生きる者 【9】

 不思議な夢を見た。

 薄暗い空間の中で白く光る大地の上に立つ自分。光る白糸が幾重にも重なり、草原や樹木の姿を形作っている。周囲には白糸が縦横無尽に飛び交い、一部は自分に纏わりついてきた。只只美しいその空間は自分の心を落ち着かせる。包み込まれる感覚で心地良く、このままここに居たいと思える程に心を暖めた。


 ふっと瞼が開き光が差し込む。体が浮いている様な感じがして、ぼぅっとする。

 夢を見ていたのは確かなのだが、どんな夢を見ていたのか思い出せない。されど暖かい感覚だけは覚えている。


――あれ?


 アズリは周囲を見渡した。ここは何処だろうと一瞬思ったが、救護テントに寝ているのがすぐ分かった。


――崩れた岩に登って、船を見つけて……あれ? それから……?


 一体自分に何が起きたのか分からず、とりあえず体を起こしてみると、頭頂部に鈍い痛みが走った。思わず「いたたた」と声を上げ頭を押さえた。

「アズリ。良かった。目を覚ましたのね」

 テントの外で小型タンクに分解液を溜めるカナリエが、作業の手を止め駆け寄ってきた。

「あの……。一体何が……」

「覚えてないの? 頭に石がぶつかって気を失ったのよ。あ、触らない方がいいわ。すっごい大っきなコブになってるから」

 確かに、頭頂部が大きく膨れ上がってる。ただでさえズキズキと鈍痛が続くコブだ。触れば余計痛くなるだろう。

 言われてすぐアズリは手を離した。そしてオルホエイの叱責を想像する。

「怒って……ますよね? 船長」

「……まぁ、少しはね。でも、アズリが見つけた船で、かなりの利益が出るって言ってたから、怒られないと思うわ。むしろ、感謝してるんじゃない? ズン爺なんて、はしゃいでたわ」


 勝手に突っ走り、どう考えても危険な場所によじ登る。更には、崩れて余計に被害を拡大するかもしれない行為を行なった。その結果、自分は気を失いここまで運ばれ、皆に心配をかけた。カナリエは怒られないとは言ったが、正直叱責は受けるべきだとアズリは思う。

 でも、見つけた二つ目の遺物船で少しでも今回の収益に繋がるのであれば幸いだ。これで船長の落胆も無くなると思えば、たんこぶの一つや二つ安い物だとアズリは思った。

「でもね。これからはあんな行動は謹んで。皆本当に心配したんだから」

「ごめん……カナ姐。気をつけます」

 言われて当たり前な言葉をカナリエから貰い、アズリは頭を下げた。

「とりあえず気がついてよかったわ。ちゃんとコレで冷やしてね」

 カナリエはそう言うと、アズリの枕元に落ちていた氷袋を手に取り渡して来た。気を失っていた間、冷やしていた物だろう。

 アズリは氷袋を受け取り、頭にちょこんと乗せた。そして改めて周りを見渡す。


 細かく解体された戦闘艇が次々と運び込まれコンテナの中に積まれていく。

 量から見てもまだ時間が掛かりそうで、いつもの手際の良さを考えれば少し遅い気がした。

「輸送艇の方にも誰か行ってるんですか?」

 そうアズリが尋ねると、カナリエは頷き「船長とズン爺とザッカ。あと新人の早食い二人組みが確認しに行ってるわ」と答えた。

 続けてアズリが「じゃあ、あの岩を退けて?」と尋ねると、今度は難しそうに「それがね……」とカナリエは返した。

「崩れた岩は本当に危なくて、下手に撤去しようとすれば周囲の天井も一気に崩れてしまいかねないんだって。だから今は……山登中」

 そう言ってカナリエは洞窟のある小山を眺めた。その視線に引かれる様にアズリも小山を眺める。


――あの先にあった空洞は天井が崩れて外が見えていたものね……。光がさしてたし。そっか。そこから確認か。


 成る程納得。という意味を込めてアズリは軽く頷いた。

「でも、そろそろ現場に着く頃だと思うから、しばらくしたら一旦下山するわ。とりあえず確認だけするみたい。だから今の内にお昼取っちゃいなさい。お腹空いたでしょう?」 

 早朝から作戦を始め、解体に向かったのは昼前。気を失ってる間に現在すでに昼食が終わってるのだとしたら朝食を取ってからずいぶんと時間が経っている。

 意識してしまうと急にお腹が空くもので、ぐぅと腹部が静かに鳴った。

「あはは。そうですね。食べます」

 お腹が鳴ったのが少し恥ずかしく、照れ隠しに笑って答えると、カナリエも笑いながら立ち上がった。

「今日はアマネルが作ったスープよ。ガモニルルのお肉を少しわけて貰ったんですって。しかも雌の方。初めて食べたけど、雄と違って味が濃かったわ。美味しかったわよ。今よそってくるわ。待ってて」

