第31話 スキャンダル
「……はっ? あ、あの記事が流れてしまったって……それってどういうことなんですか、みやびさんっ!?」
「申し訳ありませんでしたっ!!」
俺と朱莉は次の日、みやびさんから信じられないことを聞かされてしまった。
先日みやびさんが差し止めていた記事が、なんと週刊誌にすっぱ抜かれてしまったというのだ。
どうもその記者が自分の出版社から出せないと分かりや否やライバル関係にある出版社へと持ち込み、今後は干渉されぬようにと事前の打診なく出版してしまったらしい。
みやびさんは頭が地面へと着きそうな勢いで謝罪をしていた。長い黒髪は地面へと届き、汚れるのも厭わずに俺達に必死に謝罪をしている。
「お、お兄ちゃん、そんなみやびさんのことを責めても仕方がないことだよ。それに元々はワタシ達……というか、ワタシのせいなんだからね。だからもし責任があるとするならば、それはみやびさんじゃなくてワタシのせいだもん!」
「朱莉……いや、俺が間違っていた。朱莉は何にも悪くない。ましてやみやびさんだって悪いわけがないんだ。俺も気が動転しちまってて……みやびさん、いきなり怒鳴り散らしたりしてすみませんでしたっ!」
「……いえ、こうした事態を把握できなかったことの責任の一旦は第一秘書である私にもございます。どうか、頭を下げたりしないでください」
俺達三人は自分こそが悪いのだと無益な責任の所在について、頭を下げ合ってしまう。
だが朱莉も悪くなければ、みやびさんだって悪くはない。むしろ一度目に出版を止めてくれたことさえも、感謝こそすれ俺が怒るのは筋違いというもの。互いに謝罪をし合ってなお、俺達はどう立ち回るかについて考えあぐねてしまう。
しかも……である。間の悪いことは重なり、大勢の国民の前で行う後悔演説を明日に控えたその前日に。その雑誌が発売してしまったのだ。
神に見放され、ほとほと運が尽きてしまったのかもしれない。それは俺だけでなく朱莉もまた同様に感じているのか、何かを考え込んでいた。そして何かを思いついたのか、それとも既に諦めたのか、明るくこんなことを口にする。
「まぁ……なるようになるでしょう!」
そうここに至ってウチの妹様でしかも恋人であらせられる朱莉は
「……みやびさん」
「……ええ、ちょうど私も同じことを思ってしまいました」
俺とみやびさんはそんな朱莉を目の当たりにして、顔を見合わせながら同じことを思ってしまう。
『この国を任せて大丈夫なのか……』との、不安の二文字が心だけでなく脳下垂体にまで達し、俺達の思考までをも支配していると言っても大げさではなかった。
こうして何の対策もできないまま朱莉は事前の打ち合わせどころか、みやびさんが用意してくれたせっかくの原稿すらも一切読まずにルンルン気分で、ついには翌日の一般公開演説の日を迎えてしまうことになった。
しかもみやびさんから聞かされたその演説を行う場所というのが、なんとなんとオタクの聖地である秋葉原であった。
「何故よりにもよって公開演説をする場所が秋葉原なのだろうか……」俺はそう尋ねずにはいられなかったが、みやびさんが言うには「朱莉さんがそこがいいと仰ったので……」とのこと。
もはやみやびさんは完全に朱莉が言うがまま、すべてにおいて全肯定するつもりなのかもしれない。
そしてどうやらオタクが最終的に帰る場所というのは秋葉原なのかもしれない。
これが西だったら、日本橋になるのかな……と思ったのはご愛嬌。
一般公開演説……いわゆる街頭演説は大きな選挙カーの上をお立ち台として執り行うことになっていた。
もちろんイベントホールで使うような大きなスピーカーなどを車の両脇に設置して、黒服のスキンヘッドをしたちょい見た目的にも自称自営業の方々顔負けの鉄壁の守りを固めてもう準備万端といったところである。
「よっと……わわっ……ふぅーっ。あぶないあぶない……」
そして朱莉が普段着ている学園指定のセーラー服を着たまま、車の荷台へと簡易階段を使って登っていく。
もちろん朱莉の短すぎるスカートの中身が見えないようにとスカート端を手で抑え、鉄のカーテンである紺色のブルマを朱莉は事前に装備していたのだ。
それが登る際にチラリッと前列に陣取っている数人の観衆に見えてしまったのか、「あぁ……」という溜め息の他に「ほわわぁぁぁぁ♪」という謎の歓喜の声が上がったのは気のせいだと思いたい。
たぶんその人達はその筋のマニアであるブルマン(ブルマをこよなく愛する方々)なのだろう。
「あーあー、テステス。んっんーっ」
ようやく朱莉が選挙カーに特設されたお立ち台に登り、マイクを持ち発生声を出してマイクテストをしていた。
そして何を思ったのか、朱莉はとんでもない一言を口走ってしまう。
「あ、あのねお兄ちゃん……大好き♪」
「「「うおおおおおおおおおっ! 朱莉ちゃん、萌え~~~~っ♪」」」
モジモジと恥ずかしそうにしながらも朱莉はたぶん俺に向けてその一言を言ってくれたのだろうが、ここは秋葉原であり周りの観衆は全員が全員純潔のオタクであると断言してもよい。
ここに集まっているオタク共は朱莉の妹属性を生かしたその一言によって、一瞬のうちに虜になっていた。
それは先制攻撃とも言うべきなのか、それともその観衆達の反応すらも事前に予測してそんな言葉を口走ったのか、朱莉は禁断ともいえる一言によってその場に集まるオタクたちを味方につけてしまう。
朱莉は独裁者さながらに笑顔を差し向けながら両手を手を宙へと翳すとそのままゆっくりと降ろしていくと、それに従うように観衆達も朱莉への声援や歓声を直ちに静止してしまう。
そして誰一人として声を出すものが居なくなり、静まり返ったところで朱莉の演説が始まる。
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