満天の星【7】

 サリーナル号が飛び立ち、街への帰路について暫くしたらロクセの紹介が行われた。

 サリーナル号の操縦士以外は広い食堂に集められ、昨夜の会議でも話した内容を含めて、オルホエイからどういった条件で今回の交渉が行われたのかの説明があった。

 今後に関しても説明があり、当面アズリが面倒を見る事と、ロクセが新人としてこのオルホエイ船掘商会に加わる旨も伝わった。


 その他諸々の話し合いも終了した後、男性達はロクセと共に再度貨物室に向かい、女性達は食堂に残った。少し早めの夕食を取る為、当番であるアマネルとカナリエが調理に勤しむ。アズリも手伝おうとしたのだが丁寧に断られ、レティーアやルリン達と冷たいホス茶を啜り、今は女子会を始めていた。


「検査断ったって本当?」

 レティーアが椅子にもたれ掛かりながら言った。

「必要無いんだってぇ。健康かどうか、ちゃんと検査してあげたかったんだけどねぇ」

 ルリンがどうでも良さげな、興味が無いと言わんばかりの声色で返した。

「二百年以上も眠ってたんだから体調とかホント大丈夫なのか心配。ねぇルリンもう一度検査の打診してみて」

 アズリはルリンに向かって言った。

 これから世話をする相手が急に倒れたりしたのではどうしようもないとアズリは思う。ペテーナとルリンからの検査を断ったロクセが信じられず、とにかく健康でいて貰いたいと思うばかりで、その安心も得たかった。


「三回言ったよぅ。三回とも断られたんだもん。もう言わない。死んじゃっても私知らない」

「でもさ、私、世話役になったんだしさ。急にさ、何かあったら怖いしさ」

「知らないよぅそんな事。あの棺桶で眠れば体調管理出来るとか言ってたんだもん。意味分かんないけど古代人の遺物だもん、そうゆう物だと思って放っておこうよ」

 心配して三度も声を掛けたのにも関わらず、無下に断られた事を根に持ってる。そんな様子でルリンは答えた。


「あのロクセって人の棺桶は初めて見る形だけどさ、結局は古代人がいつも眠ってる棺桶と同じな訳じゃん? 皆んなミイラになってるんだからあの棺桶だって同じなんじゃない?」

 今度はレティーアがルリンに向けて質問すると「でもでも、生きてたんだから特別製なんだと思うの……フィリ的には、ちょっと分解してみたいかも」と、この女子会に参加しているフィリッパが口を挟んだ。

「え?」と食堂に居るフィリッパ以外の面子が皆同じ反応を示した。勿論アズリも同様で、会話が聞こえた調理中のカナリエ達も同じ反応だった。


「ちょっと、辞めてよ。ヤバイんだからそういう事言わないで」

 レティーアはテーブルに身を乗り出した。

「フィリッパならやりかねないよねぇ」

 ルリンが笑顔でそう言うとフィリッパも笑顔で「冗談冗談」と軽い口調で返した。


 アズリ達のいる国も含め、全ての国の法律では、発見した遺物船に取り付けてある様々な機器の稼働システムを調べてはならない事になっている。特に精密機器である棺桶や遺物船の動力装置、そして操縦席に取り付けてある数多の機器は絶対に分解と調査をしてはいけなかった。

 そっくりそのまま取り外し、組合指定の引き渡し場所に持っていくのが常識だ。

 ちょろまかして裏市に持って行くのは遺物船内装や外装の資材や銃器、それと通信機や装備品などの備品。他には、管理している組合からシステム開示をされた物だけは大目にみて貰える。


 無断所有が違法とされる機器を興味と好奇心で分解する者や、そのシステムを調べようとする者も居るが、どんなに調べても理解が追いつかず、結局いつかはその行為が発覚し、罰せられる。


 処罰は非常に重いもので、発覚後は住居から人間関係まで調べあげられた上死刑となる。深く関わっていた者は全てがその対象となり得る為、船堀商会では特に御法度とされる行為だった。