 言いながらカナリエは踵を返し、休憩テントの先にある大鍋へ向かった。


 見ると狩猟商会側の休憩テントにも大鍋があり、料理担当の女性がお椀にスープをよそいながら立っている。数名が食事を取っている姿を見ると、あちら側はまだ全員が食事をとっていないのだろう。しかしこちら側はアマネルの姿も無く、食事を取っている者も居ない。通常ならば調理を担当した者が食事をよそう担当となり立っているはずなのだが、誰も居ない所をみると皆食事は既に済ませたのだろうと思われた。しかし嫌な予感がする。


――お肉……残ってるかな。


 アズリの頭に意地汚い考えが過ぎる。

 船掘商会の仲間達はよく食べる。とにかく食べる。そして飲む。食事の時はいつも騒がしい。

 人の肉を取るな、量が少ない、等々いつも騒いでいて静かに食べるという事がない。黙って食べる者や、部屋に持ち込んで静かに食べる者も居るには居るが、基本は皆んな一緒に賑やかに食べる。船長が《船員は皆家族》という思いの人なので、とにかく賑やかなのが好きなのだ。

 アズリはそんな食事の時間を好ましく思っている。その日の事を面白おかしく話し、冗談を言い合ったりからかったり、時には喧嘩もあるけれど、美味い美味いと豪快に食べる姿は見ていて飽きない。むしろ、見ていると幸せな気持ちになる。

 とはいえ、今日の昼食の場にはカナリエ以外誰も居ない。少し寂しい気持ちになるが気絶していた自分が悪いので致し方ない、とアズリは受け入れた。

 しかしそれよりも残念な事がもう一つあった。高級肉であるガモニルルの雌の肉、これが食べられないかもしれない事が非常に悲しい。残っているのかいないのか。多分残っていない確率の方が高い。野菜と汁のみ、という状況が一番あり得る。何故ならば、オルホエイ船掘商会の男性陣は肉というカテゴリーにおいては恐ろしく意地汚いからだ。肉は少しばかり貴重な食材ではあるが、それを踏まえても常軌を逸しているとアズリには思える。

 正直料理を担当する事もあるのだから是非一度食べてみたい。というのが個人的な願望だった。

 そんな事を考えていると、カナリエが椀と一緒にパンを持ってやってきた。


「おまたせ」と言ってアズリに差し出す。

 野菜がたっぷり入っていて香りも良い。まだ暖かく、啜ると肉の旨味は充分に溶け出していて口いっぱいに広がった。しかし、肝心の肉が見当たらない。匙で野菜をどけても肉の姿は何処にも無く、予想通り皆に食べ尽くされた様だった。

「美味しいです。……でもお肉無いです」

 残念そうにアズリは呟く。

「よそってる時、お肉探したんだけどね。無かったわ。アマネルが打ち合わせと諸経費の計算をする為に船に戻ってたから、よそってくれる人が居なかったの。私が気がついた時には男達の戦争状態だったわ。結局皆んな個人でよそって食べてたからね……。こうなるよね」

「そうですよねぇ」

 嫌な予感はこの事で、何となく分かってた事だし仕方ないと諦めてアズリはカナリエに同意した。

 そしてまたスープを啜ったその時「ふふ、そう諦めてはいけないわ」と、背後から声がかかった。


「あらアマネル、経費の件もういいの? ってペテーナとルリンも一緒? ダニルの手術終わったの?」

 カナリエが声をかけると同時にアズリも振り返った。そこにはパンを数個持つアマネルと、怠そうに欠伸をしながら歩くペテーナ。そしてその後ろをひょこひょこと小鳥の様についてくるルリンが居た。

