満天の星【9】
結局、ぐっすり寝てしまった。
日が昇る前に起きたのにも関わらず、目覚めはスッキリしたものだった。
昨夜の悶々とした思考は落ち着いたが、やはり疑問だらけだ。とはいえ、今どう悩んでも仕方がない。そう判断してアズリは朝を迎えた。
起きて着替えをしたアズリは、深夜に裏市に行った男性達の帰りに合わせて朝食を作る為、サリーナル号のキッチンで準備を始めた。
オルホエイ船堀商会が利用するこの第三格納庫に寝泊まりする場所やキッチンがあれば、わざわざ船内の設備を利用する必要は無いといつも思うが、格納庫以外には小さな給湯室が付いた応接室、それから事務所と備品倉庫しかないので諦めるしかなかった。とはいえ、オルホエイ船堀商会は上位三番目にランク付けされ、相応の施設を使わせて貰っている。他の下位ランクの商会に比べれば相当マシな方だ。
アズリは無骨なデザインの大きな冷蔵庫を開き、現在ある材料と睨めっこしていた。すると後ろから「食材買い足さないとね。何買っておく?」と声をかけられた。
「カナ姐。おはよう」
「おはようアズリ。早いのね。それで何が必要?」
カナリエは髪を後ろに束ねながら一緒に冷蔵庫を覗き込んでくる。
「うん。バターとミルクは無いから買い足さないと。肉は高いから……どうしよう。あ、腸詰肉はある。あと野菜も僅かだからそれも買わないと」
「殆ど全部ね。分かったわ。取り敢えず朝食分だけ保てばそれで良いし、昼間に買い出し行きましょう。量が量だから何人か連れてね。さ、作っちゃいましょ」
カナリエはそう言ってシャツの袖をグイッと捲った。
「そうですね。あ、そう言えばアマネルさんと、フィリッパは?」
本来調理担当は二人から三人でやるのだが、今日は四人で行う事になった。裏市組がまだ日が上がらない内に帰ってくる予定になっている為、手早く作らねばならないからだ。
「アマネルは今さっき船長から連絡があって、金額の確認をしてるわ。すぐ来ると思う。フィリは夜通しメンテやってたみたいで、シャワー浴びてから来るって言ってたわ」
「フィリッパ寝てなかったんですか。相変わらずですね」
「そうね。買い出しには彼女は連れて行かない事にしましょ。寝せてあげたいわ。あ、そうそう。買い出し終わったらオフになると思うから、家に帰ってもいいわよ。妹に会いたかったでしょ?」
「ほんとですか? 良かった……」
「多分、数日はオフになるかもね。今回怪我人も多いし」
「……そうですよね」
長めのオフは少し嬉しいが、負傷者の事を考えると心が痛い。
少し曇った表情をみせたアズリを見て、カナリエが「アズリが気にする事じゃないわ」と声をかけてきた。
「でも……」
「殆どが軽傷。骨折は二人だけだし、ダニルは馬鹿みたいに頑丈だから怪我も直ぐ治るわ。大丈夫よ。それより自分の心配しないと」
「え?」
「だってあの男の人の住む所決めなきゃでしょ?」
忘れていた。ロクセの住居と、最低限街の案内くらいはしなくてはならなかった。
「カナ姐。どうしよう。住む所なんて検討もつかない。街の案内くらいは出来るけど」
アズリは洗い始めたじゃがいもの手を止め、助けを求める目線をカナリエに送る。
「そうだろうと思ってた。大丈夫。住むとこには検討ついてるから」
「え? ほんとに? あ、でも……あの棺桶大きいし、そんなの置ける部屋なんてあるの?」
「あるわよ。ほら、アズリが通ってる薬屋があるじゃない?そのお店の一本手前の角を曲がった先に、怪しい物ばっかり売ってるおじさん居たでしょ? あの人厄介な品に手をだしちゃったみたいで、営業出来なくなったのよ」
「ああ、えっとワンロンさんでしたっけ?」
「そうそう、その人。でもね、今裏市の奥で営業してるみたい。商魂逞しいわね。で、今まで使ってた店を譲るつもりでいるみたいなの。倉庫付きでね。そこ譲って貰ったらいいと思ってる」
やはりカナリエは頼りになるとアズリは痛感した。今アズリが住んでいる所もカナリエからの紹介だし、何より今、こうしてこの街で生きているのも全てはカナリエのお陰だからだ。感謝しかない。
「やった。そこにしたいです」
「じゃあ、仕事が一段落したら直ぐに決めちゃいましょう。私も付き合うわ」
カナリエの言葉にアズリは丁寧に礼を言う。そしてじゃがいも洗いを再開した。
これで問題は一つ解決した。泥だらけのじゃがいもも可愛く見えた。
日が真上に届いてから一時間程過ぎた頃、漸く粗方の作業を終えた。
