満天の星【8】

 首都グレホープの格納庫群は断崖をくり抜く形で建設されている。向かって左側は狩猟商会。右側は船堀商会の格納庫がある。各商会の格納庫は横並びになっており上段は十庫、中段は十五庫、下段は二十庫とサイズの違う格納庫が均等に並ぶ。その並びは商会毎のランク付けでもあった。


 組合への貢献度が高く船員も多い商会には当然、上段に位置する広い格納庫が与えられる。皆、切磋琢磨し、どれだけ上を目指せるか競い合う。多少の騙しや妨害、派閥等の面倒な部分もあるが基本的にはどの商会も仲が良い。

 オルホエイ船堀商会はその中で上から三番目のランクを維持していた。空船は大きい上、船員もそこそこ多い分、格納庫も広い。


 ガモニルル討伐の援助と戦闘艇の回収が済んだサリーナル号は、自分たちのホームである第三格納庫へと着艦した。船員達は各々片付けに勤しみ、作業がある程度落ち着いた頃には完全に日も暮れ、夕食の頃合いさえ過ぎていた。


 通常ならば一旦は解散となるのだが、この日は船内で一泊する事となった。

 今回の回収では表に出せない品々がある。深夜、まだまだ日も上がらない内に男性船員皆でその回収品を運び出し、裏市へ売りに行く為の一泊だった。

 女性達は帰ってもいいのだが、オルホエイからの「朝食を作って置いて欲しい」という一言で結局一泊することになってしまった。

 実際、整備や買い出し等まだやる事もあるので、一旦帰り、明日にわざわざ来るのも面倒だからという暗黙の理由もある。


 アズリは船内の寝室に備え付けてある薄いベットに横になり、天井を眺めていた。甲板での出来事を思い出し、若干の後悔に頭を悩ます。何故あのような事を口にしたのかよく分からない。言った後の「何故そう思うのですか?」と質問で返して来たロクセの言葉には何も答えられなかった。


――どうしてだろう。何であんな事言ったのかな。でも……何となくそう思ったんだよね。


 ロクセがポッド内で眠る姿を最初に見たのはアズリ。その時から妙な違和感を覚えていた。


――あの棺桶ってベットみたいな物だよね。そう聞いてるし。私たちが見つける船って、落ちてきて直ぐに発見しても必ずミイラになってる。……でも生きてた。何で皆んな疑問に思わないのかな。


 オルホエイもアマネルも皆、生きてた場合の対処と回収品の対応にばかり目が行ってロクセが生きているという不思議には何も疑問を持ってないようにアズリには見える。過去にもそういった事実があったという事が、当たり前の事実として疑問をかき消しているのだろうか。もしくは生きてる可能性は大いに有り得ると最初から理解していたのだろうか。


――あの棺桶ってすっごい長く眠れるベットだとか? ロクセさんのベットは特殊で普通より長く眠れるベットとか? そういう事?


 自分の中で納得の行く答えを出す為に一人疑問を並べる。そんな妄想にも似た考えをしていると、いつのまにかアズリの瞼は閉じ、意識が安らぎへと吸い込まれていった。






 巨大な搬入エレベーターに乗り、武器弾薬や遺留品諸々を詰め込んだコンテナやネオイット溶液のタンク、そして生命維持ポッドごと持ち出した遺体を地上に運び出す。荷物を中型のトラック3台に分割して載せ、向かうは闇市場。


 深夜、出来うる限り音を立てずそれらの作業をこなしたオルホエイ船堀商会の男達は、欠伸をあげながら、或いは目を擦りながらトラックに乗り込んでいた。その内の一つ、先頭車輌に乗るロクセは腕組みをしながら外を眺めていた。


 ポツポツと街灯のある大通りを進んだのは幾らも無く、直ぐに脇道に逸れて裏通りへと入り込んでいく。深夜である事もあり、裏通りには殆ど光がなく、外を眺めていても暗闇ばかりが眼前を通り過ぎる。しかしロクセにとって、そんな暗闇は存在しなかった。


