生きる者 【8】
アズリが怪我人の手当てを手伝い、そして悠長にホス茶を啜っている間にアンカーMSやパイルレーザーの撤収はあらかた完了していた。
カナリエは頭部の治療が終わり次第オルホエイと共に直ぐに銃の回収に向かい、銛に関しては外で罠を仕掛けていた待機班が代わりに回収に向かったのだ。
休憩中、アズリはカナリエの姿が見えないと思っていたのだが、まさか銃の回収に行っていたとは思わなかった。戻って来たカナリエに、怪我人なのだから安静にして居て欲しい旨を伝えると「ごめんごめん。後はゆっくり休ませて貰うから安心して」と軽く流されてしまった。
心配しているのにこうもあっさりと流されてしまうと少しムッとする。
準備を整えたアズリは休憩テントでカナリエがホス茶を啜る姿を確認した後、船堀商会の船の前に集まるオルホエイ達の元へ向かった。
既に準備を終えたオルホエイは潰れた銛を掘り出すかどうか仲間達と話していた。
残念ながら、船掘商会が持参した銛は落石で完全に埋もれ、潰れている。銛を一丁駄目にした事の出費を考えると、わざわざ掘り出す経費が更に痛い出費になりそうで、捨て置くかどうか悩む、という話だった。
現在、すでに狩猟商会の解体班は洞内に向かっており、これから船掘商会の解体班が洞内に向かう予定になっている。
アズリがオルホエイ達の元に着いた時には解体班のリーダーであるカズンが一足先に現場へ向かってしまっていた。
船掘商会の本業とも言えるこれからの作業はオルホエイとアズリ、専門の解体班四名と待機していた残りの人員四名、そして先に行ってしまったカズンでの作業となる。
オルホエイは全員集合した事を確認すると
「カズンは先に行ってしまったが俺達はこれから向かう。準備は済んだな?」
と言った。そして皆各々返事をする。
「では向かう。行くぞ」
アズリは解体の仕事が好きだった。何が見つかるか少しワクワクする。皆一番欲するのは全てのエネルギー媒体であるネオイット溶液や銃の類だが、たまに服や小物も見つかる。食料品以外は全てがお金に変わるので基本的に捨てる物は無い。
アズリは道具の入った背負いカバンの肩ベルトをぐっと握り意気込んだ。
洞内の開けた場所。先程まで激戦を繰り広げたその場所にはガモニルルの雄と雌の死骸が横たわっていた。すでに狩猟商会が解体を開始しており小型の雄には一人が付き、手際よく解体している。雌の方はかなり大きい為、胴体の方には簡単な足場を組んでいる所だった。丸太の様に横たわる腕はもう切り分けが始まっている。
腕は良質な食肉、胸部と頭部の硬い皮膚は加工して調理器具や農機具、又はナイフや剣の武器か防具等になる。内臓の一部には非常に貴重な部位があり、薬や香料に使われる。脳味噌は珍味で高値で取引される為、容量の多いガモニルルの雌の脳だけで、アンカーMSを二丁は新調出来る。
この狩猟に人手を割いてでも参加する狩猟商会の気持ちもよく分かる。
アズリは凄惨とも思えるその光景を横目にオルホエイの後をついて行った。そして目的の場所に着く。そこには光苔にまみれた塊があった。アズリ達、船掘商会の目的はコレだ。
「遅いじゃろうが。待ちくたびれたぞ」
真っ白で長い髭を蓄えた男が、目的の塊にこびりついた苔をハケで擦り取りながら言った。
身長はアズリ程しかないのだが、横柄な態度が長年この仕事をしているこの男の自信と偏屈さを醸し出している。しかし子供の様な無邪気で小さな瞳が少し可愛らしい。
「ズン爺、一人で行かんでくれ。気持ちは分かるがな」
「うるせぇ。これが楽しみで生きてんだ」
オルホエイの言葉にカズンが怒鳴り返す。相変わらずで何を言っても聞かない態度にオルホエイは頭をガリガリ掻きながら「で、どーなんだ?」と面倒くさそうに言った。
「この遺物船、帝国の小型戦闘艇じゃ。苔の付き具合と外装加工の劣化から見て四、五百年物といった所じゃな。突っ込むだけの量産機じゃからの、固定砲は一門しか付いておらん。ハズレじゃの。……ネオイット溶液が残ってたとしても採算は取れんぞ。……ほれ」
カズンは言うと苔を擦り取った部分を拳でコンコンと叩いた。そこにはアズリ達の使っている文字に似てはいるが、読み解くには少し難しい文字が並んでいた。
長年この仕事をしてる者はそれなりに理解できる。しかしアズリはまだ殆ど理解していない。目下勉強中だ。
「……そうか。まぁ仕方がない。本体含め、全て売れば今回の経費の足しにはなるだろう。とりあえず始めてくれ」
オルホエイは再度頭を掻きながら言った。
怪我人を数名出し、パイルレーザーを二発も撃った上、アンカーMSを一丁駄目にしている。探索船を動かす燃料費と数日分の食費。そして船員の賃金とこれから解体する為の部材費。これらの支払いには、それ相応の経費がかかる。今回の船掘では元が取れないない事は明白で、アズリにすらオルホエイの苦悩が良く分かった。