朝食はギリギリ間に合い、皆一斉に済ませた。その食堂でオルホエイから闇市での売り上げを聞かされた。戦闘艇の売り上げは除外した状態でかなりの利益になったと聞かされ、皆歓喜した。黙々と食事を取るロクセの肩をバンバン叩きながら礼を言う男達の姿と、表情一つ変えないロクセがアズリには印象的だった。
食事の後は男性数名とオルホエイが、規定の場所に解体した戦闘艇を引き渡しに行き、残りは船内の掃除を行った。結局一睡もしないでフィリッパは他の整備員と船のメンテナンスの続きを行い、相変わらず罰が解けないザッカは甲板掃除を一人でこなした。その間、アズリとカナリエ、レティーアとルリンで日持ちのする物だけ買い出しを済ませた。昼食は無く、取り敢えず最低限度の基本給を渡されて解散となった。
オフ日は七日間。怪我の酷い者だけは、治るまで無期限との事だった。
そして現在、アズリはロクセと共に帰路についていた。
カナリエは経営している保護施設へ一度戻って私用を済ませた後、ロクセの住まい確保に協力してくれる手筈になっている。
それまで近所くらいはロクセに案内してあげようとアズリは考えた。しかし、まずは家に帰りたい。例の場所にロクセが住むとなるとご近所さんにもなる。お世話になってるベルおばさんや妹にも一応紹介しておかなければいけない。
第三格納庫は地上に近い為、地上行きエスカレーターも短い。あっという間に広めの応接室がある建物の奥へと着いた。
「なるほど。こちらから登れば直接建物に繋がってるのですね」
ロクセは軽く周囲を見回し、廊下の先に視線を戻した。
「はい。こっちは商会の応接室がある建物に直接繋がってるんです。廊下を真っ直ぐ行くと玄関で、左右に応接室と事務所があります。隣に搬入口兼倉庫の建物があります。多分、昨夜に外に出た時は、搬入エレベーターから荷物と一緒に外に出たと思います。本来はこっちから出入りするんです」
第三格納庫には出入口が二つある。搬入用の巨大なエレベーターと、地上への直通エスカレーター。普段は直通を使うが、少し多目に荷物を持っていれば皆面倒くさがって搬入エレベーターを使ってしまう。エレベーターという構造上、誰かが使っていれば戻ってくるまで使えない。「直通を使え」と、整備班が口を酸っぱくして言うが、あまり効果がない。
アズリはロクセと共に玄関から外へ出た。するとロクセは「ほう」と言いながら、周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「昼間だと雰囲気が違いますね」
殆ど船内か、格納庫にいたロクセにとって、深夜の暗い内に外に出た街並みが最初のイメージなのだろう。
「ロクセさんが一度外に出たのって深夜でしたから。明るいと違った感じしますよね。人も多いし」
「ええ。活気がありますね」
『オルホエイ船堀商会』と大きく書かれた看板が掲げられた建物は、周囲よりも少し立派な作りになっている。横並びに他の商会の建物もあるがランク毎に作りが豪奢で、ランク上位の建物は壁面にレンガの様な模様まである。
各商会の搬入口は大きな倉庫で、大小様々なトラックが停まっている。
船掘してきた物を運ぶトラック。空船の部品や備品を搬入するトラック。それらが行き交い、そこで仕事をする人々の声をまた行き交っている。
「この先に向かうとランク下の商会の建物が並んでます。皆んな上位ランクを目指して切磋琢磨してます。そういう業界です」
「そうですか」
と、返事をするロクセだが、建物や街並みに興味があるようで、終始周りを見回していた。
中位ランク下位ランクの建物を過ぎるとフェンスがあり、さらに歩くと大きなメイン通りに繋がった。人通りも一気に増えて、船掘商会の倉庫街よりも活気に満ちている。
ロクセは歩きながら質問ばかりしてきた。そんなロクセの質問に答えながらアズリは昨日、ロクセに言ったセリフについて、いつ謝ろうかとタイミングを探していた。本当に人間なのか?などと、本当に失礼な質問をしてしまった。
――昨日の夜は酷い事言っちゃったな……。謝らないと。でも……。
切り出す勇気がない。ロクセは別段気にしてる風でも無いし、むしろ始めて見る街並みに気を取られている。殆ど表情は変わらないが、視界に入る様々な物を知ろうとするその雰囲気は、無邪気な子供の様で少し可愛らしくも感じた。
――まぁ、いいか。今じゃ無くても。
アズリは、謎だらけの男ロクセの隣を歩く。
質問しながらゆっくり歩くロクセの歩調に、いつの間にか合わせている事に気づかずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます