配達業者【4】

 愛? フェリシアからの手紙でも受け取ってきたのだろうか?


 だが、少女は、フェリシアに断りを入れていないと断言したばかりだ。


「うーん、なるほどね。そういうことか」


 困惑するエドワードを余所に、店長は納得したように声をあげる。


「なるほどって、店長はわかったんですか?」


 ルー達の時のように自分だけ蚊帳の外で、なんだか納得できない。エドワードは声に苛立ちが混じるのを感じた。店長はいつもの調子を取り戻したのか、悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべている。


 その表情に更に苛立ちを募らせかけて、だがそこで、エドワードははたと気が付いた。店長がこれだけ飄々とした態度がとれるのは、いつもある条件が揃った時ではなかったか。


「今日はフェシリアって子の温室に行ってきたんだろ? じゃあ、もう予想はついたんじゃないのかい?」


 店長の言葉に少女をじっと見つめ、エドワードは今朝の情景を脳裏に思い浮かべた。


 燃えるような鮮やかな赤毛、そして生き生きとした緑の瞳――。その〝あか〟と〝みどり〟を、エドワードは確かに目にした覚えがあった。フェリシアに案内された温室で、それは艶やかな姿を披露していたではないか。


薔薇ローズ……」


 意識せず唇からもれた呟きに、少女は嬉しそうに笑った。庭師に手伝ってもらいながらも、フェリシア自らの手で育てた、と言っていたあの温室の薔薇達――。彼女が彼の薔薇であるなら、姿が似るのも頷ける。


わたしくは、ロージー。フェリシア様がお育てになった薔薇の精にございます」


 ちょんっとスカートの裾を摘まんで、薔薇の精が頭こうべを垂れる。その姿はなんとも愛らしい。それを目にした店長が目を細め、口を開く。


「うーん、愛の配達人に相応しいねぇ」


 その賛辞に、薔薇の精はエドワードに向き直り、どこか誇らしげに姿勢を正した。


「それでは、エドワード様。私から、お伝え致します。この花ことばを――」




 ――あなたを愛しています――




 薔薇の花ことば、それは愛の言葉だ。


 エドワードは顔が熱くなるのを感じた。鏡をみれば、きっと顔を真っ赤にした姿がうつるに違いない。薔薇の精は、その様子に満足そうに目を細め、優しい声で言った。


「フェリシア様はあのように奥手な方。それでも、エドワード様に気持ちをお伝えするためにお育てになったのです」


「エドワードは本当に愛されているんだね」


 店長が横槍を入れたが、エドワードは怒る気にはならなかった。綺麗な手を傷付けてなお、薔薇を愛おしそうに見つめるフェリシアの姿を思い出したからだ。


 無性にフェリシアに会いたい気持ちが込み上げてきて、エドワードは声を張り上げた。


「店長!」


「あー、はいはい。今日はもうあがりでいいよ」


 察しのよい店長のお許しが出て、エドワードは黒いエプロンを脱ぎ捨てた。薔薇の精が再度、店長に頭を下げて踵を返す。その後を追うようにカウンターを出たところで、


「あ、待って、エドワード」


 と店長に呼び止められた。エドワードが振り返ると、店長がことりと音をたててカウンターに小瓶を置いたところだった。


「お土産だよ。持っていきな。蜜蜂達の集めた愛の味さ」


 中に詰まっているのは、甘い甘い薔薇ローズ蜂蜜ハニーであった。




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