【エピソード1】 二章 満天の星

満天の星【1】

 空船サリーナル号。

 オルホエイ船堀商会の所有する探索船であり、小型探索艇を着艦できる母艦でもある。又、発見した遺物船の運搬や遠征時の拠点ともなる重要な船舶だ。

 居住スペース、医療スペース等生活に必要な設備も一通り揃っている。全長85メートル、全高13メートルあり、両翼を含めなくとも全幅18メートルもある非常に大きな船である。流線的なデザインをしている遺物船とは異なり、独特で無骨な見た目だが長期間の運用にも耐え、住み心地も良く、燃費も良い。


 そんなサリーナル号の一室である大食堂に、今回の作戦に参加した面子の殆どが集まっていた。

「さて……どうするか」

 腕組みをしながら座っているオルホエイの低い声が、静まり返った食堂内に響く。

 皆何も答えない。

 アズリもその一人だが、答えないと言うより、答えられないと言った方が正解だ。

 皆の顔色を窺うが、総じて暗い。つい先程までの笑顔が嘘の様に思えた。


 沈黙が続く中、最初に声を発したのはカズンだった。

「こんな事、只の作り話だと思っとったわい。実際に居るとはの……。想像もつかんじゃろ。普通」

 この発言に対し頷いたり、頭を掻いたりと各々反応を示す。

 しかし、アズリには何の事を言ってるのか分からず、キョトンとするだけだった。


――作り話? 何の事?


 そんなアズリの表情を見て感じ取ったのだろうアマネルは「アズリは知らないのかしら? 」と声をかけて来た。

 アズリはコクリと頷く。

「もう二百年以上も前の出来事だから、当時の事を知る人物なんてもう居ないし、誰かの作り話だろうって言われてる事なんだけどね……。昔、一度生きた古代人を発見した事があったの」

「え? 昔にもあったんですか? こんな事」

 アズリの反応にアマネルは「ええ」と頷いた。それを見て、今度はカズンが語り出した。

「当時の船堀組合は一つだけで、今みたいに国毎に分かれてはおらんかった。今程じゃぁないが、それなりに大きな組織でのう、その中で細々と、たった五人で活動していた小さな商会があったんじゃ」

 カズンは髭を撫で付けながら、思い出すかの様に話を続けた。

「ある日、その小さな商会はまだ誰も足を踏み入れた事のない土地に探索に出たんじゃ。一攫千金を狙っての。そこで彼らは遺物船を見つけたんじゃ。その船も今回見つけたあの遺物船と同じく輸送艇での、その中に二人の生きた古代人がいた」

「二人も……」

 アズリは一人呟く。一部アズリと同じ表情をしている者もいるが、周囲の仲間の殆どはこの話を知ってる様で皆黙って聞いている。


「……船堀組合には様々なルールがある。まぁ組合の法律みたなもんじゃが、その中に『生きた人間を発見した場合は、その船はその人物の所有物である』という決まりと、もう一つ『それを発見した場合、情報を開示せず発見者が組合総本部まで輸送し、引き渡す事』なんていうふざけた決まりがあるんじゃ。ワシらの商売は遺物船を売ってなんぼの商売。探索や輸送の経費使って見つけたもんを全て無償で引き渡したら商売上がったりじゃ。……しかしの、その五人は、律儀にその遺物船と古代人を運んで、引き渡したんじゃよ。」

 アズリがこの仕事を始めた頃、ある程度基本的なルールは教えられたが、こんなルールは初耳だった。


「情報を開示しないっていうのはどういう……」

 アズリは「……意味なんですか?」と続けようとしたが「見つけたら誰にも知らせず黙って総本部まで運べ……と言うことだ」とオルホエイが補足をしてくれた。そしてそのまま言葉を続ける。


「決まりは決まりだ。運べと言われたら運ぶ。もしかしたら、何かしらの報酬があるかもしれんしな。だがな……」

 ここでオルホエイは言葉を濁した。そして数瞬の沈黙が走る。しかし、今度はアマネルの言葉で話が続いた。

「本部に遺物船を引き渡したその五人の内四人はね、戻って来なかったの。多分……殺されて……ね」

 アズリは驚いた。組合総本部が殺しをやるなんて信じられなかった。制約はあるにせよ、組合に所属する商会に様々な面で援助をしてくれる人達がそんな事をするなんて想像もつかない。


