満天の星【5】
朝食が終わり、オルホエイとアマネルそしてカズンとアズリの四名は各々準備を済ました。と言ってもアズリはほぼ丸腰。持ってる荷物といえば見張りをしている二人に渡すランチバックのみである。信頼を得る為、昨日物色した遺物は一旦全て返す事となった。因みにその荷物はカズンが持っている。
一緒に行くはずだったザッカは留守番組になり、さっそくサリーナル号の甲板掃除を命じられた。 一緒に行く事になっていた経緯はただ単にザッカが無理やり「俺も行きたいっす」と船長に直談判したからだった。遺物船の中を見たかっただけの好奇心にすぎない。
留守番組になったのは女性の着替えを覗いた罰。当然の結果である。
他の面子は怪我人もいる事もあり、アズリ達が戻るまで待機となった。
ダニルは昨夜、皆が夕食を取った後に目覚め「飯くれ」と一言言ってから、ガモニルルの肉が挟まった例のパンに齧り付き、夕食も全て平らげて再度眠ってしまったらしい。今もまだ寝ている。多分二、三日すれば「治った」とか言いながらまた黙々と仕事をするだろう。
アズリ達が出発して一時間、小山を登りロープハシゴで洞窟内へ降りて遺物船の前までやって来た。
「二人ともご苦労だった。今からあの古代人と交渉に移るがその前に食事を取ってくれ。急ぎでな」
とオルホエイが見張りの男二人に話しかける。ここに着く前に無線で伝えているので交渉中は護衛する事も二人は知っている。
アズリがその二人にランチバックを渡すと、待ってましたとばかりに食事に取り掛かった。
彼らはいつも早食いで、それこそ空腹だったのだ。あっという間に平らげて、ものの数分で食事が終了した。
それにしても早すぎる。
アズリは彼らの食事姿を見て、ちゃんと噛んで食べているのか少し心配になった。
「よし。腹ごしらえは終わったな。で、例の古代人は中に居るのか?」
とオルホエイが声をかけると彼らは同時に頷いた。
「そうか。では呼んできてくれ」
二人揃って返事をすると古代人を呼ぶため船内に入ろうと歩き出す。しかし、
「それには及びません。聞こえていましたので」
という言葉と共に古代人が入り口から顔を出し、二人は歩みを止めた。
古代人は昨日と変わらずの黒い衣服姿でコツコツと足音を鳴らしながら搭乗口のタラップを降りて来る。
改めて見るとほんの少し堀の浅い顔立ちが自分とに似ていて、アズリは親近感を感じた。
身長はオルホエイより少し低い位で体付きも少し細い。とはいえ、かなり体格の良いオルホエイとそう変わらないのだ。一般的に見ても非常に大きい体をしている。レティーアの「むさ苦しいわ」と言う台詞が頭に浮かぶ。
古代人がオルホエイの前まで来ると、オルホエイは握手を求める仕草で自己紹介をした。
「昨日、軽い挨拶を交わしたがお互いの名前はまだ聞いてなかったと思う。改めて自己紹介をしよう。私はオルホエイと言う。遺物船の探索と発掘を行う商会の長だ」
古代人は差し出された手を見てから少し間を開けた後、握り返す。
「私はロクセ。この船の……乗組員です。そうですね……職業は兵士、とだけ言っておきましょう」
「七カ国連邦の共同船を使うと言うことはそれなりの身分の兵士、と言う事で良いのかな?」
一瞬ピクリとロクセと名乗る男の眉が上がった様にアズリには見えた。
「そうです。それよりもこの船が連邦船であることはご存知なのですね」
「遺物船にも種類がありますからな。職業柄多少なりとも知識は必要でしょう?」
「……成る程」
と、ロクセは言いながらオルホエイの目をじっとみつめた。
「おっと、遅くなりましたがロクセ殿。体の方は大丈夫なのかな? 昨日はこの船に残ると言う君の意思を尊重したが、正直、心配していた。……貴方は二百年以上もここに眠っていたのだぞ?」
オルホエイは少しでも自分の印象を良くしようと思ったのだろう、ロクセの体調を気にかけた。しかし、ロクセは淡々と答える。
「長期睡眠用ポッドにいましたし、船も然程の損傷も無く船内もほぼ無事。何の問題も無ければ平常通り起床出来ますので、体には何の異常もありませんよ」
