第19話「犯人からのメッセージ」

「葉月君……」


 俺の言葉を聞くなり、塩宮さんは目を潤ませてこちらを見つめてくる。

 責任感の強いこの人のことだ、今まで自分のことを責めていたのだろう。

 だけど悪いのはこの人ではなく、俺の両親を殺した殺人鬼――あの組織が作った、実験体なのだ。

 だから俺は絶対にこの人のことを責めたりはしない。

 決して、な。


「本当に気にしないでください。俺は塩宮さんに感謝はすれど恨んだりすることなんて絶対にありませんから」

「葉月君は日に日に立派になっていきますね……」

「よしてください、そんなものじゃないですよ。それにしても、塩宮さんが俺にだけ優しかったのは後ろめたさがあったからなんですね」

「いえ、それは違いますよ」


 あれ?

 後ろめたさがあったからこの話をしてきたんじゃないのか?


 俺の言葉に対して速攻で否定してきた塩宮さんに対し、俺は疑問を抱く。


「前置きをしました通り、今と昔では違うのです。確かに最初は両親を奪ってしまった罪の意識から葉月君の保護者を買って出ました。……まぁ、室長には若い独身女性が男を引き取るなどありえない! とか怒られましたけど。葉月君当時小学生だったのに……」


 むっと口を尖らせる塩宮さん。

 この人が拗ねるところなんて初めて見た。

 よほど当時は揉めたんだろうな。


 しかし、当時の塩宮さんは十八くらいだったのかな?

 そんな大人のお姉さんと二人暮らしなど教育上よろしくない。

 その点においては室長が正しかったと思う。


「それで、保護者にはしてもらえませんでしたが、それでも母親みたいになろうと思ったんです。だから葉月君のことを気に掛けてきました」

「母親みたいに……確かに、いろいろと構ってくれてましたね」

「はい。そうして近くから見守る中、葉月君は子供とは思えないほどに頑張っていました。それが、自分の両親を殺した殺人鬼を作り出した組織を捕まえるためとはいえ、普通はそこまで頑張れません。ましてや、一人でどの任務でも結果を出してきました。今の私は純粋に葉月君を尊敬しているのですよ。だから、私はあなたを特別扱いしているのです」


 尊敬……。

 塩宮さんのような出来るお姉さんにそんなこと言われるなんて凄く嬉しい。

 ただがむしゃらに頑張ってきただけなのに、塩宮さんの目にはそういうふうに映っていたのか。


 もちろん、元から贔屓目に見ていてくれたからこそだろう。

 だけどそれでも嬉しい物は嬉しいのだ。


「恐縮です。期待に応えるためにも頑張らないとですね」

「私をダシにして続けようとするのは駄目ですよ?」


 俺が笑顔で立ち上がると、ガシッと腕を掴まれてしまった。

 くそ、この流れならいけると思ったのに。


 それから俺たちは一時間ほど休憩して再度監視カメラの映像を見始めた。

 そして、三十分ほどしてやっと俺は小さなほころびを見つける。


「見つけました」

「……何を?」

「映像の繋ぎ目です。ほんの一瞬ですが、ここから映像が切り替わっています」


 俺がそう言うと、周りで見ていた組織のみんなが一斉に映像を何度も見返す。

 しかし、全員が首を傾げた。


「わかるか?」

「いえ……」


 室長の言葉に塩宮さんが首を傾げる。

 まぁ普通に見ているだけじゃあわからないよな。


 俺はパソコンを操作し、映像を超低速で再生する。

 すると、肉眼でもわかるレベルで映像が一瞬真っ暗になった。


「本当だな……。ということは、ここから後の映像は偽物か」

「いえ、それは違うと思います」

「なんだと……?」


 俺の言葉に室長は眉を顰める。

 確かにここから映像が切り替わっているのなら、ここから後が全て偽物だと考えるのが普通だ。

 

 しかし、よく考えてみるとそれはおかしくなる。

 俺の予想では一つ目のカメラでこの映像の途切れは生まれるはずだったのだ。

 監視カメラを巻き戻しに追って行くことで、この誘拐された女の子の映像が合成される瞬間がどのカメラにもあり、合成されなくなったところからが本物の映像だと見分けるつもりだった。

 だけど、ここまでのカメラには映像が切り替わった部分はなかった。

 俺の見落としという可能性も一応はあるが、何台も連続して見落とすとは考えづらい。


 つまり、この後に映る監視カメラの映像も本物なのだ。


 しかし、それだとどういうことだ?

 この映像の繋ぎ目がある場所より後に攫われたわけじゃないのだろうか?


 俺は一人黙り込んで考え始める。

 それを室長たちは邪魔にしないように黙って見つめていた。


 それに、もう一点不可解な点があった。

 というのも、この後に続く偽物の映像は上書きされているだけで、組織が持つソフトで元の映像が復元できたのだ。

 これほどまでに証拠を一つも残さなかった奴が、映像を復元できるように残していくのか?


 ありえない。

 少なくとも俺なら絶対に元の映像は復元できないようにしておく。


 そして――。


「――なんだ、これ……」


 復元した元の映像を見ていた室長たちは思わずそう漏らす。

 というのも、犯人と思わしき人影が誘拐された女の子を連れ去る映像がくっきりと映っていたのだ。

 しかも、バッチリと監視カメラに視線を向けた状態で。


 これは監視カメラがあることに気付いていなかったんじゃなく、わざと映る位置で攫ったんだ。

 それどころか、わざとこの映像を残しこちらに何かしらのメッセージを残している。


 自分はここまで正体を晒しても捕まらないという挑戦的なメッセージなのか、それとも――。


「舐めやがって……! おい、すぐさまこの顔の人物を突き止めろ!」

「室長、無駄ですよ」

「なんだと!?」

「この顔は変装で作られた偽物です」

「どうしてそんなことがわかる?」

「この数十秒後に誘拐された女の子が普通に歩く映像が映っているでしょ? それは合成された映像ではなく、本物です」

「どういうことだ……?」

「つまり、この誘拐犯が誘拐された女の子に変装して撮った映像なんですよ。だからここまで映像に合成された跡となる繋ぎ目がなかったんです」


 数十秒で誘拐された女の子に化けるなどどんな神業なのか。

 一つわかるのは、元々この子をターゲットに据えて念入りな準備が行われていたということだ。

 そうじゃないと完璧に化けるなどできるはずがない。

 そして、そこまで準備した奴が監視カメラを見落とすなんて絶対にありえないだろう。


 ましてや後にこの監視カメラに細工をしているわけだしな。


「この動き、人間の動きじゃないな……」


 室長は止めていた映像を動かし、その後の犯人の動きを見てそう呟く。

 犯人がわざわざ映像に残した理由は、この動きを俺たちに見せたかったからだろう。


「地図を持って来てください」

「何をするつもりだ?」

「犯人が根城としている場所の候補を出します。そのためにも、手が空いている人は残りの二人が誘拐された映像を復元ソフトにかけてください。必ずどれかに復元できる映像があるはずです」


 これはいわば犯人からのメッセージ。

 俺たちがどの映像を探るかわからないのだから、たまたま一つに映像を残したということは考えづらいだろう。

 必ず他の二人の映像にも同様の物が残っているはずだ。


「お前は何処に行くつもりだ?」

「服を戦闘服に着替えてきます。どうやら向こうもそれがお望みのようですからね」

「……わかった、それしかないだろうな」


 この犯人とやりあえるのは俺だけ。

 それを理解しているからこそ、頑なだった室長があっさりと許してくれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る