「せめて国が違っていれば……」とオルホエイが独り言ちたのをアズリには聞こえたが、聞かなかった事にした。
全長九メートル、全幅五メートル、全高四メートル程の戦闘艇には被弾したのであろう小さな穴が一つある。前部の操縦席と思われる部分に穴が空いているのを見ると、操縦者に直接被弾し撃墜されたのだろうと思われた。
アズリ達が探す遺物船はどれも恐ろしい程の強度を誇る。墜落しても原型を留めている船も時折見付かる。しかし何故、洞内にあるのか。洞内の天井に穴は無かったし、誰かが運び入れたとは考え難い。
「さて、始めるかの」
カズンは遺物船の乗降用ハッチに手を当てる。
「帝国製と言うことは四万二千三百だったな。おい。超音波カッターをよこせ。液はそのままでいい」
カズンが解体班の一人であるザッカから、長さ五十センチ程の刃が付いた音波カッターを受け取ると、額の上までずらしていたゴーグルをクイっとかける。そして音波カッターのノズルを回し特定の振動数に合わせる。スイッチを入れると音波カッターの上部からほんの少しだけ紫がかった液体が噴射され、刃の中央からも液が滲み出る。
カズンがぐっと刃を押し当てるとハッチの隙間らしき所へゆっくり沈んで行く。貫通した事を感触で確認すると今度はその隙間に沿って刃を動かした。
耳障りな高音が洞内に響くと思われるがまったくそんな事はない。聞こえるのはカッターの起動音と液体がかかる音。それだけだ。
この戦闘艇を含め、探しだす遺物船の装甲はどうやって作ったのか理解不能な金属で出来ている。
千度、二千度程度の熱では溶解すらせず冷気で割る事も出来ない。勿論強度も恐ろしく高く、破壊するにはカナリエの使った強力な気体レーザーを使い、分子ごと破壊して塵にしなければならない。当然、強力なレーザーで分解、加工なんて出来る筈もない。レーザーの触れた部分は塵と化し、それを集めて再加工、なんて事は不可能なのは必然。更にレーザーの発射には非常に高額な経費がかかる為現実的ではない。
しかし加工する手段が無い訳ではなかった。
あまりに大昔の事で、誰が発見したのかを知る者は居ないのだが、この金属の溶解には一定の振動と、特殊な分解液があればそれを可能とした。その分解液と振動を加えることで表面から少しづつ溶け出す。ただ、生産国によって細かく振動数が違い、振動数が百違うだけで加工する事が不可能となるのだ。中には使用する分解液まで違う金属もある。
「おい、開くぞ! お前ら押さえろ」
カズンがそう叫ぶと、ザッカ含め他の解体メンバーが四人がかりでハッチを押さえた。
「行くぞ……ほっ!」
間の抜けた掛け声と共にカズンはグッと刃を下に下げた。同時に重さがのしかかったのだろう、ハッチを押さえていた四人の膝が少し曲がる。とは言え四人で押さえている為、それ程重そうには見えなかった。
「よし。降ろせ」
カズンが四人の後ろへ移動し声をかけると、押さえていた四人はハッチの両端を持ってゆっくり下ろしていく。
形は長方形で人一人が通れる大きさ。その底辺を軸にゆっくり開かれる。ハッチの上部が地面に付くと足場があった。扉の内側は搭乗するためのタラップになっているという訳だ。
「はてさて、何か珍しい物でもあれがいいがの」
カズンは目を子供の様に輝かせ、一足先に船内へ入って行き、ザッカ達は後部のネオイット溶液を確認する為、音波カッターを片手に向かい始めた。
アズリもカズンについて行きたい気分だが、何にせよ小型戦闘艇であるため船内は狭く、ぞろぞろ入っていったのでは邪魔になるだけだ。
――お人形とかあればいいな……。でも戦闘艇だもん。ある訳ないか。
アズリもカズンに負けじと目を輝かせ、ワクワクしていた。
アズリは一度、船内で見つけた人形を貰った事がある。
船堀で見つかった物は八割方売り払うのが基本なのだが、船を見つけた褒美として特別に貰ったのだ。密閉された船内で見つかった為、人形の経年劣化はそれ程酷くは無かった。とはいえ、相当な年数がたっているはずで、いったい何の素材で出来ているのか不思議に思えた。
その人形は可愛い女の子の様相で、着せ替えが出来た。仕事が終わり数日ぶりに家に帰って、その人形を妹にあげると泣いて喜んでくれた。貧乏ながらも少しづつお金を残し、布地を買って、不器用な裁縫で服も作った。その人形を抱いて寝るのが妹の日課になった。
見つけた遺物船に乗っていた誰かの持ち物だったのだろう。それこそ遺品であることに違いはない。しかしそんな事は船掘商会にとって気にする所ではなかった。発掘した物を売って飯を食う商売なのだから例に漏れずその人形も売却され、バラされ、何か別の物に加工されたかもしれない。