 暗視システムに切り替えた眼球が夜の街並みを映し出す。


――徐々に増築していったのだろうな。それともセンスの違いか……? ……ツギハギだらけの街並みだな。


 古ぼけた看板。ボコボコになったゴミ箱。何に使うのか分からない壊れた機械。そういった物が雑多に置いてあり綺麗な街並みとは言えない。住まいも切り貼りされた鉄板や屋根が乱雑で適当に組み合わせてあり、錆びついた大小様々なパイプや梯子が至る所に設置されていた。表通りは殆ど確認出来なかったが、この裏通りよりは幾らか綺麗な場所に見えた。しかし、ここは酷い。


――裏市場は市民街の下級? だったか、その辺りにあるとか言っていたが……少し奥に入るだけでこれか。貧富の差は激しいみたいだな。


 光源の少ない裏通りは只でさえ暗く、懐中電灯でも持たない限りは危なくて出歩く事さえ困難に思える。それに、段々と地べた寝そべる人の数も増えて来た。深夜に一人、ここを歩いたならばいつ襲われてもおかしくはない。


「この辺りはまだ中級市民街なのですか?」

 ロクセは増えるホームレスを見ながら訪ねた。

「いや、すでに下級街に少し足を入れたくらいだな。どーした? 暗闇に目が慣れて見なくていい物まで見えてきたか?」

 助手席に座るオルホエイが軽く後ろを向いてロクセの質問に答えた。


「ええ」

「……ここで驚いてたら可愛いもんだ。下級街の奥なんて地獄と言ってもいいくらいだからな」

「地獄とは?」

「ここで聞くのか? ……どうせいつか分かる。その時まで安心して過ごせ。それにもうすぐ裏市の入り口に着く」


 ロクセは再度外へ視線を向けると、捨て置かれた様な機械が増え、そこに座り込む人の影も増えていた。申し訳程度の明かりが灯り、露天と思える様相だった。露天はトラックが進むに連れて徐々に増えていく。何処からが入り口だったのかも分からないが、暫く進むと露天街の途中で左折し、店光が届かない場所までトラックは進んでいった。


「着いたぞ」

 オルホエイがそう言うとすぐトラックは停まった。邪魔になっても構わないと言わんばかりにトラックは道中に堂々と停まっている。


 トラックから降りたのはオルホエイだけで、他は誰も降りない。ロクセは乗ったまま窓から辺りを見渡した。より一層ツギハギ感が増した住居と思われる建物が所狭しと並んでいる。


――倉庫の様な建物は見えないが、一体何処にこの荷物を降ろすんだ?


 ロクセがそう思っているとオルホエイは歩き出し、無象に並ぶ建物の一つへ近づいて行った。


 周囲と変わらない入り口で、寧ろ目立たない位のその場所には、小さな看板が壁面に張り付いていた。何の看板かも分からない程古ぼけている。

 その看板をオルホエイは躊躇なく三度ノックした後一拍置いて更に二度ノックした。直後カチリと音が鳴る。その音を確認してオルホエイは看板を右へスライドさせた。

「よう。久しぶりだな。金に困ったか?」

 スライドした看板から見えたのは受付と思える窓口だった。そこから窶れた顔をした浅黒い男が挨拶をする。


「いや、今回は事情があってな。喜べ、物量も質もなかなかのもんだぞ」

「ほう。どの辺りで見つけた?」

「言う訳ないだろう。とにかく早く開けろ」

「はいよ。今開ける。さっさと入れよ」

 浅黒い男はチラッと外を見て、トラックのサイズを確認したかと思うと受け付けの奥に引っ込んで行った。それを見てオルホエイがトラックに戻って来る。


 オルホエイがトラックに乗り込んだと同時に、受け付け窓口のすぐ横から機械の稼働音が聞こえた。


――随分と手が混んでるな。


 ロクセの目に映ったのは動く壁だった。


 窓や玄関と思われる部分も全てダミー。それら全てが一緒になった壁が少し奥にズレてそのまま上へ引き上がって行った。そしてトラックが入れる高さまで上がると止まった。見ると薄暗く広い通路が下り坂で続いていた。