「一人だけ、命からがら逃げてきたんだけどね、いつの間にか行方知らず。そのままその商会も消滅したって話」

「まぁ、実際どうなのかは分からん。総本部に恨みでもある奴が流したデマかもしれんしの。ワシらも世話になってる組合の大元締めじゃ。信じたいんじゃがの……他にも幾ばくかの黒い噂があるのも事実。あながち作り話しとも言い切れん。それにこんな話は一例にすぎん。昔から、生きた古代人が発見された話は幾つもあるからの」

 アズリはポカンと口を開けたまま聞いていた。

 しかし、勢い付いた会話の流れはアズリを置いて進んで行く。


「で、本題に戻そう。このまま、あの遺物船と古代人を引き渡すべきかどうかだが、先に俺の意見を言おう。……俺は引き渡すべきではない、と思う。……お前達の意見はどうだ?」

 と、オルホエイが先陣を切って意思を伝えた。

 誰も何も言わない。反論の意見も出ない。ということは、皆オルホエイの意見に賛成と言う意味だ。


 確かに、あんな話が存在した上で、ただでさえ赤字状態の今、更なる経費を使って無償で遺物船を引き渡すなんて出来る訳もない。

「俺は賛成っすけど、じゃあ、あの遺物船と古代人はどうするんすか? あのまま放置っすか?」

 皆賛成という雰囲気の中、オルホエイに対し質問をぶつけたのはザッカだった。

 それに対しオルホエイは「いや、古代人とは言え人間だ。こんな場所に放置する訳にはいかん。ならば古代人だけ保護し、その見返りとして船内の物品だけでも頂ける様に交渉する。遺物船はバラしたとしても、売却時に輸送艇である事が悟られる。当然何が積んであったのかも調べられるかもしれん。……勿体ないが、遺物船自体は放置だ」と答えた。


「そうじゃな。それが一番利口じゃろう」

「確かに一番良い方法かもですけど、あの古代人を……保護っすか? 連れて行ったらバレないっすか? ってか、ガレート商会も輸送艇を見つけたって事知ってるんすけど、どうするんっすか?」

 矢継ぎ早に質問するザッカに対して、オルホエイは冷静に返す。

「保護して隠蔽する。人一人くらいいつの間にか増えたり消えたりする業界だ。新しく雇ったとか言えば問題ない。交渉で物品を得たなら、その品は裏に流す。肉屋に関しては、カテガレートを口止めすりゃ何の問題もない。実際まだ、古代人が見つかった事実は知らんからな」

 その答えに対し、ザッカは納得した様で「そっすか。成る程」と言って椅子の背もたれに体を預けた。


「では、お前達も俺の意見に賛成……という事でいいか?」

 だれもが頷く。勿論アズリも頷いた。

 オルホエイが「どうする?」と口火を切った時点で、皆似た様な意見を持っていたのだろう。それに、いつもオルホエイの意見に反論する者は殆ど居ない。オルホエイの決める事は基本的に良い方向に動くし、信頼も厚いからだ。

「今日は日が落ちてしまった。明日改めて交渉しに行く。アマネルそれとアズリ、お前もついて来い」

「はぇ? わ、私もですか?」

 変な声が出た。

「一応見つけたのはお前だからな。相手側もお前が居た方が安心するかもしれん。それに女だ。俺みたいな男と面と向かって交渉するより、近くに女が二、三人居た方が不信感は薄いだろうしな」


 正直行きたくない気持ちの方が強い。しかし少し気になる所もあった。

 古代人が目覚めた時、悲鳴をあげて立ち去ってしまった。あんなに暗い部屋で数百年ぶりに目覚めた人の前ですべき行動ではなかったとアズリは思っていた。

 逆の立場だったらどんなに心細いだろうかと思う。あの暗い船内で今何をしているのだろうか。起きた後の顔色を見る限り健康そうだったが、本当に体は大丈夫なのだろうか。

 そんな心配が頭を過ぎり「分かりました。私も行きます」とアズリは答えた。

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