第21話 財政削減(タブー)への着手

 そして次に朱莉が取り掛かったのは、今国民の間でも非常に関心がある生活保護受給についてだった。


 戦後以降、生活保護受給者及びその世帯数は年々増え続け国の財政をも圧迫するほどである。もちろん国民が必要最低限の生活を保障するのは国の憲法にも書かれていることであり、予算を大きく取られているとはいえ容易にその予算を減らすことはこれまでの政府代表においてもタブー視されてきた。


 けれども国の負担は増すばかりであり、何かしらの対策を急務にとらなければいけないのも現状である。


「……っと、年々生活保護を受ける人が増え、それによって我が国の財政をも圧迫しているのが現状になります。ここまでで疑問などはありますでしょうか?」


 みやびさんは国民の生活に直結すると非常にシビアな問題である前置きをしてから、今の生活保護の現状を説明してくれたのだった。


「そうですか……なら、少しでも減らすことができれば国にとっても良いことなんですね」

「え、ええ……ですが、受給金額を減らしてしまえば受給者からの反発は必死となることでしょう。とてもシビアであり、難しいのが実情なんです」


 これまでの歴代総理が一切手を付けてこなかったのも、政党支持率や選挙への悪影響を懸念してのことは俺達だって理解をしていた。

 だが国の財政は赤字国債を発行し、今ではその累積赤字は1000兆円を軽々と超え、ギリシャのようにいつ国が破綻してもおかしくはない状況と言える。


「まず不正受給者は徹底的に排除する。これは当たり前のことですね。必要の無い人に補助金を出すほど、国に余裕はありません。これについてみやびさんも異論はありませんよね?」

「はい、もちろんです! 我々国を預かる者としても断固として不正受給は認められるものではありません。これについては各都道府県に調査員が多数おり、常に精査しているのが現状になります」


 朱莉とみやびさんは不正受給者根絶について議論をし、意見が一致していた。


 不正受給者とは本来、健康で働けるにも関わらず、『仕事をしない』『仕事を見つけない』『仕事をしたくない』などと言った人々で、その理由の大半が楽をしたいから、または仕事をしなくても国がなんとかしてくれる……そう思っている人が大半なのである。

 尤もそれもネオニートであった俺にも当てはまることなので、敢えて二人の会話に入ることはなかった。


「それでも年々増え続けているんですね……やっぱり不況が関係しているんですよね? それで失業して生活保護受給を選択する」

「それもあるでしょうね。ですが今の日本の景気経済はバブル景気が弾けて以来、そして戦後最長と言われていた『いざなぎ景気』よりも良いくらいなんです。尤もそれもあくまで“政府主観”に基づく調査とその結果だけのものであり、一部の大企業を除いてほとんどの国民にはそのような実感は皆無に等しいでしょうね」


 みやびさんは政府に属する職員でありながらも、政府が発表している経済展望について疑問を持っているような口ぶりをしていた。

 それだけ政府と国民との景気実感の差が多いのかもしれない。


「むぅーっ」


 朱莉には珍しく、何のアイディアも口にせぬまま唸り声を上げるに留まっていた。

 これまでの案件のようにただ良い考えが思いつかないだけなのか、それとも最初から何かをするつもりがないのか、朱莉の隣の椅子に座りそんな様子を傍目にしている俺には判断がつかない。


「ちなみに……なんですが、住宅補助の金額と生活保護の受給金額の資料はありますか?」

「ええ、もちろんです。これになります」


 朱莉は判断材料が足りないと思ったのか、みやびさんに参考資料を求めた。

 こんなことは初めてであり、それだけただの思いつきやアイディアでは解決しないと思っているのかもしれない。


「家賃補助……いわゆる住宅補助金が3万円……5万円……8万円? 地域によって随分違うんですね。ああ、でも普通に借りる場合でも家賃は地方と都市とでは大きく違いますもんね」

「はい、仰るとおりです。これについてはその土地土地の役所が平均金額を割り出し、それを参考の元、補助する金額を決めています」


 朱莉は何か思うところがあるのか、住宅補助金について詳しく話を聞いていた。


「確か生活保護受給者には住宅補助金が出るからと、その地域の不動産会社が相場を無視して上限ギリギリに家賃を設定して、その差額を受給者への手数料マージンとして分けている。そのような話を聞いたことがあるのですが……本当なのでしょうか?」