「いくぞ」とオルホエイが運転手に声をかけるとトラックは開かれた坂道を降っていった。


――地下にあるのか。搬入口もここまで手が混んでると見つけるのは困難だな。


 無機質な壁面の下り坂はそれほど長くは無く、一分もしない内にだだっ広い空間に到着した。

 既に小型のトラックが数台停まっていて荷物を床に並べてあった。ロクセ達のトラックは右奥に進み、そこに停めた。


 オルホエイがトラックから降り、皆続々とそれに続く。ロクセも周りに合わせて降りると、初老の男が一人近づいてきた。

 負傷した古傷が痛むのか、左足を引きずりながらその男はオルホエイの元に歩み寄り話かける。

「珍しいな。何を持ってきた」

「武器弾薬、溶液、遺留品にその他諸々だ。装飾品は質が良いぞ」

「……金に困ったか?」

「うるせぇ。アイツと同じ事言うな。事情があんだよこっちも。そんな心配するよりもアイツの薬辞めさせろ。以前見た時より更に痩けてんじゃねえか。死ぬぞ」


 オルホエイは搬入口の受け付け辺りを親指で指しながら言うと、男は笑いながら「無理だ。ありゃもう辞められん。手足縛って監禁でもせん限りはな」と言った。

「じゃあ、そうしろ」

「はっは。検討しよう。さて、荷物を降ろしてくれ。手早く済ませよう」

 男がそう言うとオルホエイは後ろに控えていた仲間達に向かって「やってくれ」と言った。


 ロクセもその指示に従い荷物を降ろす準備にとりかかるが聞き耳だけは立てていた。男とオルホエイは「息子は今日は居ないのか?」とか「良い酒は入ったのか?」とか世間話を続けていた。しかし、ロクセが遺体の入ったポッドを荷台から降ろそうとした瞬間、男の雰囲気が変わった。

「おい。何だそれは。棺桶か?」

 と男が声色を変えた。荷物を降ろしていた仲間達の手が止まる。ロクセも辺りに従い手を止めた。


――ポッドを見た瞬間の男の変わり様……。何だ?


 少しご機嫌の様子だった男の変貌を見る限り、遺体の扱いには何かしらあるのだろうかとロクセは様子を伺う。

「ああ……すまん言い忘れた。遺体の回収もある。六体だ。墓に潜り込ませてくれないか? 言い値は払う」

「オルホエイお前……そこまで落ちたか?」

 と男は軽蔑の視線をオルホエイに向けた。

「邪推するんじゃねーよ。そんなバチあたりな事する訳ないだろうが。遺体には一切手を出してない。誓ってな」

「はぁ? だったら何でこんな所に持ってきた。ここに持ってきた時点で邪推も何も普通に考えたらそう言う事だろうが。それにこれがバレたらどうなるか分かってるんだろう? 」

「分かってる。だから信頼してここに持ってきたんだ。ここらで確実な仕事をするのはバイドン、お前しか居ないと思ってる」

 バイドンと呼ばれた足を引きずる男は軽蔑から落胆にも似た諦めの表情へと変わった。


 会話を聞く限り、オルホエイとバイドンは相応の信頼と付き合いがあるのだろうと窺い知れる。表と裏が協力関係にある実態はどの世界でも同じなのだろうとロクセは思った。

「……ったく分かった。引き取ってやる。とりあえず一旦その棺桶は荷台に戻せ。他の商会がいるんだからな、今そいつを出すんじゃねぇ。幸い商談に夢中でこっちは気づいてないしな。変な噂を立てられるのも癪だろう?」

「すまねぇ。……おい、それを戻してくれ」


 オルホエイはバイドンに軽く会釈をして謝った後、ロクセ達数人に向かって手を払った。荷台から一つ目のポッドを引っ張り出しただけだった為、押して戻した後荷台の扉を閉めただけで作業は終了した。その作業を黙って見ていたバイドンはオルホエイに向き直り、今度は厳しい表情で「六体だな?」と確認した。


