第17話「攫われた彼女」

 そんなふうに事件に関して何も進展がないまま、三週間が経った。

 その間俺がしていたことといえば、穂乃香を見守ったり彼女と遊びに行ったりしていただけだ。

 時々朝凪さんからの呼び掛けがあり、四人で遊びに行ったりもした。


 穂乃香は二人きりがいいみたいで最初の頃はいい様子を見せなかったけれど、朝凪さんの人柄があってか段々と仲良くなっているように見える。

 お店で買ったデザートを二人で仲良く分けあう姿も見えたし、朝凪さんのコミュ力は恐るべきものだろう。


 そして事件に関しては、行方不明者が出なくなったままなので犯人たちは完全に手を引いたと組織は判断をした。

 その考えには俺も同意で、もう新たな行方不明者は出ないだろうと踏んだのだ。


 しかし――この判断を、俺は後悔することになる。



          ◆



「は? 連絡が急に取れなくなった?」


 休み明け、登校するなり血相を変えて駆け寄ってきた柊斗の言葉に俺は眉をひそめる。


「そうなんだよ! 日曜日から梓ちゃんと急に連絡が取れなくなって……!」

「落ち着け。家族の人には連絡を取ったのか?」

「それが、梓ちゃんの両親は仕事で外国に行ってるらしいんだ。それに梓ちゃん、こっちに引っ越してきたばかりだし……」


 両親が外国に仕事で行くのに、わざわざ一人で引っ越してきたというのか?


「それでさ、家に行ってもいないみたいなんだ! もう丸一日以上連絡取れてないんだけど、こんなこと初めてでどうしたらいいかわからないんだよ!」


 一瞬頭に浮かんだ疑問について考えようとするも、目の前では必死な様子で柊斗が頭を抱え始めたのでとりあえず置いておくことにした。

 クラスメイトたちは普段とは違う柊斗の様子に固唾を飲んでこちらを見つめている。

 よく問題発言ばかりする柊斗ではあるが、決してクラスで嫌われているわけではない。

 むしろ愛すべき馬鹿とでも言いたくなるような立ち位置に居る奴だ。

 だからこんなふうに取り乱せばみんな心配をしてくれる。


「家族が今はいないなら安否の確かめようがない。だからまずは警察に連絡だ。そして探してもらうしかないだろ」


 冷たい言い方かもしれないが、下手に柊斗に動かれるのは困る。

 こいつなら平気で廃ビルまで探しに行きかねないからな。

 普段ならそこまで気にしないが、今回の事件は関わっている相手が厄介そうだ。

 だから柊斗を関わらせたくない。


「わかった。……でも、もし梓ちゃんに何かあったら、俺……!」

「お、おいおい、だからって泣くなよ! 大丈夫だって! きっと電波が届かないところに遊びに行ってるだけだろ!」


 急に泣き始めた柊斗に俺は戸惑ってしまう。

 柊斗が泣くところなんて初めて見た。

 それだけ朝凪さんのことが好きで、そして彼女がいなくなったことに休みの間ずっと悩んでいたのだろう。

 おそらくかなり精神的に追い詰められているはずだ。


 ……うん、もう手段を選んでいる場合じゃないな。


 俺は泣き崩れる柊斗のことを慰めながら、自分が取るべき行動を決めた。


『――は? 捜査に加えろだと?』


 昼休み、一人屋上に来た俺は組織専用のスマホを使って室長に電話をしていた。

 このスマホは盗聴防止がされており、また、組織からはこちらの位置がわかるようになっている。

 基本組織と連絡を取る時はこのスマホを使う事がルールで定められていた。


「はい、そうです」

『駄目だ。お前はお前のやるべきことをしろ』


 塩宮さんの態度からなんとなく察していたけれど、やはり組織は今回俺を捜査に加えたくないようだ。

 手掛かりが一切掴めない――だからこそ見えてくる敵の姿もある。

 この数週間で組織は相手が俺を狙っているあの組織・・・・の可能性が高いと判断したみたいだ。


 まだ犯人がわかったわけではないが、こうなってくるとやはり塩宮さんの勘通りだったのかもしれない。


「このままやっていても手掛かりが掴めないのでしょう? 俺を捜査に加えて下さい」

『らしくないな。お前は組織の判断なら従うという奴だっただろ? 何をそんなに焦っているんだ?』

「……知り合いが誘拐された可能性があります」

『何!? 本当かそれは!?』

「俺とよく一緒にいる奴の彼女です。どうやら誘拐犯はまだ動いていたようですね」

『だからお前を入れろ、か。確かにこれ以上被害者が出るのは避けたい。いよいよ誤魔化しが利かなくなってくるからな』


 ここまで誘拐された三人は、表沙汰にならないように手が回されている。

 しかしこれ以上人数が増えればそれも難しくなり、かなりの混乱を生むことになるだろう。

 室長はそれを危惧している。


『しかし、いいのか? 相手が動き出したのならそれこそ彼女の傍にいたほうが安全だろ?』

「いえ、もうここできっちり終わらせないとまずいと俺は思います。ただ、確かに穂乃香の身は絶対に守りたいので、腕が立つ人間二人を彼女の護衛に回してください。それなら俺も心置きなく捜査に集中できますので」

『お前な、勝手なことばかり言うなよ? そもそもお前を捜査に加えるつもりはない』


 うん、頑固だな。

 余程今組織に余裕がないのがわかる。


「だったら、監視カメラの映像だけ提供してください。それで十分です」

『何かわかっているのか?』

「いえ、見てみないことにはわかりません」


 見てみないことにはわからない。

 そこは変わらないけれど、一つ気になる点があった。

 だからそこを確認したいと思う。


『…………一つ約束しろ。勝手な行動はとるな、絶対にだ』

「では――」

『ここで拒否したところでお前は自力で映像を手に入れるだろ? だったらこちらの監視下においた状況にしておいたほうがいい』

「俺は容疑者扱いですか……」

『普段は指示に従うが、今回のように場合によっては平気で突っ走るからな、お前は。氷ちゃんに監視させるから絶対に突っ走るなよ?』

「わかりました、大丈夫です」


 凄く渋られたが、なんとか室長の許可を得ることができた。

 塩宮さんの監視が付くため無茶はさせてもらえないとこが厄介だが……。


 まぁあの人のことだ、俺が真剣に頼めば目を瞑ってくれるかな。

 穂乃香の護衛に二人回してもくれると約束してくれたし、この事件にケリをつけるために全力で捜査に当たろう。


 そしてまた、笑って穂乃香と二人だけのいちゃつき生活をしたいものだ。


「――あっ、いた……! もう、穂乃香おいていくのだめ……!」


 屋上から出ようとすると、頬を膨らませた穂乃香が俺の前に現れた。


「穂乃香? わざわざ探しに来てくれたのか、ごめんな」

「んっ。何してたの?」

「いや、なんでもない。それよりもお昼にしよう」

「…………? 今日も、がんばって作った」


 穂乃香は俺の言葉に首を傾げたけれど、特に何かを言ってくることはなく嬉しそうに二つのお弁当箱を取り出した。

 今日も彼女の手作り弁当だ。


「ありがとうな」

「んっ」


 お礼に頭を撫でると、穂乃香は嬉しそうに目を細める。

 こうして頭を撫でると猫みたいな反応を見せるのでとてもかわいい。

 本当はずっとこんな時間を過ごしていたい。

 だけどこの腐った世の中はそんなことさえも許してくれないのだ。


 だから、早くこの事件を俺の手で終わらせよう。


 俺はかわいい彼女の頭を優しく撫でながら、心の中でそう強く決意を固めるのだった。

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