第22話「一つの真実」

「ふふ、私が変装じゃなく、朝凪梓本人だと確信してるんだ? どうして?」


 俺の問いかけに対し、朝凪さんは悪気もなく笑顔で首を傾げて聞き返してきた。

 この状況で笑みを浮かべる彼女は常軌を逸しているだろう。


「確かに変装の達人は声色までソックリに真似ることができる。そのせいで姿を見たり声を聞いたりするだけでは本人かどうかは判断できない。だけど――お前・・は、怪しい部分が多すぎるんだよ」


 今思い返してわかる。

 どうして彼女が柊斗にどれだけ失礼なことを言われたりしようが、別れようとはしなかったのか。

 そして、事あるごとに彼女と俺が鉢合わせをしていたのかもだ。


 彼女は柊斗を利用し、俺に近付いていたんだろう。

 そして、事あるごとに鉢合わせをしていたのは俺の行動を監視していたためだ。


 他にも、両親が海外に行くのにわざわざ引っ越しをしたりなど不自然な点は多く、あげればキリがなかった。

 今まで柊斗の彼女だからと警戒をしていなかったが、それも狙いだったのだろう。


「さすがに頭の回転は速いようだね。ご明察の通り、私は柊斗君を利用して君に近付いた。とはいっても、最初の出会いは偶然だったけどね」

「偶然……あの遊園地のことか?」

「そう。こちらとしては君が学生だということと、おそらくいるであろう地域までは割り出せても、人物自体は特定できなかった。だから私は学生に混じり、時間をかけて君を見つけるつもりだったの」

「学生に混じり――つまり、本当は学生ではなく、その姿や年齢、戸籍も偽りのものなのか?」

「そうだね、全て偽物だよ」


 平然とした様子でニコッと微笑む朝凪梓。

 俺に全く正体を悟らせなかったなんて、とんだ演技力を持った女だ。

 いや、女ということさえ怪しいのか。


「先程偶然と言ったな? 柊斗に近付いたのも偶然だったのか?」

「近付いたというよりも、マッチしたのが彼だったからね。私が指定したのは物事を真剣に考えてなさそうで、女好きでチャラい男という内容だった。それで彼が来たわけ」


 柊斗の奴、アプリ会社にとんでもない評価をつけられているじゃないか。

 そして否定できないところがまた恐ろしい。


「わからないな。俺を探すのにどうしてそんな相手を選んだんだ?」

「女好きでチャラいとなればすぐに堕とせるし、そんな男と付き合っている相手に警戒心なんて抱かないでしょ? 現に、君は抱かなかった」


 確かに、俺は柊斗の彼女ということで警戒をしなかった。

 やはりそこまで計算だったのか。


「そのおかげですぐに君が普通の学生じゃないってわかったよ。普通にしているように見えて、実は周りを凄く警戒しているんだからね。そんなこと普通の学生にできる芸当じゃない」

「つまり、初めて会った時から目を付けられていたわけか」

「ふふ、そうだね。でもね、穂乃香ちゃんがいる時はデレデレとしててだらしなくなってたから、本当に君が探し人かどうか疑わしくなったんだよね。まさか、裏で動く人間が彼女を作っているとは思わなかったし」


 なるほどな、だからわざわざ事件を起こして俺を誘き出そうとしたのか。

 そして事件が起きてから穂乃香の家の周りに俺が来るかどうかで判断しようとしていたのだろう。

 おそらくあの会った日以降も監視カメラなどで俺の動向は見張られていたんだろうな。


「さて、他に聞きたいことはないのかな? なんでも答えてあげるよ?」


 朝凪さんは笑顔でそう言ってきた。

 これはこちらを舐めているのではなく、その逆だろう。

 あえてフレンドリーな雰囲気を出し、笑顔で接することでこちらにやりづらさを与えようとしている。

 そして、俺が油断するのを待っているのだろう。


 俺もわざわざ雑談をしていたのは彼女に隙が生じるのを狙っていたのだが、生憎その隙が生まれることはなさそうだ。

 会話をしている間も一切俺から視線は外れないし、目の動きからこちらの動きに細心の注意が払われていることがわかる。


 監視カメラの動きを見るに普通の人間ではないのは確実なのだから、隙を突きたいところだが……。


「それなら、お前が所属する組織のことを教えてくれよ」

「ふふ、なんのことかな? 私はどこにも所属をしていないよ」


 まぁわかっていたことではあるけれど、答えるというのは真面目にというわけではないようだ。


「だったらどうして俺を狙う? お前の目的はなんだ?」

「身に覚えがあるんじゃないのかな? 自分は他人とは違うということが」

「それはお前も同じだろう? 俺に拘る理由がわからない」

「一つ、君に問いかけよう。人間、最大限の力を使えばどうなると思う?」


 急に態度を変え、真剣な様子で朝凪は俺に尋ねてきた。

 いったい何を考えているのかはわからないし、真剣になっているように見えるのも演技かもしれない。

 しかし、現状この状況を打開できるいい手が思い浮かばない以上、彼女の話に付きあって考える時間を稼ぐしかない。


「長時間使えば、まず間違いなく死ぬな。脳が負荷に耐えられない」

「あぁ、やっぱり理解しているわけだ。その通りなんだよね。少なくとも廃人になってしまうの。じゃあそれなのに、どうして君は未だに生きているのかな?」

「…………」


 なるほどな、どうして俺がこの女がいる組織に狙われ続けてきたのかやっとわかった。

 俺は今までに三度、この女と同じ人間の域を超越した犯罪者とやりあったことがある。


 そしてその犯罪者たちは皆、捕まえた後に数時間で息を引き取っていた。


 戦っている最中も理性はなくほぼ廃人のような感じだったし、きっと実験の失敗作だったのだろう。

 ただ、失敗作というのは命が尽きてしまうからであって、性能としては兵器として十分すぎるものだった。

 そんな奴等と互角以上に戦えていた上に、今もなお平然として生きている俺の秘密を知りたいというわけか。

 その秘密さえわかれば、人型兵器を量産できるわけだしな。


 しかし、そうなると一つ疑問が残る。


 この朝凪という女は今も普通に俺と会話ができており、今までの廃人みたいな犯罪者たちとは雰囲気が全然違う。

 それなのに動きは人間を超越しているのだから、こいつらは人間兵器の製造に成功したんじゃないのだろうか?

 それともまだ、何かキーになる物が足りないのか?


「俺を捕まえたところでその秘密を教えると思うのか?」

「口を割らす方法なんていくらでもあるでしょ? 薬でも、君の大切な人を使うでも」


 朝凪はそう言うと、視線を俺とは別方向に向ける。


 ――この瞬間を待っていた。


 俺は朝凪の視線が自分から逸れ始めたことに気付いた直後、即座に胸元に手を突っ込み、取り出した銃を朝凪に向けて引き金を引いたのだった。

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