 フィリッパがもし仮にロクセの棺桶を分解し、探求したとして、且つその事実が発覚したとするならば、このオルホエイ船堀商会は一発で潰れてしまう。少なくともフィリッパと船長であるオルホエイは死刑となり、その他の船員も全て重罪が課せられる可能性が高い。それほどまでに、無闇に古代人の遺物の知識を得る行為は恐ろしい事だった。


「……ここだから良いけど、外でそういう事言わないでよね。フィリ。聞かれただけでも厄介なんだから」

 とレティーアが呆れ顔で言うと「ごめんね」と笑顔のままで軽調に謝った。

 反省の色が微塵も感じない態度なのはいつもの事だが、皆その笑顔を見るとそれ以上怒る気も失せる。


 フィリッパの笑顔は老若男女問わず暖かい気持ちにさせる程の破壊力があった。軽く巻いたふわりとした金髪と垂れ目がちの大きな瞳が印象的で管理貴族の令嬢と言っても差し支えない容姿をしている。可愛らしく少し天然が入った性格も相まって誰からも好かれた。

 しかし、フィリッパはオルホエイ船堀商会の中で、機械整備士と言うその見た目と性格に似つかわしくない仕事をしている。機械を弄るのが趣味であり、作業服姿でオイル塗れになりながらも楽しそうに作業する。


 皆いつ見てもそのギャップに驚くが、アズリはフィリッパらしくて微笑ましいと思っていた。

 分解したいと言うフィリッパのセリフについても、一瞬驚きはしたものの、これも彼女らしいセリフだなとアズリは思った。


「でも、あの人の棺桶の個人所有は船長が許した訳でしょ? ちょっとズルイ」

 謝ったばかりでこの台詞が出てくるのは、フィリッパが別段反省していない証拠でもある。

「ズルイって……。生きる為に必要な物らしいから仕方ないよ。それに条件が棺桶の引渡しだしね。多分、船長的にも船内の物資を天秤にかけて考えた末の答えだったんだと思う」

「アズは交渉の場に居たんだから何となくその場の雰囲気で察する所はあったかもだけど、私達からしたら爆弾抱えた人間を仲間に入れる訳なんだから、不安はあるわ」

 言うとレティーアは角砂糖を一つ取り出しホス茶に入れた。すでに三つは入れてあるはずなのにも関わらず。


「船長の事だからぁ。何か考えがあるんじゃないかなぁ? 気にしても仕方ないと思うよ?」

 更にもう一つ角砂糖を摘み入れようとするレティーアの腕をさりげなく掴みながらルリンが言った。続けて小声で「糖質取りすぎ」と言うと、少しむくれ顔でレティーアは手を引っ込めた。

「……考えても仕方ないか。 バレなきゃいいんだしね」

 言ってレティーアはかなり甘くなったであろうホス茶を啜った。


 幾ばくかの沈黙が周囲を覆った。コトコトと音を立てる鍋と包丁の音だけが聞こえる。

 周囲の仲間も大なり小なり不安がっているのがアズリには感じ取れた。


 死んでいて当たり前の古代人が生きていて、今同じ船に乗っている。それだけでもあり得ない状態。にも関わらず、組合に違反し、その古代人を保護。そして見つかったら重罪の棺桶の所持。

 大量の船内物資と引き換えにするにはかなり重い条件の様な気がする。


 周囲にはそういった考えが巡っている。そうアズリは思った。

「まぁいいわ。こんな話し止め止め。それよりさ、輸送船の物資でかなり利益が出るかもって話じゃん? 特別報酬出たら何に使う?」

 沈黙を破りレティーアは貰ってもいない金の使い道について皆に話を振った。

 話題に事欠かないレティーアにはいつも感心する。空気を変える、そして作るのが上手い。

「ルリンは本かなぁ。植物図鑑をみつけたの。裏市で。超レア物ぉ」

「えっ。本? しかも図鑑って……報酬貰っても買えるレベルなの? それ」

「ルリン欲しい物とかあまりないから、お金貯ってるもん。それも使えば買えるよぅ。教養書以外の本なんて滅多に出回らないんだから今買っておかなきゃだもん。レティーはどうなの? また服ぅ?」