 カナリエの質問を初めに返したのはペテーナで、気怠そうに答えた。

「ああ、終わったよ。……とにかく裂傷が多い。傷と傷は近い所にあると治り難いからね。当分安静にしといた方がいい」

「そう……でも、もう大丈夫なんでしょう? 少しだけ様子……見に行ってもいい?」

「街に戻ったらもう一度ババアに診てもらうけど、まぁ大丈夫でしょうよ。様子は見に行ってもいいけど……寝てるよ。今は」


 ペテーナの言葉に「わかった。ちょっと行ってくる」と言ってカナリエは立ち上がった。しかし、アマネルが「ちょっと待って」と呼び止めた。

「これ持って行って。もし起きたら食べさせてあげて」

 そう言って持っていたパンを差し出した。そのパンはアズリの持っているパンとは違い、何かが挟まっている。アズリもカナリエも何が挟まっているのだろうと一瞬そのパンを見つめた。

「スープにお肉無かったでしょう? 肉ばっかり食べて、絶対残さないと思ってたから実はお肉を少しくすねておいたの。厨房で、スショの粉と塩で焼いてきたわ。それをパンに挟んだのよ」

 先ほどの諦めてはいけないと言う言葉の意味はこの事のようだった。

「ルリンお腹空いたぁ」とルリンが声をあげる側で「あまり食欲ない」とペテーナが気怠そうに言う。

「ペテーナ、これガモニルルの……雌の肉よ。滅多に食べれない高級肉」

「え?」「お?」とルリンとペテーナは反応する。

 何の肉までは知ってなかったのだろう。それならば食べると言わんばかりに手を差し出すペテーナと、両手を出して飛び跳ねるルリンが可愛く見えた。

「アズリもどうぞ。肉無しスープじゃ物足りないでしょう?」

 アマネルはペテーナとルリンに渡した後、アズリにもパンを渡してくれた。

「いいんですか? 四つしかないし……これアマネルさんの分じゃ?」

「あ、私はもうお昼食べたのよ。気にしないで。お昼まだだったのはペテーナとルリン、あとダニルとアズリだけなのよ」

 そう言ってアマネルは微笑む。


 アマネルの言葉は嘘だ。お昼を作った後からずっと経費の件で打ち合わせをしていて、オルホエイが輸送艇の様子を見に行ってから諸経費をまとめ、このパンを作って今来たのだろう。アマネルはまだお昼を取ってないはずだ。そうアズリは確信する。

 それをカナリエも分かったのだろう。アマネルの言葉を聞いて、ダニルの元へ行こうとした足を止めた。

「……分かりました。ありがとうございます。でも」

 アズリはそう言ってパンを両端から掴んで、捩り切った。そして丁度真ん中から二つになったパンの片方をアマネルに差し出した。

「作った人は味見しなきゃダメだと思います」

 一瞬驚いた顔をしたアマネルだったが、素直に「そう。じゃ頂くわ」とパンを受け取った。

 それを見たカナリエは微笑んで、ダニルの元へと向かった。





 食事を終えた後、アズリはペテーナとルリン、そしてアマネルと一緒に入れ直したホス茶を啜りながら談笑をしていた。思いがけず楽しく食事が出来て、更には滅多に食べれない貴重な肉まで試食する事が出来た。その満悦な気分が頭部の痛みを和らげてくれている。

 とはいえ一応、ペテーナに頭部のコブを診てもらうと「痛そう。でも頭皮が切れてないだけマシ」と笑いながら言われた。

 ペテーナはいつも眠そうな顔をして目の下には薄っすらクマが出来ている。面倒くさいと、疲れた、が口癖なのは小食だからだろう。細身で貧弱な体なのだから、もっと食べればいいのにとアズリはいつも思う。でも、医療に関しては腕利きで、立ちっぱなしで何時間もかかる手術を難なくこなす。医療班では二番目。サブリーダーの立ち位置ではあるが、船員皆、医療に関してはペテーナに頼りきりである。


 コブの原因を話すとルリンには「いつも突っ走りすぎぃ。迷惑かけ過ぎぃ。そんなんじゃいつか死んじゃうよ?」と怖い事を言われた。確かにその通りなのだが、悪意のないドストレートな言葉は心に簡単に突き刺さった。

