第16話「諸刃の剣」
それからは柊斗たちと別れ、純恋ちゃんが望むままにペットショップで仔猫たちを
途中純恋ちゃんが色々と物を欲しがったので買ってあげると、俺の腕に抱き着いていた穂乃香がその度に『ロリコン』と呼んできた。
全く、酷い誤解でしかない。
結局穂乃香の機嫌は直らないままで、日はすっかりと落ちてしまった。
「すぅ――すぅ――」
デート帰り、純恋ちゃんは遊び疲れて俺の腕の中で寝てしまっていた。
仔猫を前にした時に大はしゃぎをしていたし、体力が尽きてしまったのだろう。
幼い子の寝顔はとてもかわいいので反則だ。
「ロリコン……」
純恋ちゃんの寝顔を眺めていると、頬を膨らませていた穂乃香が白い目を向けてきた。
「あの、穂乃香? まだ言うのか?」
「ロリコンはロリコン」
「だから違うってのに……」
どうして信じてくれないのだろうか?
ずっと拗ねているし、全然聞く耳を持ってくれない。
「むぅ……」
そして、グイグイと俺の服の袖を引っ張り始める始末。
多分構えとアピールしているのだろう。
今日一日全然相手をしてやれなかったから仕方ないのだが……。
「明日も遊ぶから、それで機嫌直してよ」
仕方がないので、俺は優しく穂乃香の頭を撫でる。
すると、穂乃香は上目遣いに俺の顔を見上げてきた。
「明日はちゃんと穂乃香と二人きりで遊んでくれる……?」
それは、縋るような目で発せられた言葉。
甘えたそうな表情をした穂乃香は、グッと顔を俺の腕に押し付けてこちらを見上げてきている。
こんな表情をされれば大抵の男はすぐに落ちてしまうだろう。
「もちろん。明日はちゃんと二人だけで遊ぼうな」
「んっ……!」
俺が頷くと、やっと穂乃香は笑顔を見せてくれた。
やっぱり彼女は笑顔が一番だ。
それに、この笑顔を見せてくれるのは俺だけだと考えるととても嬉しく感じる。
どうやら俺は独占欲が強かったらしい。
その後、穂乃香の家まで穂乃香たちを届けた俺は最近野宿しているビルの屋上へと向かった。
穂乃香の両親は晩御飯を食べていけとか、泊まっていけと言ってくれたけれど、さすがに照れ臭いので遠慮しておいた。
それに、悠長にしているわけにもいかないしな――。
◆
「――どう思いますか?」
夜、いつも通り穂乃香の部屋を見守っていると、夜食を届けに来てくれた塩宮さんが声をかけてきた。
「尻尾すら掴めないこの状況のことですか?」
「そうです。いくらなんでもおかしいと思いますよね?」
「ですね。どうして手掛かりが一つもないのか理解できません」
普通こういった誘拐事件が起きた時、街中に設置されている防犯カメラを使って誘拐された人間が通った道を割り出し、その人間が監視カメラに一切映らなくなったところから攫われた位置をある程度は割り出せる。
他にも、監視カメラに映っていた車などから犯人を割り出すことすらできるはずなのだ。
それなのに今回は誘拐された位置すらわからない。
監視カメラの映像を見ても、被害者が誘拐された日は問題なく監視カメラの道を通っており、中にはちゃんと家に帰っている映像がある者もいる。
怪しい車も映っていないし、どこでいつ誘拐されたのかが本当にわからないらしい。
昨今いろんなトラブルが起きることから秘密裏に街中に監視カメラは仕掛けられているのだが、さすがに街全部が映るようにはなっていない。
そのせいで死角が出来て重要なことを見落としているのだろうか?
俺自身が映像を見たわけではないので、正直そこに関してはなんとも言えない。
「俺が映像を確認しましょうか?」
さすがにここまで進展がないと俺も黙って見ていることには思うところが出てくる。
しかし、塩宮さんは首を横に振った。
「監視カメラの映像を追うということはかなりの長時間作業になります。葉月君に見てもらえば確かに何かわかるかもしれませんが、あなたの負担が酷いことになるではありませんか」
「制御をかければ大丈夫です」
「ですが、それでは……」
俺の言葉を聞くと塩宮さんは言い辛そうに視線を俺から逸らす。
大した成果が見込めない、そう言いたいのだろう。
確かに制御をしてしまえば他のメンバーが見ているのと大して変わらない。
だから俺は当然確認をする際は制御をするつもりはなかった。
その分、時間は限られるのだが。
「駄目ですよ?」
「何も言ってませんよね?」
「制御するとか言いながら、制御するつもりはないのですよね?」
あぁ、やっぱり付き合いが長いだけあって、俺の考えは読まれているか。
さすがに塩宮さんには隠しごとは通じないな。
「前にも言いましたよね? 万が一の場合は葉月君のお力が必要になります、と。それなのに無理をされたらかないません。あなたの力は言わば諸刃の剣なのですから」
諸刃の剣、か。
ちょっと中二病みたいな表現だなとは思うが、実際その通りだ。
俺が本気を出せば体にかなりの負荷をかけてしまい、終いには再起不能になると言われている。
だから滅多に本気を出すことはないし、出しても数分程度なのだ。
「任務のためなら命をかける覚悟はできていま――いってぇ!」
自分の覚悟を伝えようとした最中、なぜか思いっ切りゲンコツをされてしまった。
まさか塩宮さんに手を出されるとは思っていなかったので、完全に油断をしていた。
そういえばこの人は元現場のエリートだった人だ。
今は引退したとはいえ、気を抜いた相手に気付かれぬよう一撃を喰らわせるのはお手のものだろう。
うん、まじで痛い。
結構本気で殴ったな……この人。
俺は若干涙目になりながら塩宮さんの顔を見る。
すると、塩宮さんはかなり怒ったような表情をしていた。
「子供が簡単に命をかけるとか言うものではありません。ましてやあなたにはやるべきことがあるのでしょう? それを成し遂げずに終えてしまっていいのですか?」
どうやら、俺が命をかけるつもりでいるというのが塩宮さんの怒りを買ってしまったらしい。
組織に所属する以上皆同じ覚悟をしているはずなのに、ここで俺だけ怒られたのには少し納得がいかなかった。
「その目的を果たすためには命をかける必要があると思うのですが……」
「それはそれ、これはこれです」
「えぇ……」
いつも理論的で冷静な判断をする塩宮さんにしては珍しい言葉だ。
というか、理不尽である。
「それにかわいい彼女さんができたのでしょ? 葉月君がいなくなると彼女さんは凄く悲しむと思いますよ? いいのですか、それで?」
「…………ずるいです。そんなこと言われたら、いいって言えるわけないじゃないですか」
一瞬俺が死んだと知った時に泣きじゃくる穂乃香の顔が脳裏にちらつき、俺は渋々そう答えるしかなかった。
穂乃香を泣かしたくない。
それは今も昔も変わらないからだ。
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