生きる者 【10】

 溶解液八番、十番、十二番。それら含め複数の溶解液を用意する必要があった。特に十二番は滅多に使わない溶解液なので在庫が少ない。


 今回見つけた輸送艇は特殊で、装甲は十二番を使い、装甲内部の接続部品は八番を使う。そして内装部には十番を使い、更にその他数種類の溶解液を使う。解体するには非常に面倒な船だった。

 通常は一番と二番の溶解液で事が足りる。始めに発見した小型戦闘艇は量産性を重視した粗悪品であるため一番の溶解液のみで全て解体出来きる事を考えると、アズリの発見した輸送艇がどれだけ品質の高い船なのかが分かる。


 輸送艇に再度向かったのは、オルホエイとカズンとザッカとアズリ。そこに他の解体班二名と銃を所持した船員二名が加わった。戦闘艇の解体作業はまだまだ時間を要する。今日中に仕上げてしまいたい事もあり、輸送艇の探索にはこの人数が限界だった。


 小一時間の登山の末アズリは洞窟内の崩れた天井からロープで下り立ち、そして今現在、例の輸送艇を見上げていた。

 小型とはいえ輸送艇である事に間違いは無く、一般的な飲食店一軒分以上の大きさがある。高さは二階建ての建物よりも少し低いくらいだったが、横に長かった。所々に苔が張り付いてはいるが悠然と佇む流線的なその遺物船は崩れた天井から差し込む光を反射し、周囲の植物と岩肌を幻想的に照らしていた。

「大きいですね。これで小型ですか。私、輸送艇は半分壊れた物しか見た事がないので、完璧な状態だとこんなに大きいんですね」

 アズリは高鳴る胸を抑えられず感嘆を含んだ溜息を吐いた。

「ああ、輸送艇はその名の通り何かを輸送する為の船だからな。それなりにはデカイ。でも人はあまり乗っては居ないんだ。前にお前が見つけた、小型の避難艇があったろう? 乗ってる人数ははそんなもんだ」

 オルホエイが腕組みをしながら言った。アズリは「五、六名って所ですか」と答えると「ああ」と返事が返ってきた。


 小型の避難艇は人形を貰った時に見つけた船だった。見つけた褒美として人形を貰ったのだから今回も何かしら貰える期待がアズリにはあった。輸送艇と言う事は色々な物が積んであるに違いない。


 ガンと扉が岩だらけの地面にぶつかる音がした。溶解液を数種類も使い、手間のかかる開扉作業もカズンの手に掛かれば何の事は無い。

「開いたぞ」とカズンがオルホエイに向かって叫んだ。しかし、いつも我先にと船内に入ろうとするカズンが動かない。どうした事かとアズリが思っていると、

「アズリ、行って来い」とオルホエイが言った。

「え? 私ですか?」

「お前が見つけた船だ。一番最初に見てきていい。カズンには言ってある。遠慮せずに見て来い。珍しい物があれば適当に物色して来て見せてくれ」

 そう言ってオルホエイはアズリの頭を二度優しく叩いた。


 船内に入れそうな遺物船を見つけた場合にはまず一名か二名の人員で探索した後、皆で物色するのがオルホエイ船掘商会の慣わしだった。宝箱を開けてその中身を見る初めての人物になりたいが為のカズンが作った身内ルールだった。

 前にアズリが見つけた避難艇の時にはいつの間にかカズンが先に入って色々と物色していた。故にアズリにとっては初見の物色は初めてだった。


 オルホエイからの命令もあってカズンは口を出せない。カズンの苦虫を噛み潰した様な顔で向ける視線を他所に、初見で探索出来る事実がアズリの胸を躍らせた。

「分かりました。行ってきます」

 そう言ってアズリはカズンが開けた搭乗口へ向かう。その前に立っていたカズンから空の鞄を受け取ると一旦深呼吸をして中に入った。


――うわぁぁ。


 船内は簡素な作りだが思ったより広かった。時間が止まり停滞していた空気が、開いた入り口から入れ替わる様に流れる。その流れに乗って顔に張り付く少し淀んだ空気は、自分の生まれるずっとずっと前の物。そう思うとさらにアズリの胸は躍った。