「あの棺桶……失礼。ポッド? は長期睡眠の為と言うが、ロクセ殿以外には生きていた者など見た事が無いがどういう訳だ?」
「……特別製でね。普通の作りとは違うのですよ」
ロクセは表情を変えず、オルホエイの後ろに並ぶ面々に視線を巡らした。当然アズリとも目が合う。自分との見合う時間は少し長くアズリには感じられたが、ロクセは意に返す様子も無くオルホエイに視線を戻し言葉を続けた。
「オルホエイさん。これらの話は追々するとして本題に移りませんか? この様な話をする為にここへ来た訳ではないのでしょう?」
今度はオルホエイがロクセの目をじっと見つめ、顎髭を撫でながら沈黙を作る。左後ろに待機しているアマネルが「船長」と声をかけると、オルホエイは軽く頷いてから言葉を続けた。
「……まぁそうだな。こんな所で長話はするものじゃない。……アマネル頼む」
と言って顎をしゃくる。
「初めまして、ロクセさん。私はアマネルと言います。オルホエイ船堀商会で経理を担当しております。以後お見知り置きを」
一歩前に出たアマネルが手を差し出す。それを見たロクセは「こちらこそ」と返すと共に差し出された手を握った。
「この船を開けてしまった事、内部の物資を少しばかり回収してしまった事をまず最初に謝罪します。……カズン」
アマネルはアズリの隣に待機していたカズンに目線をやると、カズンが無言で袋をロクセに渡した。
「これはお返しします。すみません」と言いながらアマネルは軽く会釈する。釣られてアズリも会釈した。
「では本題に入りますが、その前に一つお聞きしたい事があります」
「何でしょう?」
「ここに居る彼女……アズリが最初にロクセさんを見つけた時、貨物室に居たと言ってましたが事実ですか?」
「ええ。事実です」
「では、この遺物船はロクセさんの私船では無い……と言う事でしょうか?」
「いえ、これは私の個人所有の船です」
「個人? 乗組員であり兵士と言ってましたし、貨物室での搭乗。それにこれは連邦船ですので国の所有物と思えます。その上で私船と言うのは些か疑問を感じるのですが?」
「先程そちらの男性、オルホエイさんが言った通り、私はそれなりの身分の兵士です。それこそ国のトップに仕える程には。当然それ相応の特権はありますよ。貨物室に関しては事情がありましてね。この船しか用意出来なかったのです。私のポッドは特別製でして、設置場所がそこしか無かった訳です」
ロクセの返答には迷いが無く、さも当然の返答と言わんばかりに聞こえた。
アズリには少し含みがある様にも感じたが、それよりもアマネルの言質を取ろうとする言葉の方に驚いた。
挨拶後すぐ本題に入り、いきなりこの遺物船の所有権の確認に走ったのだ。もしここで、ロクセが自分の船では無いと言ったのなら、船堀組合の決まり事を知らないロクセに対し、この船を見つけた我々にも多少の所有権があると主張する事が可能で、ごり押しだが少しは交渉に有利に働く言質を取る事が出来る。
生き残りのロクセに全ての所有権がある事が後からバレても、遺物船の備品を全て売却してしまった後ならどうにもならない。しかし、信頼は失う。
船内の物資と、このロクセという男の信頼を天秤にかけ、即座に有益な方を取ろうとしたアマネルの行動が、ここ数年でオルホエイ船堀商会の売り上げを格段に飛躍させた人物である事を痛感させた。
「……そうですか。分かりました。では本題に移らせて頂きます」
腑に落ちないロクセの回答ではあるが、しかしそれに納得する様にアマネルは答える。
「回りくどくお話ししても通用しなさそうですので、単刀直入に言いますね。これは強制では無く提案です。私達が今後の貴方の生活を保証し保護します。その代わりに、この遺物船内部の物資を譲って頂けますか?」
「受けましょう」
「?!」
あっさりとロクセは答え、アズリ含め皆、間の抜けた驚きをみせた。
「とは言え、正直条件が釣り合って無いと思えるのも事実。こちらから三つ、頼みたい事があるのですがそれを受けて頂けたらそちらの提案を受けましょう」
