀商会。その仕事を生業とする者達に拾われた事は非常に都合が良い。更には、自分の存在を隠し活動させるとまで言って来ている。

 それに商会を牛耳っている大元に話せばどうなるか分からないと危惧しているのだから、知られればまともな扱いをされない可能性だってある。

「この星を開拓し、統治しているのは何処の国なのか……。まだまだ情報が足りない。どちらにせよ、表に出れば狙われるのは必然……かもしれないな」


 ロクセは自分の胸に手を当てた。


「ネオイット溶液ですら生活を支える高価値のエネルギー媒体だ。もし核として使えるベリテ鉱石が最上級のエネルギー媒体と推測するならば、俺自身やこのメンテナンスポッドの存在は一体どれだけの価値になるのか」

 移住を求めた人々全てが自分の味方という訳でない。ロクセの星にも国があり、それぞれの思想や思惑があった。何も情報が無い中で、無闇に自分の存在を表に出すのは敵を作る要因にしかならない。


 今後の行動には注意を払うべきかと思いつつ、ロクセは一度外の様子でも見ようと店舗スペースの先にある入り口に足を向けた。しかし、ブンっという低音が聞こえ足を止めた。振り向くとポッドのカバーガラスに青い文字列が見える。

「やっと起動したか」

 ロクセは外出を取り止め、戻りカバーガラスに手をそえた。

 するとピッと音が鳴り、文字の羅列が高速で並ぶと直ぐに消え『再起動完了しました』と女性的な音声が聞こえた。


「相変わらずの遅さだな」


 起動時間の遅さにはいつも嫌気がさす。


 少し嫌味に聞こえる様にロクセは言ったが、当然そんな事は意に介さない微妙な機械的音声で『再起動に際し、およそ三万四千秒の時間を要します。ローディング構成としましては……』と声の主は続けた。

「わかった。わかった。もういい」

 と、ロクセが会話を切ると『はい』と返ってきた。

「……そういう、ワザとらしい返し方やめてくれ」

『わかりましたか? 再起動には時間がかかるものです。ご理解ください』

 冗談が通じない訳ではない。ただコイツはこちらが嫌がる返し方をする。

「とりあえず、接続を切った段階から、今まで得た情報を話す。お前の解答をくれ。その後はメンテを頼む。数日この星で過ごしたんだ。体に何らかの障害があったかも分からないからな」


 電磁波、化学物質等、体組織を構成している人工部品にどんな影響を及ぼしているか分からないのだ。数日おきにメンテナンスを行い、経過観察の必要もある。特に、一番外気に晒される人工スキンのメンテナンスは必須。

 修理が容易な部分だとしても0.09ミクロンの酸化亜鉛ワイヤーセンサーとサーモ・モジュールである超極小のペルチェ素子を満遍なく使用し、半有機ナノマシンで統合と構成がしてある人工皮膚だ。更には人間にみえる様にある程度の血管まで再現され、多少は血液モドキの液体も出る様に作られているのだから、出来うる限り損傷は避けたい。


『わかりました。しかし、状況分析の解答に関しては相応のデータとそれを元にする解析が必要となります。現在搭載されているAAIでは的確な解答が出来ません。それでもよろしいですか?』


 単純な調整済みAIであるAdjustedA ArtificialA IntelligenceIには、それ程有益な解答を得られない事は知っている。しかし、一人よりは二人。で考えれば少しはマシなのではないかと思う。

 ロクセは「構わない。お前の意見を聞かせて欲しい」と言って、ここ二、三日の出来事を話した。



 鉄で出来た埃だらけのテーブルに座り、足を組みながらロクセは話を聞く。

 解答主の持つ知識分野は根本的にジャンルが違う。とはいえ、最低限の判断が出来るのだから聞いて損はなかったとロクセは思う。


『……である為、今後は現在の商会に身を置く事が賢明であると判断します。故に、マスターの存在は出来る限り隠し通すのが最良です』

「隠し通すなんて出来ると思うか?」

『答えはノーです。各種武装とポッドを持った状態で今後の行動を共にし、尚且つ、未知の生物との戦闘も避けられない状況にあるのです。周囲の人間が死亡するまで隠せる可能性は、ほぼゼロです。ですので、と返答しました」

「……そうか。やはり同じ意見だな。では我々の経過年数と宇宙空間に停滞する船に関してはどうみる?」

『宇宙空間での停滞理由は私の知識データでは解答出来ません。何らかの現象が起きているのは確かですが、どの程度の距離から先が停滞域になっているのか? という判断は出来ます」

「分かるのか?」

『はい。朝方に星の数が増えた様に思えた、と言うマスターの話が事実であるならば、この惑星と一番近い衛星との中間辺り、もしくはそれより近い場所から発生していると思われます」


「やはり光反射での判断か?」

『はい。恒星が真裏に来ている場合、距離が近い衛星には光が届かない為反射がありません。しかし、日没と日出に近い時間帯には、角度的に僅かな光が反射します。結果、見える星が増減するのだと思われます」

「成程……では、経過年数に関してもその停滞現象によるものだと思うか?」

『はい。到着後の経過年数を、現地人の判断基準である二百年以上という結果に準ずるのであれば、宇宙空間での停滞年数は少なくとも三百年以上はあったのだと判断できます。母星からこの惑星までの運行時間はおよそ六十年です。それらを足した結果、船の経過年数が六百年程度となったのだと思われます』

「今現在、停滞している船の中に生存している人類は居ると思うか?」

『生存の可能性は非常に低いです。往復する事を前提として出発した船は殆どありませんので、自動運行していた場合、エネルギーの枯渇は免れません』


 やはり自分が判断した内容とほぼ全て一致する。分からない事も多いが、今後はそれらの情報を共有し、この星を理解していくしかない。

「……そうか。聞きたい事は以上だ。今後新たな情報を得た時は、またよろしく頼む」

 言ってロクセがテーブルから立ち上がると『かしこまりました。それと言い忘れましたが、一つ提案が』と返された。

「ん?」

『メモリーシートの回収は徹底した方がよろしいかと思います。物によりけりですが、今後、非常に役に立つ可能性があるかもしれませんので』

 そう言われ、ロクセは「当然だ」と答えた。


『認識しているのであれば問題ありません。提案は以上です。ではメンテナンスを始めますか?』

「ああ。頼む」

 ロクセは左側の黒い塊、コントロールボックスに手を当てる。すると、半透明のパネルが浮かび、必要事項を入力し始めた。と、その時だった。

「あのぉー。こんにちは。えっと、ロクセさんいます?」

 と、店舗入り口の方から声がした。


 店舗スペースと倉庫スペースの間には壁が一枚あるので今の状況は見られていないが、ロクセは焦ってパネルを消した。


――この声……。カナリエという女性か。


 居留守を使う訳にもいかない。とりあえず応対はしなくては。

 ロクセはチラリと声のした方を向き、ポッドへ視線を戻す。


――コイツの存在は隠した方がいいかもしれないな。


「客だ。行ってくる」

『はい』

「ここまで招き入れるつもりは無いが、一応静かにしていろ」

『同意です。ワタシの存在も出来る限り知られない方がいいと思います』

 ロクセは頷き、コンっとポッドを叩く。

「スリープモードで待機だ。


 ロクセは急ぎ、カナリエの元へと向かった。

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