「勿論。上級市民街にね、新しいお店出来たの。一回見に行って来たんだけど可愛い服ばかりだったし、でねでねその隣に雑貨店も出来ててそこの品物もすっごい良かった。しかも、そこの近くにあるパン屋にねクロワッサンっていう新作のパンがあってね、すごく昔に食べられてたってパンなんだけどね、美味しいって噂でさ、一回食べてみたいしさ、可愛い服に可愛い雑貨に美味しいパンとかってもう最強じゃない? ね、ね、街に戻ったら皆んな一緒に行かない?」

 何処で息継ぎしたのかわからない勢いで一気に語るレティーアはホス茶の入ったカップを握りしめて目を輝かせている。


 レティーアは新しい物と可愛い物と甘い物好きで、見た目が貴族令嬢のフィリッパよりも貴族令嬢っぽい趣味をしている。中級市民街に住むレティーアにとっては上級市民の生活は憧れで、どんなに足掻いてもそこで生活するのは不可能と知りつつも希望を捨てていない。

 オフの日には綺麗に粧し込んで上級市民街へ繰り出す。元々美人な容姿である為、粧し込んで行けば上級市民と遜色なく、街を歩けば必ず誰かしらの異性から声をかけられる。しかしその全てを無下に蹴散らすのがレティーアの日常だった。


 相変わらずのレティーア節を聞き、アズリはフィリッパに抱いた感情と同様に彼女らしいなと思った。

「ルリンは行かなぁい」とカップを口元に当てながらルリンが最初に口を開くと「ルリンは本買ったら読んでいたいんでしょ? でもたまには外に出た方うがいいわよ。じゃ、アズは? 一緒に行かない?」とレティーアはアズリに同行を求めて来た。

 しかしアズリは「ごめん。今回はパス……かな」と答えた。


 アズリにも勿論行きたい気持ちはある。

 実際、何度か散策に行った事もあったし、仕事で時折行く事もある。整った街並みと中級市民街には無いお店の数々にいつも溜息がでる。こんな所に妹と住めたらどんなに幸せかと考えるし、同時に住む世界が違うとも感じる。

 とはいえ、妹が自分の帰りを待っていると考えると、帰ってすぐに遊びに行くなんてことは出来る筈もなく、又、やるべき事もあった。


 そんなアズリの事情に気がついたレティーアは

「そっかそっか。妹ちゃんの事もあるもんね。ごめんね。」

 と、申し訳無さそうに謝り「じゃフィリは?」と次の犠牲者を求めた。

「うーん。行ってもいいけど、フィリの用事にも付き合ってくれる?」

 一瞬の嫌悪感を表にだしたレティーアだが「いいよ付き合う。じゃ決まりね。街に戻ったら一緒に行こう」と話しをまとめた。


――あぁぁ……オッケーしちゃった。……フィリの用事も追加なら、レティーアの街散策は半日以下ね。ご愁傷様。


 アズリ以外も同じ事を考えただろうが、誰も口にしなかった。


 




 ロクセは観察していた。


 サリーナル号と呼ばれた船の貨物室で十数名の男達に囲まれながらも注意深く観察していた。

 男達は回収した物資の情報を得たいらしく、投げかけられる様々な質問にロクセは答えていた。

 特に目を輝かせて質問してくるのはカズンと呼ばれている白髭の初老の男だった。武器弾薬の類に関わらず、遺品に混ざってたルービックキューブやトランプ等の娯楽品にまで興味を示してくる。


「成る程の。この色を各面で揃えるという訳か」

「そうです。このルービックキューブもトランプもいつ発明されたかも分からない程昔から存在する娯楽道具です。トランプに関しては様々なゲームがありますし、賭け事にも使用されていますよ」

 ロクセは当たり障りのない返答を繰り返しながら、今後の行動を考える。

「もし良かったら、今度私が知るいくつかのトランプゲームをお教えしますよ」

「おお。そりゃいい。是非教えてくれ」

 しかし今は会話から得られる情報のみに留めておき、周囲のペースに合わせた上で信頼を得るべきではないか。今後、世話役になったアズリという少女に色々と聞けばこの星の最低限の情報は得られるのだから。

