満天の星【4】
男は長期生命維持管理室で思いに耽っていた。
充分に過去の想い出を反芻した後、通路に出ると現地人が強制的に開けた搭乗口から薄っすらと光が差し込んでいた。
暗い船内では分からなかったが今やっと朝を迎えたのだという判断に至った。
――少し夜が長いな。
男の知る時間の中では幾ばくか夜が長いと思われた。惑星の自転速度、地軸の傾きと公転の周期、男の生まれ育った星とは違うのだから時間計算に差異が見られるのは当たり前の事である。
男は一旦外に出てみようかと思ったが、まずは武器弾薬を再度確認する為武器庫へ向かった。
クリアPEEKコーティング・ファイバーポリカーボネートに守られて陳列している通常銃器には小銃、散弾銃、狙撃銃と、状況に合わせて使用する最低限の種類が整えられている。一つ一つは然程強力ではなく、一般兵が使用する最もポピュラーな装備だった。数で言えば五十丁弱あるが、男にとってそれらの銃器は必要とすらしなかった。
男は軽く眺めただけで確認を終了し、振り向いた。通常銃器と対面するように弾薬用ケース棚が並べられている。男はその下に積み重なる長方形のケースに視線をむけた。一番下のケースは非常に大きく、男数人がかりで持ち上げなければ運ぶ事さえ出来ない程の重量がある。その上にもサイズが少し小さくなっただけの似たようなケースがあった。男にとって必要なのはこの二つだけであり、他はどうでも良かった。
男はケース上部にある円状の窪みに手を添えた。何も起こらなかったが男は数分そのまま黙って手を添え続けた。すると、ブンッと稼動音が聞こえ円状の窪みの上にタッチパネル式暗証コード入力画面が浮き上がった。
男は手早く入力し、鍵の開く音を確認後ゆっくり蓋をあけた。中の物を手に取る事はせず、じっくりと眺める。
――問題無いな。
男は蓋を閉め、取っ手を掴み軽々と床に置いた。そして下にある一番大きなケースにも同じ作業を行い確認した。ケースを元に戻し、再度周囲の銃器を一瞥する。
――このケース二つさえあれば武器は問題ない。装備もポッド後部にあった。ポッド本体とワンセット考えているだろうから奪われる事はないだろう。後は皆の遺品の一部とネオイット溶液を一ガロン頂けば十分だ。譲歩している体を装って残りの備品を譲ればこちらの頼みも受け入れるだろう。
男は一人納得し「さて」と言いながら開かれた搭乗口まで向かった。
外へ出ると「うわっ」と言う声が耳横で聞こえた。
船外で見張っていた男の一人が声をあげたのだ。
「す、すみません。外に出ないで貰えますか?」
まるで腫れ物に触れるかの様にその男は言った。もう一人の見張りの男も眠りこけていたが目を冷ます。
「別に何処かに行こうとしている訳ではありません。ただ外が見たかっただけです。船の周囲で構いませんので少し歩いて構いませんか?」
男がそう言うと見張りの男達は二人で目配せをし、少し思案した後「船の周囲だけですよ? あまり離れられても困りますので。あと、自分が付き添っても?」と言った。
男は頷き、まずは数歩だけ歩き出して止まる。そして周囲をゆっくりと見渡した。
昨日は現地人との会話の折に外へ出た。その時は日が沈みかけ赤みがかった景色だったが今は違う。大昔に崩れたであろう洞窟は外の植物が枝垂れの様に垂れ下がり、そこから苔が這い広がっている。朝日が朝露と共に植物達を煌めかせ、緑だけでは無く薄っすら光る苔や、赤や紫の蛍光色を放つ植物までも艶やかな彩りを表現していた。
足元は殆どが岩や石。しかし上を見上げればその景色がある。崩れた洞窟内であろうこの場所から出たのなら、どれだけの自然が広がり優美な景色を見せてくれるのか。
男は見上げながら船の周囲を歩き出す。感嘆とも取れる小さな呻きをあげて。
――自然に生き、思うままに育つ植物というのは美しいものなのだな。ユキナミ様がこれを見たならば、あのお転婆具合だ。きっと直ぐに走り回って……。
男は途中で考えるのをやめた。
そんな想像を巡らせるのは男の中の遣る瀬無さが増長するだけ。既にどうしようもない事だと分かってはいる。
――せめて……せめて丁重に埋葬して差し上げなければ。
そう男は思い、これ以上深くは考えず冷静になるよう努めた。
男は今一度船の周囲を歩く。今度はこの第一特殊機動隊専用輸送艇を見ながらだ。
船にはこれといって大きな傷は無かった。小さな擦り傷程度で、寧ろ無理矢理開けられた搭乗口の方が酷いと言えた。
しかし何故これ程までに被害が少ないのか。それはこの船自身の強固な作りとシステムによるものだと判断出来た。
レーザーの砲撃が直撃でもしない限りは易々と破壊されない強固な素材で出来たこの船は、大気圏内突入時の断熱圧縮の際に起こる熱程度では溶解されない。大昔に使われたセラミック加工を施したカーボン・カーボン・コンポジットや、ガラスコーティング済みの極厚セラミックタイル等と比べても比較にならない程である。
仮に大気圏内へ減速無しで秒速10キロメートルで突入したとしても三千度に満たない。圧力、空気濃度、突入角度、そして速度、それらが最悪の場合ならば一万から二万度にまで達する可能性はある。さすがにそれだけの温度となると機体は耐えられないが、惑星に近づくと自動的に速度を落とし軌道修正されるシステムが搭載されている為、異常な速度と角度で大気圏に突入する事は無い。
このシステムはベリテ鉱石が融解し、船のエネルギーが枯渇したとしても起動するように、別枠で小さな動力が設置されている自動安全装置である。とはいえ、一番優秀な機能とするならば、重力制御システムだ。
これはかなりのエネルギーを必要とする為にメイン動力に直接繋がるが、ほんの数秒であれば自動安全装置の動力からエネルギーを貰い使用出来る。
墜落時これらの機能が使われた故に、被害が殆ど無かったのだ。
実際速度も落とさず、角度も調節せず、ありのままに突っ込んでくるのであれば相当な被害が出ている。流石のこの船でも最悪の場合は断熱圧縮で溶解が進み、墜落の衝撃でクレーターを残し、大地に傷跡を残していただろう。
洞窟の天井を崩し、滑り込むだけの衝撃で着陸出来たのなら、この自動安全装置は優秀と言える。
自動安全装置が使われた事例など男の記憶の中では皆無だが、例に漏れず全ての船にこの装置の設置を義務付けられていた事に、それを決めた開発者達に、今更ながら謝辞を贈りたいと男は思った。
勿論感謝の意を込めて。
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