満天の星【6】

 難航を記すと思われた交渉は予想よりもすんなり終了し、ロクセの立会いの元、早速船内の物色に取り掛かった。


 まず遺品だが、ミイラと化した乗組員六名分の遺品をロクセが確認し、幾らか引き抜いた他は全て貰う事となった。アクセサリーは六割強も譲って貰い、その中身を見ながら目算でどれだけになるかと計算しているオルホエイは終始ニヤつき、少し気持ち悪いとアズリは思った。


 武器弾薬に関してもロクセが指定してきた物以外はこちらで全て貰う事が出来た。非常に大きなダークグレイのケースが二つ。銃器が入っているであろうそのケースは誰の目から見てもの一番高価だと感じ取れたが、ロクセが必要と言う以上は、交渉上誰も異議を立てることが出来ない。しかし、その二つさえあれば良いとの事で、その他の武器が相当数手に入った事は商会にとっても大きな利益に繋がる。アクセサリーも然ることながら武器弾薬も高く売れる分類な為、今回の赤字分を補填しつつ更なる利益を得られる事は容易に想像できた。


 食料品は何の役にもたたない為に放置したが、ナイフ等の備品は全て回収という形となった。

 ネオイット溶液に関してもオルホエイが想像していた以上に残っていた為「こりゃいいな」と満足気だった。


 他にも三門ある固定砲も外して持ち帰りたいとオルホエイが言ったのだが、あくまでも船内の物資のみとの約束である故にそれは叶わなかった。勿論エンジンも遺物船本体に組み込まれる一部と考えられるので手を出せない。

 とはいっても、通信機やその他諸々の備品や装備までも得る事が出来、大量のネオイット溶液と武器弾薬が手に入ったのだから、船員皆が当分はご機嫌に過ごせるレベルの利益になるのだ。これ以上欲を出せば罰が当たる。


 選別という物色を終えた後は、今とりあえず持ち運べる物だけを背負い鞄バックパックに詰め込んで一旦下山する事になった。ロクセだけはポッド回収の指示を出す為、全ての回収作業が終わるまで遺物船に残っている。船員達への紹介はそれらが全て終わり、帰路についてからだ。


 アズリ達が下山し、サリーナル号に着いた頃には戦闘艇の解体は粗方目処がついていた。

 手の空いている者の一部はロクセの個人用ポッドや、恐ろしく重いケースを釣り上げて回収する為の小型艇の準備に取り掛かかり、残りは回収作業に向かった。

 狩猟商会に関しては、ガモニルル解体もそろそろ終盤といった所で一足先に設営したテントの片付けを始めていた。


 アズリは世話しなく働く仲間達の姿を横目に、鞄の荷物を取り出しながら深く大きな溜息をついた。何故ならば、ロクセの当面の面倒をアズリが担当する事になったからだった。


 アズリは下山途中、オルホエイに今回の輸送艇の発見を褒められた。生きた古代人まで発見して厄介だとも言われたが、想像以上に出る利益への貢献の方が優位に立ったようで、何か褒美を与えるとまで言われた。

「何か欲しい物はあるか?」と聞かれた時に迷わず「髪留めを下さい」とアズリは言った。遺留品の中に透き通る様な青い石が三つ嵌め込まれただけのシンプルな髪留めがあったのだ。それを見た時、妹に似合いそうだなと瞬間的に思った。いつかの人形の件同様、何か貰えるのだとしたらこれが良いと最初から決めていたのだ。


 ただどう見ても高価な物なのは分かっていた為、流石に譲っては貰えないだろうと思ってもいた。しかし予想に反してオルホエイの返答は軽く「ああ、あれか。あれはあの男が持っている。よし分かった。譲って貰える様に後で交渉してやる」と答えた。