 そう思うと、あまり気負う事もなく冷静に物事を考えられる。


――焦らなくてもいい。ゆっくりでいい。目立たず、情報を集めよう。どうせ俺には何も出来ない。見守る事しか……な。






 ガモニルル討伐現場から帰路につき、丸一日が経った。夕刻も過ぎ暗闇が姿を見せた頃、漸くサリーナル号は南部防衛国カルミアの国境に入り、首都グレホープが遠目で目視出来る所までやってきた。

 船がスピードを落とし、自由に甲板に出られる状況になった頃、暇を持て余したアズリはその甲板へ赴き、美しく映る首都の輝きを眺めていた。


 主に光輝くのは上級市民街の位置する部分と工場地帯。そして狩猟と船堀、両商会の格納庫が連立する部分だった。中級市民街の光は圧倒的に少なく、下級市民街に至っては殆ど光源がない。

 アズリはこの夜景を見る度にいつも美しいと感嘆すると同時に悲壮的な何かも感じていた。


 声を発する事もせず、ただ一人風に当たりながらそれを眺める。すると不意に後ろから声をかけられた。

「向かうのはあの都市ですか?」

 気配を全く感じなかった。一瞬ビクリとしたが声色でロクセだと察し、ゆっくりと振り返った。

「ロクセさん。……そうです。あれが南部防衛国カルミアの首都、グレホープです。綺麗でしょう? 夜景」

「そうですね。でも私には、この星の広大な自然の方が美しく映ります」

 言いながらロクセがアズリの隣にやってくる。


 アズリは自分よりも高い場所にあるロクセの顔を見つめ、そしてそのまま何も言わず沈黙を作った。ロクセも口を開く事はせず、黙って首都の夜景を眺めている。

 不思議な空気だった。この沈黙が苦とも感じない。居て当たり前の存在が当たり前の時間を過ごしている。そんな雰囲気をアズリは感じた。


 沈黙を破ったのはロクセだった。


「アズリさん……といいましたよね。私はこの世界の事を全くわかりません。少しずつで構いませんので色々と教えてください」

 夜景を眺めたまま話すロクセの横顔を見ながらアズリは「私で良ければ」と答えた。そして「あの……」と言葉を続けた。

「ロクセさんは、その、あそこから来たんですよね?」

 アズリは夜空を見上げ、そして再度ロクセを見た。

 ロクセもチラリと見上げて視線をアズリに向ける。

「……ええ。そうです。この星の方々の認識とすれば自分は宇宙人という事になりますね」

「そうですよね。空から降って来るんですから。そういう事ですよね。あ、でも私達から見たら宇宙人ではないです。皆んな古代人って呼んでます。ご先祖様扱いです。正確に言えば」

「降ってくる? ……まぁそうですね。確かに。それにご先祖様ですか。私も……でしょうか」


「どういう意味ですか?」

「いえ。なんでもありません。気にしないでください。ご先祖……成る程。では、ここはKPO13第二惑星で間違いないのですね?」

 アズリの方へ顔を向けながらロクセは言った。


「ケイピイオウ? えっと……よく分からないですけど、皆んなこの星は惑星カレンって呼んでますよ?」

 ロクセが何を言っているのかは分からなかったが、もしかしたらこの惑星カレンを古代人はそう呼んでいたのかもしれないとアズリは思った。

 そしてそれは的を得ていたようで「……カレン。シンプルにカレンですか。成る程。間違いないみたいですね」とロクセは返し、一人納得していた。


 抑揚の少ない声色と無表情さはロクセという男の本来の性格を隠している様にアズリには思えた。 今目の前にいる人物は本性を表に出しておらず、当たり障りなく行動できるように冷静に対処している。そんな風に感じられる。


 そしてもう一つアズリが感じている事があった。聞けば非常に失礼だと知りつつもどうしても気になった。

 言葉を選ぼうにもどう表現したらいいのか分からない。


 しかし、ロクセの瞳を見つめていると不思議とどんな事でも受け入れてくれそうな気持ちになる。

 その空気にアズリは飲まれたのだろう、無意識に疑問を口にしていた。


 「ロクセさんって、本当に人間なんですか?」

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