「ああ。そうだ。少しばかり多いが見積もってくれ」

「多すぎだ。馬鹿野郎。ったく……今見積もってくる。六体だ、色々手を尽くさなきゃならん。高く付くぞ。それと事情は後で聞く。分かったな」

「ああ構わない。理由も……お前には話す。それと、頼みついでにもう一つ」

「何だ?」

「IDを作ってくれ一人分でいい」

「……またか」

「すまん。頼む」

 オルホエイは再度軽く会釈するがバイドンはそれを見もせずに「他の荷物は降ろして待ってろ」と言って倉庫の奥にある扉に向かって歩いて行った。


 ロクセはこの世界のルールも事情も何も分からない。今はあえて流れに任せる行動を取っているが、流石に今の状況は把握したいと思った。雰囲気としても見過ごせない。

 ロクセはオルホエイに歩み寄る。何の為に近寄って来たのか察したのだろうオルホエイは「こっちで話そう」と言って壁際まで誘導した。


「先程のやりとりは? 遺体を丁重に扱う事は条件の中に含まれると思うのですが?」

 ロクセの言葉を聞いて、オルホエイはジャケットからスキットルを取り出し一口飲んだ。

 強い蒸留酒なのだろう。相当数のアルコール数値を感知した。

「……遺体はな、本来規定の場所に棺桶ごと引き渡すのが決まりなんだ。古代人の共同安置所というか、巨大な墓石みたいな施設にな」

「では何故そうしないのですか?」

「……事情があってな。今回に限ってはそこに持って行く事は出来ない。だからここに持ってきた。一応ここでも遺体は引き取ってくれるし、最終的には同じ場所に保管される」

「事情とは?」


 その事に関してロクセは知っている。目を覚ました日の聴覚拡張で自分をどう扱うかも、保護する理由も聞いていたからだ。しかし敢えて聞いた。まだ商会の事情と自分の存在を説明されてないからだ。

「ロクセ……お前は本当に厄介な人物なんだよ。正直、古代人って事は知られたくない。仲間内ならまだしも組合に、ましてや本部に知られたら洒落にならないんだ。頂いた物資は勿論、棺桶なら尚更表だって引き取って貰えない。だから裏から流した後、正規の場所に運び込むしかないんだ」

「知られたくない……ですか。……成程。では、自分はこれから、目立たずひっそりとこの世界に溶け込め……と、そう言う訳ですね?」

「そうだ。詳しい事情は落ち着いてから話そうと思っている。先ずはこの物資を少しでも早く手離したくてな。すまんが、今は……いや、これからもだが、とにかく俺の商会の一員として目立たずに居てくれ。」


 目覚めて直ぐに身の保証が確保され、この星の情報源を得る事ができるのであれば願ってもない。それに郷に行ったら郷に従えという言葉もある。腫れ物を扱う雰囲気が少し癪に触るが、それも時間の問題だろう。それらを踏まえ、そう焦る事もないかとロクセは思った。

「分かりました。では、もう一つだけ聞いても良いですか?」

 揉め事を抱えたストレスなのか、焦りなのか、それとも単に中毒なのか分からないがオルホエイはまたスキットルの口を開け、二度三度とアルコールを喉に通した後「何だ?」と言った。


「あの男性の雰囲気は少しばかり気になります。ここに遺体を運ぶ事で何らかの問題が発生するのでは?」

「……金に困るとな、遺体を切り刻む奴が現れる。頭を割ってな、中身を取り出すんだよ。」

「……何故その様な事を?」

「宗教だよ宗教。古代人の脳を煎じて飲めば、長命と知識を得られるとか言ってる頭のおかしい宗教があるんだ。そいつらには高値で売れる。だから頭割って中身を取り出して、売っぱらうんだ」

 宗教は人類にとって切り離せない。実際ロクセの星でも様々な宗教があった。しかし、干からびた遺体から脳を取り出して食す宗教とは悍ましい。


「では、先程はオルホエイ殿がその宗教に加担したと思われた。そしてその行為は社会的に邪道の類に入ると……そういう事ですね?」

「ああ。その通りだ。ここに棺桶を持ってきた時点で、脳みそだけ抜いてそのクソみたいな宗教から金を貰ったと思われる。そんな事が仲間の商会に知られたら評判は地の底だ。勿論、上に知られたらもっとマズい事になる。やっちゃいないが説明は必要だからな。バイドンにだけはお前の事を話すつもりだ」

 そこまで聞いてロクセは納得した。


 ただ一人この星で目覚め、この世界を知ろうとするならばどれだけの労力と時間が必要か分からない。こうして、少しづつ細かな情報とルールを知って行けたのなら早い内に様々な行動が出来る。自分の国からはどの程度の国民が移住出来たのか。統治する国は何処なのか。自分の部下や仲間は何人この星に降り立ったのか。そして、自分が仕えていた一族は血筋を絶やしてはいないのかどうか。


 各所を周り探索するこの商会に身を寄せることは、これらの情報を早く得る貴重な情報源であると今確信した。自分に必要のない物資と引き換えに、この立ち位置を得たのは間違いではない。