 入って直ぐの所は広めの通路で左右に伸びている。左手に持った懐中電灯フラッシュライトをかざすといくつかの扉も見えた。右奥に大きな扉が見え、そこが貨物室なのは容易に想像が出来た。しかしアズリはまず左へ向かった。最初に入った者は必ずやらなければならない事があったからだった。


 ゆっくりと足元に気をつけながら通路の端へと向かう。操縦室と思われる場所の扉があったのだが取っ手が無い。遺物船の扉は取っ手の無い事が殆どだ。アズリは持ってきたバールの端を扉の境目に突き刺しこじ開けた。

 そこは予想通り操縦室で、様々な機器が取り付けてあった。真っ暗で窓と思える部分は一切無く、いったいどうやって外の様子を確認していたのか理解が出来ない。懐中電灯で照らしゆっくり見回すと操縦席は二つあった。右の操縦席には何か長方形の物がぶら下がっている。古ぼけていて今にも崩れそうだったので触るのをやめた。他に目ぼしい物は何も無く、操縦席を後にしてアズリは次に向かった。

 通路にある扉を順に見ていくつもりで、次の扉をこじ開ける。

 開けた瞬間、ここだと分かった。まず始めに見つけておかなければならないと教わった場所。それがここだ。


 アズリは相変わらず暗い船内をゆっくりと照らしていく。楕円形の箱が綺麗に並んでいて数は六つあった。恐る恐る手前の箱を照らし透明な蓋から中を覗き込むと、そこには人が入っていた。

 しかし男女の区別もつかない程に干からびて永眠している。


――古代人……の棺桶。


 この箱を皆、棺桶と呼んでいる。実際何の為の箱かは分からないが、多分寝具の様な物だとアズリは聞いている。この眠っている古代人の埋葬手配をするのもアズリ達船堀商会の役割であり、カテガレートに葬儀屋と呼ばれるのもこれが所以だった。

 アズリは棺桶の前で右手を胸に、左手は棺桶に触れて「どうか安らかに」と呟いた。それを各棺桶一つ一つに丁寧に行った。


 アズリ達の商売は言わば墓泥棒だ。古代人の墓を暴いて、その墓ごと頂く商売という事になる。だからこそ、永眠する古代人が居たならば、まず始めに古代人への礼儀として冥福を祈らなければならない。そして国のルールに従って丁重に埋葬する。それがこの仕事の決まり事だった。


 一通り終わるとアズリはその部屋を出た。ゆっくり物色している気持ちにはなれなかった。この部屋は後から皆んなで入った時にでも見てもらおうと思い、次の部屋へ向かった。

 次の部屋は休憩所に思えた。椅子と机が床と固定されて備えて付けてあり、給湯所がある。色々物色できそうな場所だが、棚の上の物は散乱し、扉付きの棚も殆どが空いていた。足元を見ると袋状の物と缶詰は無事みたいだが、瓶物は割れて何が入っていたのかすら分からない。

 食べ物系は基本的に役に立たない為、アズリはその場を後にした。


 次は、入って来た搭乗口を過ぎた先の部屋だ。そこは縦長のロッカーが整列している部屋だった。奥にも扉が二つ有り、左がシャワー室である事は分かったが、右の部屋が分からなかった。人が座れる形状はしているものの、不思議な形をしている椅子があるだけだった。


――トイレか何か? かな?


 この二つの小部屋は見る物も無く、ロッカーを調べる事にした。しかし、開ける事が出来なかった。 鍵がかかっているようで、押しても引いても開かない。勿論バールを使ってもビクともしない。ならばと思い、アズリは小型の音波カッターを使う事にした。背負い鞄バックパックから取り出し、ロッカーの取っ手の隙間に当てた。溶解液は一番しか持ってないし振動数も分からない為、棚に刃を押し当てながらノズルを回しゆっくり振動数を上げて行く。溶解液の効果がある事を祈って力を込める。丁度ノズルが中央に来た辺りにスッと刃が滑り込む感触がした。


――入った!