 しかも「……正直、今回のお前の功績は大きい。他に何かもう一つやろう何がいい?」と更に何かを与えるとまで言ってきた。


 それに対してはアズリは何も思いつかなかったが「そうだ銃でもやろう。護身用の銃を欲しがっていただろう? 見た事も無い小さい銃が一つあったからな。それをやろう。ただ、マガジンの形が見た事もなくてな、銃弾となり得る物が何なのか分からん。まぁ多分ネオイットを使うレーザー銃だろうな。詳しくはあのロクセって男に聞いてみるといい」とオルホエイが言った。


 銃は易々と個人で持てる程安価な物ではない。流通量も管理されているし、数ある組合の中の銃剣組合という所から相応の値段で買う事になるのだ。

 通常、探索で得た武器弾薬やネオイット溶液の様なエネルギー媒体は全て組合に売却しなければならない。更には、バラした遺物船の資材や遺留品も渡さなければならず、結局の所、組合本部が一括管理した上で各担当の組合から必要な分だけ買うという仕組みになっている。故に、組合も通さず戦利品を受け取る事はご法度だった。


 しかし、そんな事を律儀に守る程馬鹿ではないし、ルールに対しての若干の緩さもある。備品や遺留品、そして遺物船の資材に関しても三割程度は渡さず、ネオイット溶液も微量であれば隠れて使う。だからこそ裏市が存在し得るのだ。そして組合も多少はそれを黙認している部分もある。


 しかし、銃器はシリアルナンバーが刻印される為、隠れて使うのはなかなかに難しい。

 当然の如くその件に対し不安を感じるアズリは「そ、それは凄く嬉しいですけど、ナンバーはどうするんですか?」と聞いた。

 そんなアズリに、今更何を言っていると言わんばかりにオルホエイはシニカルに笑い、

「そんなもん偽造するに決まってるだろ。 裏市に行きゃ簡単……とはいかないがどうにかなる。多少金はかかるがな。で? どうだ? 銃でいいか?」

 と、またすんなり答えた。


 護身用の銃を持っている仲間は二、三人居るし、それら全てがちょろまかした物である事は知ってはいても、実際自分が持つ事になるならば真面目なアズリにとっては少し心配になる。とはいえ、身を守る術が手に入るのだから心配を他所にしても得るべき物だと、その時は思った。

「ありがとうございます。じゃあそれで」とアズリはオルホエイの厚意を受け入れたのだが、続くオルホエイの言葉に驚きと後悔を感じる結果となった。

「よし。じゃあ特別にお前には銃もやろう。で、だ。代わりと言ってはなんだが、あの男の面倒を暫くみてくれないか?」

 成る程そういう事か、とアズリは瞬時に理解した。


 知り合って二年も経てばオルホエイの性格を多少は把握出来る。実直な性格な割に、時折姑息な言動も垣間見える。そんなオルホエイにアズリはしてやられたという訳だった。

 オルホエイからの命令とも取れる要望を小型の銃で強制的に取引されたのだ。アズリは断る事も出来ず、嫌そうな顔をしながらその命令を受け入れるしかなかった。


 そんな事があって今に至るのだが、アズリは正直腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。見つけた遺物船から利益だけを得て、一番の面倒事は「後はよろしく」と言わんばかりに押し付けられたと感じるからだ。


――何で私なの? 船長もホントずるい。もう……世話役とかって何すればいいの?


 思っても仕方ないと分かっていても多少の愚痴は生まれる。


――はぁ。これも仕事って思うしかない……よね。


 アズリは鞄からとりだした戦利品を並べながらゆっくりと青い空を仰いだ。





 その日の夕刻前には戦闘艇の解体も終了し、輸送艇の物資回収も済んでいた。狩猟商会は昼頃には撤退して街への帰路についてしまっている為、現在現場に残っているのはアズリ達船堀商会のみだった。


 サリーナル号の広い貨物室の端には古代人の遺体が棺桶ごと並べられシートが被せられている。室内の中央には回収した遺留品と備品と武器弾薬、そしてロクセのポッドと私物が並べられていた。勿論、ポッドの周囲にあった三つの黒い塊も運んでいる。何の為にあるのか分からないその物体は、大きさも相まって不思議な存在感を醸し出していた。