 ルリンは小柄でとても可愛い。しかし、見た目とは裏腹に、思った事を素直に言葉にする性格は時折周囲を凍りつかせた。ペテーナの助手をしているだけあって非常に頭もいい。間違った事は言わないし常に正論を言う為、何か言われても皆ぐぅの根も出ない。しかし、言葉は選ぼうよ、と言いたいくらいのストレートな台詞が無邪気さと合わさって、たまに恐怖に感じる事もある。これさえなければ、小柄な女性を好きな男性からは相当モテるとアズリは思う。


 コブの話しは、只々皆にからかわれただけで、只々恥ずかしい思いをしただけだった。アマネルは最後に「頭を守る為にも普通の帽子以外に、硬い防護帽は必要かもね。……今度船長に相談してみようかしら」と言った。

 その後も、なんて事ない会話を続けた。周りの男性達、特に狩猟商会の男性達からは何度も視線を送られた。女性四人が談笑している姿が眩しく見えたのか、五月蝿く感じたのかは分からないが。


 そんな女子会をしている内に、幾らか時間が過ぎてしまった様で日が傾いて来ていた。夕方にはまだ早いがそろそろ登山組が下山する頃合いだ。

「そろそろ……ですね。戻ってくるの」

 そう言ってアズリが小山の方へ視線を向ける。それに釣られる様に皆も視線を向けた。

「そうね。簡単な下見程度の筈だから、もう戻って来ても良いと思うわ。って言ってる側からほら、一人下りてきたわよ」

 アマネルがその人影に向かって顎をクイっとあげる。

 まず、先陣を切って戻ってきたのは解体班のザッカだった。背負い鞄とロープを持って軽快良く歩いている。そのまま船掘商会の船へと向かおうとしたのだが、こちらの女性陣に気がつくと向きを変え近づいて来た。

「お茶会っすか? 俺も一杯貰っていいっすか? 喉乾いたっす」

「お疲れ様ザッカ。もう冷めちゃったし入れ直す?」

 アマネルは笑顔で答えて小型の給湯器に手を伸ばす。

「いやいいっす。そのままで。ぐいっといきたいんで」

 まるでお酒を飲む様な仕草でザッカは答えた。

「そう? はいどうぞ」

 アマネルはすっかり冷めてしまったホス茶をカップに入れて渡した。それを受け取ったザッカは本当にぐいっと一気に飲み干した。

「はぁぁ美味いっす。ご馳走様っす」

「皆んなも喉乾いていると思うし、水を用意しとかなきゃね。それで、輸送艇の方はどうだったの? 随分嬉しそうだけど」

 飲み干したカップを受け取りながらアマネルが尋ねた。

 アズリはザッカの言葉をきちんと聞く為に体の向きを変える。ペテーナとルリンは興味が無さそうにザッカを見つめるだけでホス茶を啜っている。

「いやぁ凄いっすよ。かなりのレア物。連邦の共同船っす。しかも被弾も無くて、船体の擦り傷程度で殆ど破損も無し。小型の輸送艇っすけど、こんなの滅多にお目にかかれないんで、ホント大収穫っす」


 連邦は七カ国連邦と言う名前で、名前の通り七つの国の同盟国家らしい。その国の一つ、名前は知らないがその国の技術力は凄まじく、その国が作る連邦共同船は他に類を見ない程の高品質な船だとアズリは聞いた事がある。

 そんな遺物船が完璧な状態で見つかったという事なのだからザッカが浮き足立つのも分かる。

「輸送艇とは言っても小型だから莫大な売り上げになる訳ではないけど、連邦船ってだけで今回の作戦は黒字になるわ。むしろ特別報酬ボーナスがでるかもね。」

 アマネルは「船内物資の質や溶液の量によってはもっと利益が得られるし、核なんて残っていたら数年はウチの商会は安泰ね」と更に続けた。

「うはっ。ホントっすか。見つけたアズリに感謝。街に戻ったら酒奢ってやるよ」

 ザッカはそう言って片目を閉じた。冗談で言ってる事は分かったが、ここはきちんと断るべきと思い、アズリは「私飲めませんから」と素の顔で返した。

「ザッカも少し休んで行ったらぁ?」

 ルリンがニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべながら隣の椅子を叩く。

「いや、これからまた行かなきゃならないんで大丈夫っす。それに次はアズリも連れて行くんで」

「へ? 私ですか?」

 素っ頓狂な声で答えると、「船長が言ってたんで準備よろしく」とザッカは親指を立てながら言った。

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