満天の星【2】
シンと静まりかえる船内、暗く光源のない闇の中、操縦席に座る男はゆっくりと瞼を開けた。
その男の耳に「分かりました。私も行きます」と答える女性の声が入ってくる。声を分析した結果、自分を起動させた女性なのだろうと判断出来ていた。男は会話の一部始終を聞いていた。
遺物船と呼ばれていたこの第一特殊機動隊専用輸送艇と、現在この星の知的生命体が集合している場所とは直線距離で二キロ弱。この距離ならば男にとって音源の識別と認識は可能だった。
男は自分の知る時間計算で丁度三時間前に、この星の知的生命体、否、人間と出会った。
少しの訛りと知らない名称が存在する程度で言語の差異は殆ど見られず、自分と同じ人類統一言語を使用しているのだろうと判断出来た。
その時現地人である彼らは自らの船へ招き入れようとしていたが、男は断った。この船でやるべき事があったからだ。
最初に行ったのは今現在の状況の確認。というより、現地人の行動の確認だった。
自身が置かれているの状況の把握の前にまず、現地人が何を目的とし、何をしようとしているかを把握しなければ次の行動に移せないと男は思ったのだ。
強制的に開かれた入り口の前には、現地人が二人見張っているが、気にしていない。
操縦室へ向かい、その席に腰掛けてから目を閉じる。別に閉じなくても問題ないのだが、この行為はこの男の集中する時の癖みたいなものだった。
聴覚拡張のシステムを立ち上げると男の脳内に音源の波が写し出された。
風の音、草木の歌声、小さな獣のうめき、虫の羽音、それら全ての雑音を消し去り人の声だけを拾う。
現地人はそれなりに人数が居る様で、全てを拾うと騒音にしか聞こえなかった。しかし男にとっては何の問題も無い。重要だと思える会話を的確に拾う事は造作も無い事だからだ。
様々な会話の中で、狩猟を専門とする狩猟商会という存在や、遺物船と呼ばれる船を発掘した後金に変える船堀商会という存在がある事は分かった。又、遺物船の動力源となるベリテ鉱石とネオイット溶液が非常に価値のある物であり、その遺物船の機体自体も素材として様々な事に利用される事まで分かった。
文明がどの程度まで発展しているのかは実際確認してみない事にはわからないが、自分達の技術の幾らかは利用出来るくらいの文明であるのだろうと、男には推測できた。
その中でも特に重要だと思われる会話は、男を機動させた女性とその仲間達の会話だった。自分を保護し隠蔽する計画らしく、更にはその保護を条件に船内の物資を頂くという。保護と全物資では明らかに平等的取引では無いが条件によっては受け入れても良いと男は思った。
そして女性の「分かりました。私も行きます」という声を最後に聴覚拡張システムをオフにし、今に至る。
これ以上は有力な情報は得られないと判断した男は瞼を開けた。そして操縦室をゆっくりと見回し、飾ってあった御守りに手を伸ばす。しかし掴んだ瞬間に紐が切れ、手の中で崩れた。
いったいどれだけの年数が経っているのか男にはわからない。
操縦室のどの操作パネルに触れても反応を示さなかった。記録映像すら見る事が出来ない。
男はスッと立ち上がり今度は長期生命維持管理室へ向かった。
当然の如く、この部屋のシステムも全て止まってしまっている。肉体保存用のコールドスリープポッドも何もかもだ。
解凍起床時、使用者の記憶は完全に元には戻らない為、その記憶をバックアップしておくセーブブレインシステムがある。それも勿論停止している。
男はゆっくりとポッドへ歩み寄る。ポッドの前に立つと、思い詰めた表情で暫く見つめ、セーブブレインシステムに手を伸ばした。そしてボタンを押す。パチリと音を立て、小指の先程度の大きさで小さく文字の書かれた薄い板を取り出した。
男はそれを繰り返した。そして最後のポッドの作業を終えた後、そこに眠る人物に向かい呟いた。
「ユキナミ様、どうか安らかに」