 並べてみると今回回収した物資の量は見事と言って差し支えない程に壮観だった。アズリは今までこんなにも一度に物資を手に入れた場面と出くわした事がない。

 帰路につく準備をしている船員以外はこの貨物室に集まり戦利品を眺め、或いは手に取り各々満悦の感情を漏らしながら吟味している。


「うっあ。ホントこう並べると凄いわね、これ。特に武器関係」

 レティーアがアズリの隣で腰に手を当てながら言った。

「全部で五十丁はあるみたい。これだけ持ってたらどんな巨獣にも勝てそう」

 冗談半分でアズリが言うと「それでもヤバイのとカチ合うのは御免だけどね」とレティーアは真面目に返し「で、あの棺桶の前に立っているのが例の古代人?」と言葉を続けた。

「そう。ロクセって名前だって。今、船長達は船の起動準備してるから離陸した後改めて紹介するんじゃないかな」

「ふぅん。結構普通ね。まぁでもちょっとガチムチ感あるよね……。あぁ、またむさ苦しさが増す」

 言うとレティーアは心底嫌そうな顔をした。

「でも、ウチの商会って女性比率高い方だと思う。普通は男性多いし、女性一人の商会だってあるくらいだしね」

「女性一人って、あぁ。あの三馬鹿の商会……。あそこは特殊でしょ。そんな所と比べてもね……。とにかく私はもっと女性船員増やして貰いたいくらい。男ばっか増やされても困る」

 逆に女ばかりの商会でも様々な所で苦労するとアズリは思ったが、レティーアに今更そんな事を言った所でどうにもならない。この会話もいつもの事なので「そうだね」とだけ返して話題を変えた。


「そういえば、私、あのロクセって人の世話役になっちゃったの」

「え? 嘘でしょ?」

 物資回収の際、最低限ロクセから提示された条件は皆に伝わっていたが、アズリが世話役という件はオルホエイとアマネル以外はまだ誰も知らない。

「ううん。本当。ねぇレティー、世話役って何すればいいの? どうすればいいと思う?」

 自分と同期で経験もそれ程変わらないレティーアに聞いても解決する訳が無い、とは思いつつもアズリは聞いた。護身用の銃と引き換えにこの案件を半ば強制的に引き受ける事となった経緯も続けて説明した。


「……成る程ね。船長嫌らしいわ。アズが押しに弱いの知っててこれか」

「え? 私そんなに押しに弱い?」

「弱いわよ。ノーって言葉知ってるのかどうか疑問に思えるくらい」

 自分ではそんな風に思った事も無いアズリは「えぇぇ? そんな事……ない」と返した。

「ともかくそうね……。日常生活の色々を手伝ってあげたりとか、そんな感じの事をやればいいんじゃない? アズは料理上手だし、一緒に住んでみたら?」

「住むッ? それは無理! ただでさえ部屋狭いし居候なんだから。ベルおばさんに迷惑かけちゃう」

「それもそうか。まぁ適当よ適当。世話してる体ていだけ保ってればいいのよ」

 レティーアに相談したのは失敗したとアズリは思った。こと男性に対しては適当でどうでも良いと考えているレティーアに相談した所でまともな答えが返ってくる筈もない。しかし、幾ばくかのヒントは得た。


――そっか……まずは住む所探しかな。あの棺桶……ポッド? を置ける位の広さじゃないと。あとは街の事を教えたり、当面、食事とかの面倒をみるって事でいいのかな。


 只でさえ不安ばかりの毎日なのにも関わらず更なる厄介事を抱えてしまい、どう表現すればいいのか分からない感覚が胃に襲いかかる。ピリッと少し痛んだ腹部を軽く摩りながらアズリは未だ棒立ちになっているロクセに視線を向けた。

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