第30話 朱莉の告白
「みやびさん、確認させてください。首相が……朱莉が恋愛するのは何も問題ないんですよね?」
「ええ、それはもちろんです。歴代の首相達も既婚者ばかりでしたしね。朱莉さん自身が恋愛をすることはむしろ喜ばしいことでしょうけれども……」
みやびさんはそこで言葉を詰まらせ、俺の顔を見てきた。
それも当然のことだ。なんせ義理とはいえ、世間的に見れば兄と妹とがまるで恋人のように仲良く腕組をして甘えてる姿、誰がどう見ても倫理的批判を回避することはできない。
「俺が……朱莉とはなんでもない、ただの家族として……妹の存在だってテレビか何かで言えばいいんですかね?」
「……っ!? お兄ちゃんそれはっ!」
朱莉は何かを言おうとするが、俺はそれを静止する。でなければみやびさんとの話が進まず、下手をしなくても首相辞任の危機である。
けれどもそんな俺達を見ながらも、みやびさんは首を横へと振って否定した。
「……いいえ、残念ながら無駄になるかと。そもそも日本では義理とはいえ兄妹間の恋愛をあまり良く思わない傾向にありまして、ましてやそれが立場のある一国の首相ですと尚のこと……」
みやびさんはそれ以上言葉を口にはしなかった。
「そんなのおかしいですよ!」
「あ、朱莉っ!?」
「朱莉さんっ!?」
バンッ! それまで黙っていた朱莉が唐突に空いている右手でテーブルを強く叩いたのだ。
これまで冗談やおふざけではあったが、ここまで感情を……怒りの感情を表している朱莉を見るのは長年傍で兄として見守っていた俺でさえも初めてのことだった。
そして朱莉は未だに俺と繋がられている左手を前へと突き出し、みやびさんに見せ付ける。
「ワタシはお兄ちゃんのことが好きですっ! それも初めて出会った頃から大、大、大好きなんですっ! スキャンダルだろうが首相を辞任させられようが、今のこの気持ちにワタシは嘘をつくことができませんっ!!」
「朱莉……」
「朱莉さん……あの、少し落ち着いて……声が、少し声が大きいですから……」
朱莉は感情を爆発させ、俺への気持ちを叫んだ。それはみやびさんに伝えるというよりかは、隣に居て手を繋いでいる俺に向けた熱烈な愛の告白であった。
しかしいくら防音仕様の政務室とはいえ、そんな大声で叫んでしまえば部屋の外まで響き渡り、護衛をしてくれているシークレットサービスの人などに聞こえてしまうという懸念から、みやびさんは落ち着くようにと朱莉のことを宥めようとする。
「いいえ、もう大丈夫ですっ! むしろワタシは今からでもテレビの前で宣言したいくらいです。それくらい……お兄ちゃんのことが大好きなんです。愛しています!」
「…………あ、あの……」
堂々とした朱莉のその言葉を受け、みやびさんはなんと答えてよいのやらとの戸惑いから俺のほうを見てきた。
「あっ……え、え~っと……そのぉ~……」
「お兄ちゃんはどうなの? ワタシのことが好きなの? 嫌いなの? どっちなのさ、ハッキリしてよねっ!」
「は、はいっ!?」
みやびさん同様、いきなりのことだったので俺まで何を答えていいのやらと戸惑い口篭っていると、朱莉はまるで俺にまで喧嘩を売るかのようにそう問いただしてきた。
「祐樹さん……」
「あっ、はい」
みやびさんは何かを諦めたかのような顔をしてからゆっくりと俺の名前を口にして頷いた。
どうやら俺が今思っている気持ちをそのまま口にしてもいいとのことらしい。
「お、俺も朱莉のことが好き……です」
「お兄ちゃぁぁぁんっ♪」
「……そうですか」
俺がようやく朱莉の念願だった『好き』という一言を口にすると朱莉は満面の笑顔で喜び、そしてみやびさんは少し口元を緩ませ目を瞑りながら何かを納得するように一度だけ頷いてみせた。
「お兄ちゃん……やっと言ってくれたんだね。わ、ワタシ……ぐすっ」
「なんだよ、朱莉。そんな泣くなって……」
「うん、うん……」
俺達二人はようやく互いの想いが繋がり、そしてみやびさんから許されたことで初めて兄と妹という家族ではなく、男と女の関係である恋人同士になれた気分になっていた。
朱莉は嬉しさのあまり少しだけ涙を流し、頬を濡らしていた。俺はそっと彼女の頬へと両手を当て、親指の腹で拭ってやると朱莉は嬉しそうに微笑むが、再び涙が零れ落ちようとしていた。
俺達が相思相愛の恋人同士になったとはいえ、これで朱莉のスキャンダルが完全に解決したわけではない。
いつどこからその情報が漏れるかさえ分からずに政務をこなしながら、注意をする毎日を過ごさなければならなくなった。
もちろんこれまでのように朝夜の行きと帰りの送迎についても俺達は別行動を強いられることになり、また極力第三者の目があるところでは恋人のように腕組をして甘えたり特別仲の良いところをみせないようにとみやびさんから注意をされてしまった。
だが晴れて俺達は恋人同士になれたのだ。互いに嬉しくて仕方がない。
俺はこれまで朱莉のスキャンダルを恐れ、その気持ちに応えるつもりはなかったのだが、今回こうして差し止められたとはいえ記事になってしまったため、気持ちのうえで吹っ切れてしまったのだった。
そのおかげで自分に素直になれたのだから、むしろ感謝しなければいけないのかもしれない。
けれども当然話はこれだけでは終わらずに、俺達は更なる窮地へと追い込まれることになる。
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