第23話「衝突」

 しかし、銃声が聞こえてすぐに聞こえてきたのは、キンと金属と金属が当たる音だった。

 まさかとは思ったが、俺の視界には日本刀を抜き、居合斬りの後のような体勢になっている朝凪の姿が入る。

 数倍に上がった俺の動体視力はしっかりとこの女が銃弾を刀で切り落とすところを捉えていた。

 やはりこの女は化け物だ。


「ひっどいなぁ、いきなり銃を撃つなんて――ね!」

「くっ!」


 攻守一転、朝凪が日本刀で俺に斬りかかってきた。

 動体視力を上げていても避けるのがやっと。

 これは相手が身体強化をしているだけではなく、鍛え抜かれた剣術の凄さも関係しているだろう。

 俺は極限までに神経を研ぎ澄まし、なんとかその刀を躱す。


「あははは! 凄い凄い! 私の刀をここまで避けた人間はいないよ! さすが化け物だね!」

「銃弾を刀で斬るような奴に化け物呼ばわりされたくないな!」


 四方八方から斬りかかってくる刀を交わしながら、俺はもう一丁銃を取り出し、朝凪とは別方向へと向かって銃弾を二つ撃った。

 それにより、工場内の物に当たって反射した銃弾が朝凪を襲う。


 普通に撃っても斬り落とされるのなら跳ね返り角度などを計算して反射で朝凪に向かうようにすればいい。

 そう考えた俺だったのだが、死角から襲ったはずの銃弾二発はあっさりと斬り落とされてしまった。


「今のは目で追えていなかったはず……まさか、俺の撃った角度から自分に届くまでの時間と位置を計算したのか……?」

「何をそんなに驚くの? 君がした事を私もした、ただそれだけだよ」


 平然とした様子でそう語る朝凪だが、戦闘中に相手の手によって咄嗟にされた事を計算するのはかなり難しい。

 やはり厄介な事この上なしだ。


 しかし、朝凪が銃弾に対応する一瞬で俺は距離を確保する事が出来た。

 こちらは銃で、相手は刀。

 これで接近戦をするのは馬鹿だろう。


「あ~、折角詰めた距離が取られちゃった。でも、どうするの? 離れたところで私に銃は効かないよ?」


 確かに、至近距離で撃った銃弾でさえ切り捨てられているのだから、距離を取った今ではもう当たらないと考えたほうがいいだろう。

 正直今のままでは分が悪すぎる。

 あの刀に接近戦で挑もうにもこちらには刀がない。

 廃工場だけあってバールは落ちているが、こんな鉄の棒で刀に挑むなど自殺行為だ。


 何か刃物でもあれば――そう思った時、俺は一つ心当たりがある事に気が付く。

 だけど、それをどうやって取りに行くかが問題だった。

 あからさまに取りに行けば朝凪に気付かれてしまうだろう。

 かといって、あの刀を交わしながら気付かれずに取りに行くのも至難の業だ。


 ――仕方がない。


 本当に全力でいこう。

 かなりのハイリスクになってしまうが、このままではジリ貧になることが目に見えてしまっている。

 それならば、リスクを負おうとも勝てるほうに賭けるべきだ。


 俺は大きく深呼吸をする。

 そして、意識を集中させた。


「さぁ、どうする気かな? 完全に手詰まりだよね? それとも他に手があるの?」

「心配するな、今手を必死に考えているところだよ」

「ふ~ん、じゃあ、こっちから行くね」


 その言葉と共に、地を蹴る音が聞こえてくる。

 瞬間、目の前に朝凪の体が現れた。


「安心して、とりあえず抵抗されないように動けない体にするだけだから」


 朝凪はそう言うと、俺の足目掛けて峰打ちをしようする。

 わざわざ刃をひっくり返したあたり、俺を痛めつける事が目的で重傷を負わせるつもりはないらしい。


 俺はその刀を――余裕をもって躱した。


「なっ――うっ!」


 さっきまでぎりぎりで躱していた刀を完全に見切って躱した俺を前にして、初めて本当に朝凪に隙が生まれた。

 俺はその隙を見逃さず一撃朝凪の腹へと入れる。

 それによって朝凪の体は吹き飛んだ。


「よし、今だ!」


 朝凪を完全に振り切った俺は、最初に朝凪が捨てたナイフを拾いに行った。

 俺を騙して使ってから朝凪はすぐにこれを捨てたが、今まで慎重に動いていた奴にしては珍しいミスだ。

 そのおかげで俺は得物を手にする事ができたのだからな。


 しかし、俺は一つ違和感を覚える。

 最初にナイフで斬りかかってきた事から、これには俺の動きを止める即効性の毒が塗られていると思っていた。

 だけどナイフを見る限り何も塗られているようにはない。


 となるとどういう事だ?

 どうして奴はこれで斬りかかってきたんだ?

 こんなもの、急所にまともに当てられなければ意味がないじゃないか。


「――やってくれたね、さすがステージスリーに到達している人間。やはり性能では敵わないか」


 一撃で沈められるとは思っていなかったが、一応まともに入ったはずだ。

 それなのに平然と動けるなんて、あの服は衝撃を吸収する作りになっているのかもしれない。


「ステージ3とはなんだ?」

「脳が潜在的に秘める力を解放できるレベルのことを、ステージと呼んでいるよ。その解放においてある一定条件が存在し、その条件を満たすということとステージに進むをかけているわけ。ステージ3は死ぬギリギリまで追い込まれながらも生き延びた者だけが到達できる可能性を持つステージで、百パーセントの力を解放することができると言われているの」


 なるほどな、どうしてこいつが今までの奴等と違って理性を保てているのか――そして、どうして先程までの俺と理性を保ちながらもほとんど互角だったのかがこの口ぶりからわかった。


 こいつはその、ステージ3という奴に到達していないのだ。


 だから理性を持っていながらも80パーセントしか解放していなかった俺と速度などが然程変わらなかった。

 

 今までやりやった三人は全員この女よりも速くて力が強かった事を覚えている。

 男と女の違いで差が生まれる事も考慮していたが、そういった話ではなかった。

 そのステージの条件を理解していないので断言はできないが、おそらくこいつはステージ3の一つ手前。

 80パーセントしか解放できないのだろう。


 しかし、剣術と頭脳で今までの奴等以上の力を発揮していた。

 正直百パーセントの力で理性がないより、理性がある八十パーセントの力のほうが圧倒的に厄介だ。

 それは今までの三戦がそう証明している。


 だが、同じ理性を持つ状態で80パーセントと100パーセントなら、100パーセントが勝つのは必然。

 やっと勝機が見えてきた。


「確信したよ。今までぎりぎり躱していたのはただの演技で、やはり君はステージ3に到達して100パーセントの力を引き出せている。私の刀を余裕で躱したのがその証明だからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る