 そのまま押し込むと直ぐに貫通する感触がし、ゆっくり下に下げた。何かが切れる手応えがする。鍵の部分が切れたのだろうと思ったアズリはカッターを引き抜いた。棚の取っ手に指をかけ、そしてゆっくり引いた。

「わっわっ。開いた」

 開いた事に興奮しながら中を確認してみる。そのロッカーには服が三着と小さな箱が幾つか。そして鞄が一つ入っていた。

 服は布地一枚で作られた様な不思議なデザインの物と作業服と思えるの物。そして美しい装飾が施された服だった。


 古代人の服は布や綿とは違い不思議な素材で出来ている場合が多い為、劣化がそれほど酷く無く、そのままの形で残っている事がある。

 鞄の中身は化粧品らしき物や手鏡。下着だったであろう物が幾らかと、写真が入っていた。服とは違い下着は布か綿製であった様で既にボロボロ。写真は劣化していて何が写っていたのかすら分からなかった。

 小箱は黒い長方形の箱と、ヒンジの付きで細かな模様が施された箱が二つあった。

 最初に模様の美しい箱を開けるとそれはアクセサリーケースだった。開けると二段にスライドをする仕様で上段にはリング、下段にはネックレスが所狭しと詰まっている。

 アズリはリングを一つ摘み懐中電灯に当て、眺めた。


――うぁぁ。すごい。こんなの初めて見た。


 見たこともない赤い宝石が一粒中央に埋め込まれ、それを引き立たせる様に透明な石が周囲を囲っていた。そんなリングやネックレスばかりのケースをもう一度懐中電灯で照らす。

 アズリはそういった装飾とは無縁の生活を送ってきた。とはいえ、これらには相当の価値がある事くらいは容易に想像できた。

 もう一つの箱も同じ仕様で、同様にアクセサリーケースだった。少し違った事と言えば、髪留めと櫛、そして片方に様々な装飾が施された長い針の様な物が、動かない様にしっかりと固定されて綺麗に並べられている点だった。

 アズリはその中にあった青い髪留めに目が行き、暫く眺めた。


 次に黒い箱を開けようと思ったがこれに関しては空ける事が叶わなかった。箱と思える目地はあるのだが、鍵穴がない。にも関わらずビクともしなかった。

 アズリは諦めて、とりあえずそのまま鞄に仕舞い込んだ。勿論アクセサリーケースも仕舞い込む。


――他にも開けたいけど……時間も無いし、ズン爺の為に残しておこうかな。


 船内の探索を楽しみとしているカズンの気持ちを思ってアズリはロッカー一つだけに留めておいた。それに他にも探索しなければいけない場所はある。時間をここに使いすぎるのも、待ってる人を思えば得策ではない。


――次行こう次。


 引かれる思いを振り切ってアズリはこの部屋を後にした。

 次の部屋は武器庫だった。入って左手に整然と銃が並んである為一目で分かった。数十丁もの様々な形と大きさの銃がある。それらは壁に固定されてるので散乱してはいないが、半透明な扉があって取り出す事が出来なかった。勿論バールでもビクともしない。入って右手にあったのは沢山の棚と非常に大きな箱。これも同じく開かなかった。

 半透明な扉も棚も、先程のロッカーとは素材が明らかに違う気がして、手持ちのカッターでは開けられないだろうとアズリは思った。それにここは武器庫だ。基本喜ぶのはオルホエイと男性陣だけである。

 その人達の楽しみの為に触らないでおこうと思い、アズリはこの部屋も後にし、奥へ進んだ。


 通路を進み突き当たると扉があり、更に左手には短い通路が続いていた。突き当たりの扉は大きく、最初に見た貨物室だろうと思えた場所だった。アズリはここを最後に確認しようと思い、まずは左手の通路に向かった。

 そこには梯子と、下に降りる階段があるだけだった。この梯子が何処に繋がっているのかは登って直ぐに理解した。船上部に設置されてある固定砲台が見えたからだ。砲台は左右に一門つずつと、中央に一門設置されていた。

 ここも別段見る必要もないと判断し、次は階段を降りた先を確認しに行った。


 そこはこの船の心臓とも言える部屋、動力室だった。大きな筒状の装置が部屋中央に鎮座している。足元には数本の太いケーブルが引かれているが躓かない為にか、床の中に埋まるように収まっていた。