それでもなお、妹の手に渡ったのは、そうなる運命の人形だったのだとアズリは思った。
初めて人形をあげた日の夜。
いつもの様に小さなベッドに二人で抱き合いながら眠りにつく頃、
「きっと、このお人形は最初に持ってた人が大事に大事に想いを込めてたお人形なの。でも、持ち主が居なくなって寂しそうだった。だから今度はあなたがいっぱい想いを込めてあげてね」
と、アズリは妹に言った。
妹は頷いて、アズリにぎゅっと抱きついた。そしてそのまま顔を上げ微笑んだ。
二人の間に挟まった人形を口元まで引き寄せ微笑む妹の姿があまりに可愛らしく、記憶の片隅に追いやる事が出来ない程にアズリの記憶に刻み込まれた。
その時の笑顔は、一生忘れる事が出来ない。
アズリは少し物思いにふけっていた様で、気がつくといつの間にか船内を調べ終わったカズンがオルホエイの前に立っていた。
「珍しく二人乗りの機体だったがの、なんも無かったわい。操縦席に被弾して、後ろに格納してあった小銃も通信機も何もかも全てパァじゃ」
とカズンが両手を軽く上げながら言った。
その報告を聞いてオルホエイは頭を掻きながら「そうか……」と言った。
直後ザッカ達の報告も上がる。
「船長。駄目っすわ。貫通はしてなかったっすけど、被弾が後部にまで達してて、ネオイット溶液もベリテ鉱石も全て跡形もないっす。ってかエンジン自体ほぼ駄目っす」
脚立に登り後部を調べながら叫ぶザッカの言葉が、更なる追い討ちとなったのだろう。オルホエイは溜息を吐きながら再度「そうか……」と言った。
あまり表情には出さないがオルホエイの落胆がアズリには感じ取れた。いや、アズリだけではなく周囲も感じ取っている。何せ誰でも分かるくらいの大損なのだから。
「まぁいい。とにかく即座に解体をするぞ。皆取り掛かってくれ」
オルホエイが気を取り直し、指示をする。アズリも荷物を降ろし準備を始めた。
――何か他に貴重な物……破片でも何でもいいから落ちてないかな。
アズリが荷物の中から小さめの音波カッターを取り出しながら、不意に思ったその時だった。クンっと何かに引っ張られる感覚がアズリを襲った。
――まただ、また来た。この感じ……。
ガモニルルの雄が隠れていた時の不安にも似た妙な違和感。それとは別の感覚。何かを求めた時の感覚。この感覚がある時は必ず吸い寄せられる様に何かに辿り着く。
――この感じ。まだある! 何かある!
音波カッターを置き、アズリは立ち上がると周囲を見回した。
棒立ちになって挙動不審に辺りを見回すアズリを見て、オルホエイは「おい、どうした?」と声をかけるが、アズリには聞こえなかった。
キョロキョロと周りを見ていた視線が段々と吸い寄せられる様に定まっていく。
「船長! ちょっとだけ時間下さい。ごめんなさい」
そう言ってアズリは駆け出した。後ろから「おい待て。危ないだろう! そっちは……」と叫ぶオルホエイの声も聞かず、感覚に引かれるまま一直線に走った。
ガモニルルを監視中に時折見ていた鍾乳石。考えてみれば、その鍾乳石から滴り落ちる水滴の量の割に、地面を流れる水がほんの少し多かった気がした。何処かから流れてきているか、もしくは染み出していると考えるべきだ。
アズリはガモニルルの後ろの壁だった部分、レーザーが被弾し崩れた岩によじ登った。足場が崩れるかもしれない危険などまったく考えなかった。
後ろから、大勢の危ないと叫ぶ声も聞かずによじ登る。引かれる感覚のままに、そこに向かって。
ふと、風が吹いた。いや、空気が流れる感じだ。そこから引っ張られる感じがした。
アズリはここだと思った石を取り除く。それが支えになって上の岩がバランスを取っているかもしれない。それらの石を取り除いた事で岩が落ちてくるかもしれない。
けれどもアズリは夢中で石をどけた。
薄っすら日の光が見えた。やはりアズリの思った通りだった。向こう側には空間がある。光が見えるということは外かもしれない。
アズリは逸る気持ちを抑えきれず、どんどんと石をどける。後ろからアズリの名を叫ぶ声が近づくのが分かった。オルホエイとザッカ、他にはガモニルルの解体作業をしていたラノーラの声だ。
後で怒られるのは確実。でもアズリはやめなかった。もう、見えていたからだ。
「せ、船長! 来て下さい。見つけました! た、多分、輸送艇です!」
丁度、顔一つ分の隙間が空いた時確かに確認した。更に縦長の空洞と、崩れた天井から差し込む日の光を反射する船を。
しかし、もう一度確かめる間も無くアズリは気を失った。一つポロリと落ちてきた石が頭に直撃した事で。
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