「ぐっ……。た、確かにそう言った事例はいくつか報告として挙げられておりますね」


 的確なまでの朱莉の質問にみやびさんは口篭っていた。


 実際国から補助が出るからと不動産業者と結託して、その差額を折半することがあったのだ。

 それはもちろん不正受給に当たるのだが、『家賃相場』を武器に摘発しにくいのが現状だとみやびさんは説明してくれた。


「ならば……これは国から……いえ、各自治体から直接賃貸家賃を振り込んでいるわけですよね? 事前審査に穴があるかもしくは現地調査をあまり行っていないのではないでしょうか?」

「そ、それについては……そのぉ~……」


 朱莉のそんな質問に対してみやびさんは初めて受け応えることができずにいた。


「ちょ、調査をする現場の人間に限りがあるためでして……」

「……確かにそれもあるとは思います。地方の公務員ですから、予算の関係上からおいそれと人数を増やすことはできないでしょうね。ですが、そんなものは言い訳にすぎません! 国民の生活及び税金を活用しているのですからっ!」

「ぅぅっ」


 役人お決まりの言い訳を口にしたみやびさんに対し朱莉は、ピシャリと一刀両断する一言で切り捨てた。

 それはこれまで朱莉が一度たりとも見せたことの無い、厳しい表情である。


「そこで提案なのですが、現地調査する人を増やすのではなく、信頼のおける地域不動産会社に委託するのはどうでしょうか?」

「えっ? い、委託……ですか? そんなこと……少々と言います、実質不可能ではありませんか?」

「不可能も何もありませんっ! 人手が足りなければ、他から借りる。もちろんこれ以上予算を無駄にすることも言語道断です」


 朱莉の有無を言わさぬ態度にみやびさんもタジタジとなっている。

 だがここで朱莉は自分の意見をただ述べ、みやびさんに押し付けるだけでなく起死回生のアイディアを口にする。


「それにはまず信頼のおける不動産会社と提携し、相場や住宅補助不正受給についての調査をしてもらうことにする。その見返りとして新規または転入の際、優先的にその会社を指名させる。これで予算内且つ無駄な経費もかかりません。そして不正受給者とボッタクリの不動産会社をも一掃することができるはずです!」

「な、なるほど……それなら先程仰ったとおり人も負担も増やさずに不正受給者を減らし、そしてこれまでと同じく……いいえ、それ以下の予算となりえますね! とても良い案です! すぐさま実行に移しましょう!!」


 それだけで納得してしまったのか、みやびさんはさっそく部下に耳打ちして朱莉が今しがた説明した骨案に肉付けしてから整えるように指示を出していた。

 もちろんこれも議会を一切通さず、また何のシガラミも派閥も関係ない首相の朱莉にしかできないことだった。首相からトップダウンで指示を出し、即日実行に移すことが出来る……これこそまさに国のトップとしての本来の姿なのではないだろうか?


 これまでの代表は必ず属する派閥や議会投票など、周りにお伺いをすることで何事も決めてきた。

 それは間を置くことで冷静且つ一考するため、そして国のトップが独裁的判断に基づいて暴走するのを防ぐ安全策とも言えよう。けれどもその代わりに何をするのにも後手へ後手へと回るため、実行する速度が遅すぎるという欠点があった。


 仮に国内で大規模な災害があり現地へと自衛隊を派遣するのにも地方団体や役所、それに県知事や市長などといった幾つもの機関から要求や要請を受けてから出ないと救助すらもできないのが現状である。

 オマケに他国から攻められ今まさに国の危機であろうとも会議や会談などと言った感じに何をするにも時間がかかる。それこそ緊急時にこそトップダウンで物事を決められないければ、国の未来は危うい事態であってもだ。

 

 それは何も災害時や国防関連のことだけではなく、国の経済や首相が決めることすべて直結の元トップダウンで命令し、実行しなければこれからの時代生き残ることはできないのかもしれない。

 それこそ朱莉のように即断即決がモットー大胆且つ時に慎重な国の代表こそが、今の日本には一番必要なのかもしれない。

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