長期生命維持管理室から出た男は各部屋を見て回った。キッチン兼食料備蓄室は散乱していて、もう使い物になる食料は無い。唯一缶詰だけは食べれそうな気配はあったが、賞味はおよそ八十年。いくら長期保存剤がふんだんに使用された缶詰であっても、それ以上の年数が経っているのであればゴミとなる。というか確実にゴミだろう。
次の更衣室のロッカーは一つ開けられていていた。
男はそのロッカーを開けてみる。服はそのままだが鞄が開けられた形跡があった。それは別に構わないのだが、盗られてはならない物が盗られている。
しかし即、売り払われる事はないだろうし、まず第一に開ける事は出来ないだろうと男は思った。
そして、それを盗んだ者は自分を機動させたあの女性だと判断する。
――あれだけは取り戻さなくてはならないな。
そう男は思い、この問題は明日に解決しようと決めた。
次の武器庫は荒らされた形跡もなく、そのまま動力室へ男は向かった。
そこで男は驚愕し、納得する。
ベリテ融合炉の予備タンクを抜き取った形跡はあるが、中身を取った形跡はなかった。床に置きっ放しになっている所を見るとベリテ鉱石の有無を確認しただけなのだろうと判断出来た。しかしながら、ベリテ鉱石が全く無い事実には驚いた。
片道切符の燃料しか積んでないとはいえ、到着後もある程度は活動出来る様に少し多めにベリテ鉱石は積んでいるはずだった。自動運航していたとしても、何も問題が無ければ百年は保つ程の分量だ。
――ベリテ鉱石が全て溶解してしまうなんて……一体どれだけの年数が経っているのか。
そして男は納得する。この状態ではこの船全ての機能が停止するのは当たり前だ、と。
――船外録画映像は一度確認しておきたい。まずはベリテ鉱石を手に入れなければならい様だ。それと経過年数……。
放射性同位体年代測定が出来れば、遺体を使ってある程度の経過年数が測れるが、炭素を調べるための機器なんてある訳もない。そんな想定をした上で運航した船では無いからだ。
――この船に積んであった分量のベリテ鉱石が完全消費するのは百年前後。確実にそれよりも経過しているのは遺体をみれば明らかだ。他に確認できる要因は無いものか。……!
男はそこまで考えた後、何かに気がついたかの様に格納庫へ歩きだした。そして自分の眠っていたメンテナンスポッドまでやってくる。
男はポッドの左側にある黒い長方形の箱に手を触れる。その瞬間青い光が格子状に広がり、空中に半透明なコントロールパネルが写し出された。
男は指先でそのパネルに触れ、上下左右に動かした。様々な文字と画像が交差する。すると空気が漏れる音と共に箱側面が開いた。
男は白く漂う飽和水蒸気を手で払った。下段にはハンドルが三つ並んでいる。男はその一つを握ると時計回りに捻り、そして手前に引き出した。
筒状のケースの中には何も無い。更にもう一つ引き出すと、そこには赤味がかった塊が入っていた。サイズは大人の親指程。続いて三本めのケースを開けると先程とは違い拳大程度の塊が入っていた。
――まさか、ここまで減っているとはな。完全スリープモードの稼働だと一本で三百五十万時間程は保つ計算になるが。二本目がここまで減ってるとなると……五百万時間、いやそれ以上か。信じられん……六百年以上も経っているというのか。
男の知る時間計算で少なく見積もっても約六百年。むしろそれ以上の年数が経っていてもおかしくない。どうしてこんなにも時間が経過しているのか理解が出来ない。とは言え、今すぐ何か出来る訳でもなく、時間経過の理由も分かる筈も無い。
――仕方ない。まずは情報収集からだろう。後の行動はそれから決めるか。
男は引き抜いたケースを丁寧に仕舞い込み、ゆっくり立ち上がった。そして思った。
――しかし安心した。人類はこの星に根付いていたのだな。
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