「分かりました。今聞きたい事はこれだけです。唯、くれぐれも遺体は丁重に扱ってください」

「ああ、分かってる。あいつに言っておく」


 ロクセは頷き、再度スキットルの口を開けたオルホエイを尻目に遺体が積まれたトラックの元へ歩き出した。


――やはり当面はここに身を置くのが賢明だな。


 足を止めたロクセはトラックを見つめ、ゆっくりと荷台に手を添えた。






 床に並べ終わった物資は、この場に居る他の商会の目を奪う程に豪快に並んでいる。


 それらの物資からは必要な物を既に抜いてある為、ロクセにとっては不必要な余り物ばかりだ。貴金属についても高価な物だけは抜いてある。ただ一つ、どうしても欲しいと言われた青い髪留めだけは譲った。然程高価では無いが思い出深い物だった。それを譲った事は少し失敗したかとも思っていたが、過ぎた事だし気にしない事にした。しかし、今目の前にいるオルホエイが、適当にトラックの助手席に放り投げた銃だけは譲るべきではなかった。必要のない銃器として最初に選別してしまった事に今更後悔した。


 ロクセは支給された船員服の襟のボタンを一つ外しながらその銃を見つめた。


――誰かに譲ると言っていたが……あれは特殊だ。用途によっては恐ろしく強力な銃となり得る。火力のある物は全て回収したと思っていたが……アレを見逃すとはな。失敗した。


 誰に渡すかはわからないが、その時には注意を促しておけば乱用はしないだろうし、正直普通に使う分には少々強力なハンドガン程度だ。本来の用途は持ち主にだけ密かに伝えておこうと思い、ロクセはバイドン達の方へ視線を移した。


 既に取引の査定は終わりバイドンとオルホエイは金額の確認を始めていた。

「武器弾薬と溶液含めての物資はこの金額になる。品揃えは申し分無いからな。色はつけてある。それと貴金属だが……あれは凄いな。武器の品揃えといい、金持ちの武器商人でも乗ってたのか?」

「そんな事は知らん。しかし一つの船であれだけ出るのも珍しい。で、どうなんだ?」

「ああ、これも含めるとな……これだけになる。」

 言ってバイドンは計算機をオルホエイに向けた。


 ロクセが立つ角度からははっきりと見えないが、桁が七つ以上はある様に見える。

「悪くない。それで頼む」

「そうか。ではここから棺桶代とさっきの小型銃のナンバー登録代。あとはID一人分の代金を差し引く。……最終的にはこれだ」

 再度バイドンが計算機を向けるとオルホエイは一瞬眉根に皺を寄せたが、仕方ないとばかりに「必要経費だ。それでやってくれ」と了承した。


 これで一通り物資の売買は終わり、支払いは後日行われる事となった。

 長居は無用との事で帰る支度を皆進めるが、今帰ると目立つのではないかとロクセは思った。ロクセの時間感覚ではもう既に日が昇っているのではないかと思っているからだ。しかし、まだ明方に近い深夜らしく、外は暗闇であるという。


――まだ外は深夜か……。時間の感覚がやはり違うな。


 そう思っていると「早く乗るっす」とトラックの中から催促があった。と同時に後ろに居たバイドンからも声をかけられた。

「あんちゃん、話は聞いた。あんた、これからどうするんだ? ここに居るのか?」

 ここに居ると言うのはこの商会にこのまま所属するという意味だろう。

「ええ。そのつもりです。何もわからないですからね、今は」

 バイドンは上から下にロクセを見た後目線を戻し「ご先祖さんも俺らと変わらんな」と呟いた。


 ロクセは黙ってバイドンを見つめ、次の言葉を待った。

「俺はな、遺体だろうが生きてようがご先祖さんは敬うもんだと思っている。あんた達がいるからこそ、今こうして商売が出来る。色々バレたらマズい事もあるだろう。こっちの打算もあるだろうが、基本アイツの商会の仲間や俺はお前の味方だ。……何かあったら言え。出来ることは協力してやる。ま、今後はこっちからコンタクト取るかもしれんがな」

 バイドンはそう言って肩に手を置いた。


「分かりました。ありがとうございます」

 そうロクセが礼を言うと、バイドンは頷き「さ、早く乗れ。日が昇る」と言って追い払う仕草で手を振った。

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