満天の星【10】

 船堀商会の建物が並ぶエリアは、鉄板で作られた三角形の屋根の建物とレンガ調の建物が並ぶ、所謂『倉庫街』と呼ばれる風景によく似ていた。只、レンガ調の建物があるのはオルホエイ船掘商会を含めた横並びの十棟だけで、他は質素としか言えない有様だった。

 あまりにも珍しい風景にロクセは目を奪われた。こんな風景は歴史資料でしか見た事が無い。


――暗視で見た時は感じなかったが……うむ。これはなかなかに素晴らしい。しかし……。


 しかし何故、この風景になったのか疑問が残る。ロクセが知る倉庫街のデザインは数千年も前の物であり、自分と同じ時を生きた者達が発展させた街だと考えるならば、こうはならない。


――これしか選択肢がなかったという事か? ほぼゼロから作り上げるのだから、先人達の知恵……機能性を重視した、と?


 冷静に考えれば納得がいく。特殊な重機も何もない中で作り上げるには、ロクセが過ごした街並みと同じ物を作るのは不可能に近い。

 それに、ロクセ自身、この風景が嫌いではない。空も見えない場所で過ごしたロクセにとっては称賛に値する素晴らしい風景だ。活気もあり、人々の生きる強さを感じる。


 田舎者の様に周囲を見回す自分の姿を、チラチラと伺うアズリの視線が少し気になる。しかし、質問すれば丁寧に答える彼女には好感が持てた。


 倉庫街を抜けると、昨夜見た裏通りや下級市民街よりずっと広い道になっていた。

 見える範囲においては、多少、区画整理がされている様に思えるが、そこは倉庫街とはまた違った雰囲気を醸し出していた。

 何処にこれだけの人間が押し込められていたのだろうと思える程の人だかり。活気は先程の倉庫街以上。そして昨夜感じたセンスのカケラもない建物。ツギハギ感は否めなく、そこら中にある露天がゴミゴミした雰囲気を増長させていた。


 用途の分からない四角い箱が街頭の下にあったり、謎の機械を押し売りしようと声をかける男性が居たり、どこに繋がっているのかも分からないパイプが建物と繋がっていたりと、歴史資料ですら見た事がない街並みに目を引かれた。

 どんな生物だったか分からない肉の塊、見たこともない野菜の様な物。人が多ければそれだけ商売をする人間がいる。人が居るとこんなにも雰囲気が変わるのかと感心すらした。

 昨夜は増えるホームレスにばかり目が行き、然程考えもせず、無意識に風景を捉えていたのだと思えた。今になって好奇心がくすぐられる。


 当然質問ばかりする羽目になる。四角い箱は、薄めたネオイット溶液を使って夜一定時間街灯を灯す動力機であり、大小様々なパイプもその供給パイプだという。他にも下水や生活用水のパイプもあって、建物のツギハギは人口が増えるに連れ増築していった為に出来た産物との事だった。


 区画整理も中級市民街に関しては中央通り周辺だけで、奥に行けは行くほど酷い状態になるという。下級市民街は区画整理すら関係ない状態らしい。


 露天の謎の機械も、飲み物一本しか入らない様な小型の冷蔵庫だったり、茹で卵を作るだけの機械だったり、恐ろしく経費が掛かるにも関わらずトイレを自動洗浄するだけの機械だったりと、そんな買い手が居るのかどうかも分からない品物ばかりだった。

 建物のあちこちには謎の看板、謎のマークが雑多に貼り出してある。数が多過ぎて途中から何を聞けば良いのかすら分からなくなった。


 移動手段は基本歩きか自動二輪のみだった。三輪以上の乗り物はトラック類ばかりで、移動手段のみで使う車は上級市民しか持ち合わせていないらしい。

 一般人が使う自動車はガソリンで動く様で、それにはロクセも驚いた。ガソリンという旧時代のエネルギーを使う事もさることながら、それを動力とするエンジンを作れる技術があるのは、この星の開拓当初、相応の知識を持つ人物がいた証明にもなる。


 そんな旧時代の技術を扱える人間が居た事に疑問も感じるが、技術者の中には趣味としてそれらの技術を研究する者達も居たのも事実である為、あり得る話だとも思った。

 工場に関しては、ガソリンよりも古い時代である石炭も使う場所もあると言われ、驚きと同時に納得もしつつ、素直に一度見学してみたいとロクセは思った。

 とはいえ、基本的に生活や空船、重火器等、ほどんどの燃料はネオイット溶液である為、この星の文明は基本、この溶液で成り立っていると言えた。


――ネオイットは発掘。そしてガソリンに石炭……ギリギリで文明を支えている様なイメージがあるな。この街は。


 ロクセの星の文明に比べたら低レベルにも程がある。しかし、ロクセはこの街の雰囲気も文明レベルも嫌いでない。正直、もっと原始的な文明であって欲しいくらいなのだが、生きていく上ではこの程度が最低条件なのかもしれないと思った。


 いつの間にか全く質問もしなくなり、ただ黙って歩くロクセの横顔に視線が当たる。気になってそちらを向くと、隣を歩くアズリが心配そうな顔で「どうかされました?」と声を掛けてきた。

「いや、何でもありません。少し考え事をね」

 そう言ってロクセはまた前を向いた。

 アズリもまた「そうですか」と一言だけ言って後は何も言わなかった。急ぎ足で少し前を歩いていたアズリは、今は自分に歩調を合わせている。

 気を使える良い娘なのだとロクセは思う。


 数台の自動二輪が目の前を通り過ぎる。立ち止まったロクセは上を見上げた。大きさの違う恒星が二つ並んでいる。

 それを見ると、今自分が立っているこの大地は違う星なのだと実感出来た。経過年数は異常な程に経ってはいても、無事目的の星に着いた事は安心以外の何物でもない。


――夜には三つの衛星らしき物もあった。そして二つの恒星。生命居住可能領域ハビタブルゾーンにある周連星惑星……か。やはりKPO13第二惑星に間違いないな。


 発見者であるカレン・P・オールドマン博士の名前がつけられた星は、ここの住民に惑星カレンと呼ばれている。その事実も確定的な要因の一つである。もう断定して良いだろう。


「この道を渡ったら、左に曲がって直ぐ右です。花屋があるんですが、そこが私のお世話になってるベルおばさんの家です。それで、その先の角を左に曲がると、ロクセさんが多分住む事になる家があります」

 アズリが身振りも加えつつ道なりを伝えてきた。ご近所になると聞いては居たが、かなり近い場所に住む事になるのかもしれない。

「そうですか。しかし、まだ確定で住む訳ではないのでしょう?」

「いえ、多分住めると思います。カナ姐ならなんとかするかもですし。あ、カナ姐が来るまでは家で待ってて下さいね。妹とベルおばさん紹介します。時間あったら少し近所を見て廻ろうかなと思ってますけど」

 そう言ってアズリは通り過ぎた自動二輪を確認した後、足早に道を渡った。それにロクセも大股で着いて行った。


 伝えられた道筋を通り、花屋の前へ辿り着く。そこは大通りから少し奥まった場所にあり若干薄暗さがあった。とはいえ人通りが無い訳でもない。店自体は非常に小さく、中央に人一人が通れる位の通り道があるだけで、両サイドは所狭しと花が飾ってあった。見た事も無い蛍光色の花や、まだ蕾の植物が並べられ、ロクセの興味をそそった。

 店先でその植物達をじっくり見ているロクセを尻目にアズリは「ただいま」と言いながら店の奥へと入って行った。

「あら、アズリ。お帰りなさい無事で良かったわ」

 と声が聞こえ、ロクセは店の奥に目を向けた。

 腰は曲がっているが、まだまだ現役と言わんばかりに花の茎を生花鋏で整える女性がアズリと話している。


「うん。でも、たんこぶできちゃった」

「あらあら、大丈夫? 痛くない?」

 女性は作業の手を止めてアズリの頭を撫でる。腰が曲がってしまった故の身長はアズリよりも当然低く、女性はピンと手を伸ばしている。

 表情も撫でる仕草も、人の良さが滲み出ていて親しみが持てた。

「ありがとう大丈夫。そうそう、ベルおばさんに紹介しておきたい人がいるの。多分ご近所さんになるかと思うから今後ともよろしくって事でね」

「あらそう。そちらにいらっしゃる方かしら?」

 ベルと呼ばれた女性はアズリからロクセに視線を移し笑顔を向けた。


「この人はロクセさん。ウチの商会で働く事になったの。これから住む所をカナ姐と探しに行くんだけど、多分ワンロンさんの所に住む事になると思う。で、この人がベルおばさん。私がお世話になってる人」