 筒状の装置はシンっと静まり返り、動いている気配は微塵も感じない。

 アズリは装置をぐるりと一周して確認する。筒状の装置は殆どが透明なガラスの様なタンクだ。そのタンクの中に更にもう一つ、上から太く黒いパイプで繋がった水筒よりも一回り大きいサイズの透明な小筒があった。

 アズリはじっと観察するが、その小筒の方には見るからに何も入ってはいない。ただ、小筒の周囲には青い液体が二十センチ近く入っている。


――凄い。結構残ってる。


 先程の戦闘艇にはなかったネオイット溶液は透き通る青色がとても美しく、アズリは少し見入ってしまった。


――これだけあれば船長もきっと喜ぶ。でも……核の方は無いみたいね。……残念。


 空の小筒の中にベリテ鉱石と言う白い石が入っていれば莫大な利益が見込める。ベリテ鉱石、単純に核とも呼ばれるその白い石は、二、三センチ程度残っていただけでも小型艇を一隻買える程の売り値がつく。


 アズリがこの商会に入ってから一度だけ、一センチサイズの核を発見した事がある。それを売っただけで銃を数丁購入した上、船内の寝室を綺麗に作り直し医療室の設備を整え、数日間毎日商会持ちの宴会が催された。勿論特別報酬も結構な額だった。


――あ、そうだ予備。予備は残っているかも。


 アズリは上を見上げ懐中電灯で照らした。

 装置の上部もしくは下部には予備の核が設置されている場合がある、と聞いた事があった。避難艇や小型戦闘艇には無いが、輸送艇や居住船などには希望を持てるらしい。


 アズリの予想通り、装置上部に核保存用の小型のタンクを設置する場所が二箇所あった。一箇所は空でぽっかり穴が開いているだけだったが、もう一箇所は穴が埋まっている。グリップがついている所を見ると、多分、核の入った小型タンクだと思えた。


 手を伸ばしグリップ部分を握って、時計回しに捻る。するとカチっとした音と共に重さが手に伝わった。アズリはそのまま落とさない様にゆっくり下に引き抜いていく。

 しかし、そこに核は無かった。透明なケースの中は空っぽで、何も入っていない。振っても音すらしない。期待していた分、落胆の度合いは大きかった。


――まぁ、そうだよね。簡単に見つかる訳ないか。


 アズリはタンクをその場に置いて室内をもう一度見回した。機材が埋め込まれた壁が数カ所あるだけで、目ぼしい物は何も無い。これらに詳しい人ならば目を輝かせるだろうが、アズリ自身はこれらを扱う知識は全く無い為この部屋の探索は諦めた。


――さ、気を取直して次行こう。次が多分最後。貨物室。何を積んでるのか楽しみ。


 動力室を出ると、輸送艇後部に位置する大きな扉に向かった。ここだけは中央から両側にスライドして開く扉だった。今まで通り、バールを隙間に突き刺し体重をかける。厚い扉で非常に重かったが体を滑り込ませ、足も使って何とかこじ開ける事が出来た。中に入り上下左右と懐中電灯を照らす。貨物室だけあって、少し広い作りになっていた。

 この船の五分の一がこの貨物室だろう。輸送艇としては貨物室が狭い気もするが、生活出来る設備と部屋が整っているのだからこのくらいが妥当なのかもしれない。もしくは、何かの専用に作られた輸送艇とも考えられる。


 そんな事を考えながら周囲を観察する。ヘルメット、ロープ、衣類、そういった備品が壁に固定されていた。こんな備品を貨物室に置く物なのだろうかとアズリは疑問をもった。貨物室というより備品倉庫の様にも思えた。衣類に関して言えば戦闘用の武装にすら見える。見たことも無いデザインなのだがそれとなく雰囲気で感じ取った。それにあの武器庫の豊富な銃器を考えると、今まで見てきた輸送艇とは何かが違う。そんな気がした。


 アズリは目を凝らし丁寧にゆっくりと室内を観察する。すると、貨物室の中央から薄っすら光が見えた。緑色の光だった。小さな点光はチカチカと一定のリズムで点滅している。耳を澄ませば極々小さな稼働音まで聞こえた。何か生きている設備がある。アズリは咄嗟に懐中電灯をそこに向けた。


