第20話 人の心とはオセロのようなもの
こうしてTPPに対する農家の懸念や不安などを一つ一つ解決していった後、これまで反対を示していた人々が今度は逆にTPPに利用されるのではなく、逆に利用してやろうという向上心から賛成へとそのほとんどが賛成するようになっていた。
「人々の心とは、まるでオセロゲームに使われる白と黒の
みやびさんはしみじみとそう呟いていた。その例えは何の捻りもない一言だったが、俺は妙に納得してしまっていた。
確かにオセロとは互い違いに寄り添いながら、表と裏を繰り返して攻防する知的ゲームに他ならない。
またそれに纏わる人々でさえも同様であり意見に反対していたかと思えば、次の瞬間には賛成の意見へと変わっていることもあるわけだ。
そして勝敗は終わってみるまで誰にも判らないのである。そこがオセロゲームが他のチェスや将棋とは本質的に違うところかもしれない。
国民とは時に風評などに惑わされ、意見を流されてしまうことがある。またそれを意図的に起こすのも政治家や官僚であり、潜在的意識を無自覚のまま誘導することもあるわけだ。
演説が上手い人とは人々の心はもとより、その奥底に隠れる真意でさえも時として操らなければならない。
そして時に嘘を述べるのではなく、真実を口にはしない。そういう話術もある。
「ふぅーっ。あ~疲れたぁ~っ。昨日から資料と睨めっこしてたから余計肩が凝っちゃって疲れちゃったよぉ~」
「お疲れさん。ほら、水でも飲んで一息つけろ」
朱莉は長時間にわたって行われた話し合いの疲れから、椅子に寄り掛かり今にも倒れそうになっていた。
俺はみやびさんから貰い受けていた冷えたミネラルウォーターを朱莉へと手渡す。
「ありがとう~……ゴクゴクゴクッ……ぷはぁ~っ。あ~、このために生きていると言っても大げさじゃないよね~」
「いや、大げさだろうが。でも、ま……疲れたのは確かだよな。何なら肩でも揉んでやろうか?」
朱莉は手渡された水を一気飲みすると、まるでビールを呷る仕事終わりのサラリーマンのような定番セリフを口にしていた。
俺はそんなツッコミを入れると、そっと朱莉の背後に回ってその両肩に手をかけマッサージをしてやることにした。
「あっほんと~。いつもすまないね~お兄ちゃん」
「ぷっ……ふふっ」
「ん~っ。何で笑っているの~お兄ちゃ~ん」
「いや、別に何でもないさ。脇役なんかの俺よりも、断然朱利のほうが疲れているだろうからな。ちなみにどこら辺が痛いんだよ?」
「ん~っ……適当にぃ~お任せしま~す~」
「はいはい」
朱莉はまるでおばあちゃんのように目を細めながらに背中を丸め、ゆっくりとした口調で労いの言葉をかけてきた。
俺は何だか老夫婦のように思えてしまい、思わず笑みが零れてしまった。
「う~あ~っ。きもちい~っ」
「はいはい」
(なんだろう、このなんともいえない気持ちは? 普通こういうときってマッサージをされてる朱莉が所々で色気のある声を出しちまって、それに俺が我慢できずに……ってパターンじゃないのかよ。なんか本当に年寄りに肩揉みしているみたいに感じちまうよ)
色気もヘッタクレも垣間見えない朱莉の声。俺はそれに何の劣情も抱くことすらもできずに、ただただマッサージ師の如く肩揉み続けていく。
コンコン♪
ちょうどその最中、控え室のドアがノックされ、みやびさんが入ってきた。
「失礼します……おや、マッサージをされていたのですか?」
「う~い。みやびさんもど~お~?」
「あら、よろしいのですか?」
朱莉は何の断りもなしに、みやびさんにもマッサージを勧めている。
だが遠慮心というか、マッサージを行っている俺のほうをチラリッと見てからみやびさんは再度確認をしてきた。
「ええ、いつもお世話になっていますから」
「そうですか……それでは朱莉さんが終わった後に……おや?」
「……」
「朱莉さん、いつの間にか眠られてしまったのですね」
「……みたいですね。たぶん色々あって疲れたんでしょうね」
俺は寝てしまった朱莉を起こさぬよう静かに抱き抱えるとお姫様抱っこをして、近くにあるソファー寝かせてやる。
そして風邪をひかないよう毛布代わりにと、自分が着ているスーツの上着を肌掛けとしてかけてやることにした。少々丈の長さが足りたいようにも思えるがハムスターのように丸まって寝ているため、どうにか体全体を覆うことができている。
「むにゃむにゃ~、すぴーっ」