 アズリはベルとロクセを交互に見やり紹介した。

「はじめまして、ロクセさん。ここで花屋を営んでいるベルよ。この子と、あともう一人居るんだけどね、三人で一緒に住んでいるの。よろしくね」


「こちらこそ。この辺りの事は何も分からないので色々と教えて頂けたら幸いです」

 ベルから差し出された手をロクセは優しく握った。

 見た目の割に皮と骨になりつつあるベルの手は、今にも折れてしまいそうだったが、握るその手は意外にも力強かった。


「ええ、何でも聞いてちょうだい。それでロクセさんは何処からいらっしゃったの?」

 何処からと聞かれて別の星ですと答えていいのかどうか。商会の面々には正体を知られているが、秘密という枠組みで自分は存在する。当然勝手な判断でベルに正体を明かす事は出来ない。それに加えこの星の地理にも詳しくない。

 ロクセは言葉に詰まり「む? あぁぁ」と思案する素振りで唸った。


「えっとねッ北。そう北から来たの北部防衛国の。名前……なんて言ったか忘れちゃったけど、田舎の街なんだって」

 アズリが咄嗟に助け舟を出してくれた。

「あら? そんな所から? 北って……大変でしたでしょう?」

 大変とは何の事か分からなかったが「ええ」とだけ答え、ロクセはアズリに視線を向けた。


「嫌になってこっちに来たみたいな? そんな感じでウチの商会に来たの。色々あったみたいだから。ね?」

「ええ。お応えしかねる部分もありますので、過去の事よりこれからの事を考えて行きたいと思っています」

 ロクセは兎に角アズリの話に合わせ、答えた。アズリの言葉のニュアンス的には過酷な場所から来た人物である、という感じなのだろうと思い、詮索はしないでくれと暗意も込めた。

「……大変ね。分かったわ。いつでも頼って頂戴ね」


 北とはどういった所なのか、今この場で自分はどういった人物になったのか後でアズリに聞かなければならないが、とにかくアズリの謎設定に救われた。

「ありがとうベルおばさん。ところでマツリは部屋に居ないの?」

「マツリなら今日は調子がいいみたいで手伝ってくれてるわ。無理しないでって言ってるのにあの子優しいからねぇ。今は配達に行ってるのだけれど、そろそろ戻ってくる筈よ」

「そっか。調子が良いなら構わないけど……ってあれ? もしかして歩き?」

 言いながら、店の奥へアズリは視線を向けた。

 背の高いロクセはアズリの頭越しに同じ場所を見る。

 そこには車椅子が一つ置いてあった。


「大丈夫かな。……ちょっと迎えに行って来る。それで何処まで配達にいったの?」

「近くよ。ボニーさんの所」

「分かった。あ、ロクセさんはここで待って居て下さい。直ぐ戻りますから」

 そう言ってアズリは店の外へと出て行こうとしたが「大丈夫よアズリ。今戻ったから」と声をかけられ立ち止まった。


 ロクセが振り向くとそこには女性の割には高身長で豊満な胸が目立つ女性が立っていた。商会の船内で一度自己紹介をされたカナリエという人物だった。その後ろには小柄な少女が立っている。

「お姉ちゃんっ。おかえり」

「マツリっ。ただいま」

 アズリとその妹であろうマツリという少女は、お互い引き合う様に近づき抱きしめ合った。

 ロクセから見ても仲の良さが十分に伝わる雰囲気を、二人の少女の笑顔から感じ取れる。


「そこでマツリと会ったから一緒に来たの」

「そうなんだ。でもカナ姐早いね。もういいの?」

「顔出しただけだからね。それに部屋早く決めないと。荷物を運ばないといけないでしょう? 深夜に男達集めなきゃだし、早いに越した事はないと思ってね」

「ありがとうカナ姐。あ、ロクセさんこの子が私の妹のマツリです」

 アズリはそう言ってマツリの背中に手を添えた。


 マツリは「はじめまして」から始まる自己紹介をし、それに合わせてロクセも自己紹介をした。ベルに説明した通りの紹介もアズリを交え行ったが、その間ロクセはマツリから目が離せなかった。


――何があったというのだ? 事故? いや……病気か?


 十二才かそこらに見える少女は笑顔が非常に可愛らしく、愛嬌がある顔立ちをしている。小柄ではあるが活気に満ちた雰囲気を纏い、誰からも好かれそうにも見える。しかし、そんな彼女は同情すら覚える姿をしていた。


 彼女は左手でクラッチ式の松葉杖を握っている。その指先は黒く変色し、まるで焼け焦げて炭にでもなってしまった様だった。その変色は顔にもあり、長い髪で隠れてはいるが、左耳辺りから頬の一部まで染の様に広がり、黒かった。

 そして、足首まである長いスカートから覗く細く白い足は、一本しか見えない。

 病気に見える黒い変色に加え、彼女の左足は欠損していた。


 ロクセの目からみても、細腕で体を支えるその立ち姿は、とても痛々しく見えた。

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