「……頼みとは?」
アマネルに代わり決定権のあるオルホエイが発問する。
「まず一つ、住居の確保をお願いしたい。私の眠っていたポッドはそこに設置する様にして欲しい。二つ目、世話役の方を誰か私に付けて頂きたい。生活含め様々な情報が乏しいですから。勿論、当分の間です。ある程度馴染んだら必要はありません。三つ目は……埋葬をお願いしたい。」
「埋葬……ロクセさん以外の乗組員の方の事でしょうか?」
と、今度はアマネルが訊いた。
「そうです。丁重に扱って頂きたい。頼めるだろうか? これらの条件を呑んで頂けるのなら、船内の物資全て……とは言えませんが、幾らかこちらで必要と思える物資以外はそちらにお譲りしても構いません。」
「どうします? 船長」
オルホエイは顎髭を摩りながら黙考するが然程の間を空ける事も無く答えを出した。
「生活を保障すると言った以上、住居の確保は当然の事だ。他に要望があれば出来る限りの協力はしよう。二つ目の条件も問題ない。しかし埋葬に関してだが……少し事情があってな。それなりに金がかかる」
「金? 事情? 埋葬方法に決まり事でもあるのでしょうか?」
「……まぁな。それは後から分かる。それ以外の方法なら、その辺に埋めるしかないのだが? どうする?」
「いえ、正規の埋葬方法があるのならば、それに従いましょう」
「わかった。……ではネオイット溶液と武器と備品を我々に全て提供して貰おう。それを売った金の一部を埋葬費用に当てる。どうだ?」
オルホエイの今の台詞はわざとだ、とアズリは理解した。
全ては渡せないとロクセが今さっき言ったばかりなのにも関わらず、わざわざ全ての提供を求めると言い放った。暗意に強制的な全物資の提供を求め、それが叶わなくとも物資の提供に関して出来る限り引き渡させるプレッシャーをかけている。
このオルホエイの台詞に対し、ロクセは小さく「成る程」と呟いた後言葉を続けた。
「先程も言った通り、武器と備品に関しては幾らか譲れない物がありますが……善処しましょう。そうですね……武器を二、三。乗組員の遺品幾らかと私が使っているポッド、それとネオイット溶液は一ガロン程私が頂きます。残りは全てお譲りします。それくらいに留めます。如何ですか?」
本来、全ての物資はロクセの物であり、一つも得る事が出来ない中で多数の物資を獲得出来たのなら上々な交渉である。しかも相手側が譲歩した上での交渉なのだからこれ以上はない。
圧力を巧くかけられたと踏んだであろうオルホエイは、薄い笑みを浮かべ手を差し出した。
「よし交渉成立だな」
ロクセはそれを握り返す。
オルホエイは握られた手を見つめ、そして視線をロクセに戻した。手は握ったまま離さずに、むしろ更に強く握り直し言葉を続けた。
「……因みに、ネオイット溶液は貰った分量全て売り払う。もし必要なら今後は自分で買ってくれ」
「ではあと一ガロン追加でこちらが貰う事に……」
「おっと、駄目だ。今、この時点で交渉は成立した。 残すのは一ガロンだけだ。残す物資も先程言った分のみ。必要な武器弾薬を追加する事も遠慮して頂きたい」
ロクセはオルホエイから目線を離さない。
「それと、我々が生活を保証すると言っても居候をさせるという意味ではない。ウチの商会で働いて貰うつもりだ。金が無くては生きていけないだろう? ウチで雇うという意味を含めての生活の保障だ。今後のネオイット溶液は働いて稼いだその金で買えばいい」
「……分かりました。そうしましょう」
「よし。では作業に取り掛かる。いいかな?」
「ええ」
納得したのか、しなかったのか、全く読めない表情でロクセは返事をした。
しかし、アズリは見過ごさなかった。
船内に戻ろうと振り向く彼の一瞬の横顔には薄い笑みが浮かんでいた事を。
その表情は、交渉条件に満足するオルホエイの笑みと良く似ていた。
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