第5章 温泉街

「ここの温泉はね、温度別に分けてるんだ」


キヨに続いて大きな暖簾をくぐると目の前には緩く、だがとても長い階段があった


「この階段の左右にある扉で好きな温度のところに行けるのよ」


そういうとキヨは階段横にある番台に声をかける


「こんにちは、ケイさん。」


河童に似ているが頭のてっぺんのお皿と甲羅が無い


「やぁ、おキヨさん。今日は珍しいね連れも一緒かい?」


ケイさんと呼ばれた妖は私のことを下から上まで舐めるように見てながら言った


「彼は、”垢嘗”のケイさん。こちらは大きな声で言えないが”人間”の北山 宗一郎」


キヨは中間でお互いの紹介をしてくれた


「おキヨさん、なんて……」


ケイさんと呼ばれた男は私を指差しながら小刻みに震えている


「私が人間なことに何か問題が?」


私は袖の中で腕を組みながらケイを見る


「い、いえ何でもありません」


ケイは私から目をそらして答える


「おキヨさん、何か問題あるんですか?」


私は少し先を行くキヨに問いかける


「まぁ、ね。色々あるんだよ」


キヨは少し意味有りげに目を伏せながら苦笑いした


「さぁ、案内続けるよ。いいよねケイさん」


キヨは未だに私のことを見ようとしないケイに向かって声をかける


「あ、あぁ。好きにして構わない」


「そうか、なら行こう。宗一郎」


キヨは階段に向かって歩き始める


階段には0度から10度刻みに書いてある立て札を通り過ぎる


「さっきの人がすみませんね。ここ100年ほど人間なんて見たことがなくて、妖怪の中で人間と目が合うと殺されるという噂まで出てきたぐらいで。

あ、階段左の青い壁の方は、人間で言う男性用。逆に右の赤い壁の方は、女性用。

0度から刻んでいるのは、河童とか水で過ごしてる妖のためにね。一番熱いのは水の沸騰温度の100度まで」


キヨは階段を上がりながら説明する


「100度ぐらいに入る妖はどんなのがいるんだい?」


キヨは足を止め、顎に指を当てながら考える


「んー……”古籠火”(ころうか)とかかなぁ。灯籠の火の妖。火を扱うような妖が使ってるよ……火の妖怪だけどこの温泉には入れるらしい。不思議だよね」


キヨは小さく笑ってまた階段を登り始める


さっきのことが気まずいのだろうか黙々と二人は階段を上がっていく


100度の扉を通り過ぎ、しばらく歩くとやっと階段の終わりが見えて一息つく


「はぁ……久しぶりにこんな階段登った」


私がそう言って顔を上げると目の前には満面な笑みのお爺さんの遺影と大量の花がその遺影を囲む様に飾られていた


「この人がここの設立者。」


キヨは遺影の前に立ち、傷んだ花を取っていく

私はそんなキヨを横目に遺影に目を移した


遺影にはこっちに向かって満面な笑みを浮かべている青年がいる


「この人が………」


私は笑顔に引きつけられるようなその人に懐かしさを感じた


「清隆。ここの1代目だ」


「そう……なんですね」


キヨにしては少し低めの落ち着いた声音が遺影の奥から聞こえる


「はじめまして。人間のお方……――――」

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