――う、うそ。信じられない。


 アズリは自分の目を疑った。

 まず第一に、生きている設備がある事自体が非常に珍しい。滅多にないが、棺桶が空いている遺物船を見つける事がある。そんな船を見つけた場合には核が残っていて生きている設備があったりする。しかし今回は棺桶の中の古代人は永眠し、核もなかった。この船の設備が生きている訳がない。


 第二に、この船は落ちて二百年から三百年は経っているという事だ。輸送艇へ向かう途中にカズンから聞いている。その年数を鑑みると、どう考えても今、目の前の存在を現実として認識する事が出来ない。

 そう、アズリが懐中電灯で照らした先に見えたのはだった。


 いつも棺桶に入っている古代人とは違い干からびておらず、血が通っているであろう肌をしている。棺桶自体も普段見る物とは形が違った。楕円形ではなく長方形だった。普通はベットの様に寝そべって居るのだが、ここにあるのは斜めを向き、まるで立っているかのようだ。


 アズリはその棺桶の周囲をぐるっと回る。棺桶の後ろには大きな箱型の物体。左右にも余裕で人一人が入れそうな長方形の物体がある。物体としか表現できないそれは、機器と思えるボタンやパネルが一切無く、只の黒い塊だった。その物体と物体がケーブルで繋がれている事実が、唯一それら全てが一つの装置である事を示していた。

 アズリは棺桶を一周した後もう一度その古代人、否、人間を見た。


 男性だった。三十歳前後にも見えるが、もう少し歳は行ってるかもしれない。普通の古代人は、白地に青い線の入った体に密着する薄い服を来ている。しかしこの人間は黒地に赤い線の入った薄い服を身にまとっていた。バランスの取れた筋肉の盛り上がりが、この人間の体格の良さを物語っている。


――生きてる……よね? 干からびて無いし。


 よく見ると胸部が動いている様子は無い。息をしてないのかもしれない。

 アズリはもっと良く見る為に更に近づき、棺桶のガラス面に手を置いた。と、その時だった。置いた手の周囲から青い線が放射状に伸びた。その線はガラスの内部、というよりガラス自体に線が浮き出る形で現れた。まるで何かの模様を映し出すかの様にカクカクと折れ曲がった線は棺桶のガラス面全体に広がって行く。

「きゃっ! え? 何?」

 アズリは軽い悲鳴と共に手を引く。しかし、その線が止まる事は無かった。ガラス面全てに広がった青い線は何らかの模様を映し出した。


『起動シークエンスを開始します』


 声が聞こえた。正面から聞こえたのだからこの棺桶が発した音なのだろうと思えた。少し機械じみた声だったが女性の声だった。自分たちが使う言語と同じだという事は分かったが、発音が違う気がしてよく聞き取れ無かった。

 アズリは一歩二歩と後ずさった。何が起きているのか理解出来ず困惑するも、目の前の棺桶から目が離せない。


 青い模様が消え、今度は青い文字の羅列が現れる。無数の文字が高速で並び、そして消える。それを幾度も繰り返される光景がアズリの目を釘付けにさせた。そしてそれは、アズリの好奇心をも刺激した。

 数分それは続いただろうか。いつの間にか文字は消え、真っ暗だった棺桶の内部に光が灯っていた。ぼうっと見つめていたアズリは『完了しました。起動します』という女性の声に、ハッと我に返った。


 若干大きくなった棺桶の稼働音と自分の息使いだけが聞こえる。刺激された好奇心は即座に薄れて行き、不安が押し寄せてきた。この後の対処はどうすればいいのかなんて分からない。何が起きるかもわからない。この人間が急に襲ってくるかもしれない。古代人が生きていた場合の対処なんて勿論知らない。兎に角自分一人ではどうにもならない。


 アズリはその混乱の中で、まずは船長を呼ぼうという結論を出した。と、その時、目の前の人間の瞼が開いた。当然正面にいるアズリと目が合う。瞬間アズリの体はビクリと動き、驚きのあまり金縛りにでもあったかの様に硬直した。


 じっと見つめる男の目はやがて上下に動き、アズリを観察した。その後、そのまま周囲を見回し状況を確認し始める。

「わっわっ。うわぁぁぁ! 動いたぁぁぁ!」

 自分の悲鳴で金縛りから解けたアズリは踵を返し、只々一目散に逃げ出した。

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