迷子【1】


 エドワードが妖精の尻尾で働き始めてから、かれこれ一月は経とうとしていた。寒さは深まり、季節は正しく冬である。


 ほんの少し前まで、埃除けの布を被っていたストーブが、商談用のテーブルの対面でぱちぱちと音をたてていた。温められた空気で窓がほんのり曇っていたが、流れた水滴の合間から外の様子がうかがえる。


 エドワードは商談用の丸椅子をカウンターに持ち込んで、そこにもたれ掛かるようにして通りを見詰めていた。家に居れば注意を受けるような座り方だが、少なくともここで誰かに見咎められることはないだろう。


 現に店長は出掛けているし、朝から降り始めた雪のせいで客足も遠退いている。


 店長は昼前に帰ると言っていたが、この雪ならもう少し遅くなるかもしれない。エドワードは一人時間を持て余して、舞い降りる雪を目で追っていた。


 褐色の石畳の道を白い綿雪が覆っていく。ふわりふわりと舞い降りる雪が世界を白に包んでいた。まるで世界が白一色でできているような錯覚を起こしてしまいそうだ。けれど、そんな考えが浮かんだと同時に、エドワードの視界を青がかすめた。エドワードが目を凝らすと、それは小さな人影であった。


 大通りへ続く小さな路地から、ひっそりと身を乗り出している子供がいた。体格からして、エドワードより四、五歳下といったところだろうか。ここからは性別はわからないが、エドワードの目に留まったのは、子供が首に巻いている青いマフラーらしかった。


 こんな雪の中、いったい何をしているのだろう。


 エドワードが興味深げに観察していることも知らず、子供は腕に何かを大事そうに抱え、頻りに辺りを気にしている。忙しない首の動きに合わせて、マフラーが揺れていた。


 その青を自然と目で追っていると、急にその規則正しい動きが止まった。路地からもう一つ人影が現れて、その子供にぶつかったのだ。子供はバランスを崩し、尻餅をついている。


 そして、子供を見下ろすように立つ人物の髪が、雪に溶け込むようにして光っていた。


 店長だ――。


 エドワードがそう認識するうちに、店長は紺色のコートに包んだ身を屈めた。雪の上に倒れ込んだ子供に手を差し伸べ、助け起こしている。その後、二、三言葉を掛けているようだったが、子供に怪我がないことを確認したのだろう。


 そして、子供が大事そうに抱えていた何かを拾ってやると、そのまま別れを告げ、こちらに向かい歩き出した。子供はそれを呆けたように見送っていたが、店長が道を横断したところで、何かに弾かれたようにその身を震わせた。


「待って!」


 と子供特有の高い声が窓を挟んでいても聞こえる。店長が足を止めゆっくりと振り返った。それを確認しないうちに、足元が悪いことも気にせず子供は駆け出した。先に店長が残した足跡に並んで、雪の上に転々と褐色の斑点が浮かぶ。


 だが、子供が追い掛けてきたことを見てとって、店長は再びくるりと向きを変えた。


 いったいどうしたというのだ。


 そう思ったが、エドワードはその疑問を飲み込み席を立った。店長が窓越しに自分に向かってウインクしたのが見えたのだ。


 そして、エドワードはドアに向かうと、二人を迎き入れるようにして、内側からそれを開いてやった。


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