「と、年頃の女の子とは思えない寝入りっぷりですね。それに首相というお立場なのにあまりにも無謀すぎるような……」
「……それは言わないで下さい、みやびさん」
無防備の姿を晒しながら朱莉は幸せそうに眠っている。
俺とみやびさんはそんな寝顔を眺め、なんだか呆れとも苦笑とも取れずにいた。
「じゃあこっちの椅子へどうぞ」
「あっ……本当によろしかったのですか?」
「もちろんですよ、さぁさぁ」
「で、ではお願いします」
マッサージをするため、空いたパイプ椅子へとみやびさんを誘導することにした。
みやびさんはどこか遠慮しながらも、椅子へと座った。俺としては相手が椅子に座り、自分はその後ろに立ってマッサージをするほうがより力が入ると思いそうしていたのだった。
「んっ……んっ……みやびさんも大分凝っているようですね」
「あっ……はい……やはりわかるものなんですか?」
「え、ええまぁ……もう少し強くしますね」
俺はいつも朱莉に兄妹としてのスキンシップの名の下にマッサージをさせられ、やり慣れていた。
みやびさんの肩はまるで岩のように硬く、揉み応えがとてもあった。
「んっんっ……」
「あっ……そこっ♪ そこです♪ くぅ~っ……あん♪」
「…………」
(何だかみやびさんの口から艶やかというか、すっげぇエロい声が出ているんですけど……)
俺はただマッサージをしているにも関わらず、みやびさんの口からはまるで感じているような声が出てしまっていた。
本人にはその自覚は無いのか、目を瞑り頬も僅かに上気しているのが後ろからでも見て取れた。そして指から伝わる熱とその声とが混ざり合い、俺の心を掻き乱していく。
「んっ……あっ♪ そこはダメ……です」
「ここですね?」
「ダメ……なのに。それ以上は本当にダメですよ」
「じゃあ止めます?」
「ぅぅっ……や、止めないで……そのまま続けて……ね?」
みやびさんは悦に入ったかのように俺の指先を前にして成すがままである。
なんだかもう情事をしている感じのやり取りに感じるだろうが、実のところはただ肩揉みをしているだけなのであしからず。これについての苦情やクレームの類は一切認めませんっ!
「じーっ」
「ここはどうですかね?」
「ああ、いいですね。ちゃんと私の弱点を的確に突いて……ん~~~っ」
「ねぇ?」
「痛いのも癖になってきたんじゃないですか、みやびさん? そのうち痛いのが快楽へと変わっていきますよ……っと!」
「あっあっあっ……そこは……っっ(照)」
何か呼びかけるような声が聞こえたかもしれないが、俺は肩揉みを、そしてみやびさんは痛いツボを押されそれに気づく素振りすらなかった。
「おい、そこのお二人さん」
「……へっ?」
「……えっ?」
「や~っと気がついた。さっきから声かけてるのに二人して夢中になってるんだからっ!」
どうやらみやびさんの甘美な声に朱莉の目も覚めてしまったみたいだ。
そして「一体二人して何をしているのさ?」と言った感じの訝しげとも取れる疑いの細め目で俺達を見ていたのだ。
「ご、誤解するなよ朱莉。これはお前にもやっていた
「え、ええ。私もあまりの気持ちよさについ思わず声が出てしまい、それで……」
「ふ~ん。あっそ。ワタシはてっきり二人で“良いこと”をしてるんじゃないかって、驚いて起きちゃったんだよ! ぷんぷん」
どうやら寝ていたはずの朱莉は俺とみやびさんが恋人同士ですることをおっぱじめていると、慌てて飛び起きたらしい。
でもそこから勘違いであったと気づき、戸惑いながらもちょっかいを出してきたようだ。どうやらその中には嫉妬心も含まれているのかもしれない。それは可愛く頬をリスのように膨らませ、腕組をして怒った表情を必死に作ってる朱莉の表情から察することができる。
それからどうにかただのマッサージをしていただけだとみやびさん共々朱莉を説得すると、どうにか納得して事なきを得ることに成功した。
尤も俺とみやびさんは恋人同士というわけでもなく、俺にとって彼女は頼れる姉のような存在だと思っていたほどだ。それなのに朱莉が嫉妬してきたのは、たぶん俺に対する独占欲があるのかもしれない。それはもちろん兄としてではなく、恋人として想い人としてだろうと俺は勝手ながらに思うことにしたのだった。
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