第15話「怒った幼女は強い」

「あれ、なんか修羅場ってる?」


 俺たちの様子を見て、端的にそう朝凪さんが評してくれた。

 いや、くれたというのもおかしいが。


 現在穂乃香と純恋ちゃんが揉め合っているというか、俺にしがみ付く純恋ちゃんを穂乃香が引き離そうとしているので、そう見えても仕方がない。


「えっと、別に気にしないでくれ」

「とはいっても、気になるよね?」

「というか、美少女二人に取り合いされている葉月が気に入らない」


 小首を傾げながら同意を求めた朝凪さんに対して、不満気な表情で柊斗が俺に対する文句を言う。


 なんだろう、なんでこいつ嫉妬の目を向けてきているんだ?

 というか美少女二人って、この幼い純恋ちゃんも柊斗の中で恋愛対象みたいな感じになっているのか?

 いや、それは普通にドン引きなのだが。


「おい、なんでゴミを見るような目で俺のことを見てくるんだよ!?」

「いや、だってさ……」

「うん、今のは柊斗君が悪いと思う」


 俺が物言いたげな視線を送ると、朝凪さんも俺の気持ちに同意をしてくれた。

 前から薄々思っていたことなのだけど、この子と俺の思考は少し似ている気がする。

 なんというか、意見がよく合うのだ。


「梓ちゃんまで!? は、葉月、お前のせいで変な疑いをかけられているじゃないか……!」

「いや、俺何も悪くなくないか?」


 ただ単に柊斗が変なことを言ったせいじゃないか。

 後、朝凪さんはやっぱり人がいいのか俺と違って全く引いている様子はないのでそこまで怒らなくてもいいと思う。


「「…………」」


 そうしていると、朧月姉妹が黙り込み、ジッと二人して柊斗たちを見つめる。

 穂乃香はともかく、感情豊かだった純恋ちゃんまで無言で見つめ始めるとは、やっぱり姉妹だけあって似ているのか?


「おいおい、なんか凄く熱い視線を受けてるんだけど、これは俺にモテ期がきたのか……!」


 そして何を勘違いしたのか、穂乃香たちの視線を自分に都合よく受け止めてしまう柊斗。

 あれだな、こいつのこの性格は逆に凄いとすら思い始めたぞ。

 隣に彼女である朝凪さんがいるのなら普通にそんな発言はしないだろうに。

 というかこれ、他の人間からクズだと言われても仕方がないレベルだ。


 俺は恐る恐る朝凪さんを見てみる。

 するとやはり彼女は、にっこぉととても素敵な笑みを浮かべていた。


 あぁ、もう。

 こうなる気がしたんだよ、話し掛けられた時から。

 さすがにこのまま別れると柊斗たちの今後が心配になる。

 だけど、今の穂乃香にこれ以上我慢をさせていいのだろうか?

 それはそれでこちらの関係性が危うくなってくる気がする。


 そう思った俺はチラッと穂乃香の顔を見てみた。

 すると、丁度穂乃香も俺に視線を向けてきたところだった。

 やっぱり俺がどうしたいかわかっているのか、その目はこの後の展開に悲観しているように見える。


 その表情を見て、俺はどうするかを決めた。


「ごめん、この後行くところがあるからさ、俺たちはもう行くな」


 今回、俺は穂乃香の気持ちを優先することにした。

 あまり穂乃香に我慢をさせたくないのと、彼女のことを優先したいと考えたからだ。

 それに前の遊園地デートのことを考えるに、この後俺たちが何もしなくても朝凪さんの機嫌はすぐに直る可能性が高い。

 だったら、わざわざフォローのために一緒に行動しなくてもいいだろう。


「あっ、それはいいんだけど――よかったらさ、私たち四人でグループチャット作らない?」


 いったいどういうつもりなのか、俺たちが行くことを伝えると、朝凪さんは機嫌を直してグループを作ろうと言い出した。

 フレンドリーな子だとはわかっていたけれど、目的が見えない。


「おっ、いいじゃん! 作ろう作ろう!」


 そしてそれに乗るように柊斗はスマホを取り出す。

 こいつの場合はただ単に穂乃香の連絡先が欲しいだけだろう。


「いや、俺も穂乃香もそんな他人とチャットするタイプじゃないからさ、やめておくよ」


 さすがにそこまで仲良くないのにこの申し出を受け入れるわけにはいかない。

 ただ単に仲良くしたかっただけかもしれないが、こういうのは変に気を遣うことになってしまう。

 穂乃香はそういうの苦手だし、ここは断るのが一番だった。


 しかし――。


「そっかぁ……」


 俺が断ると、朝凪さんはシュンと肩を落としてしまった。

 それにより、無垢な純恋ちゃんが物言いたげに俺の顔を見つめてくる。


「はーちゃん、いじめ、だめ」


 どうやらこれも、純恋ちゃんから見るといじめに見えたらしい。

 全然いじめたつもりはないのだけど、朝凪さんの態度からそう思ってしまったのだろう。


「純恋ちゃん、これはいじめじゃないよ?」

「めっ……!」

「…………」


 あぁ、これは厄介だ。

 幼いゆえに一度思い込んだことは中々解消できないらしい。

 説明をしようとした俺に対して駄目だと怒ってきた。

 幼女に怒られるなんて初めての経験だ。


 そして柊斗よ、お前何だらしない笑顔をしてるの?

 もしかしてあれか、今の純恋ちゃんがかわいかったからその笑顔なわけ?

 ヤバい奴にしか見えないんだけど。


「純恋、はーちゃんって呼んだらだめ。にぃにって呼んで」

「なんでぇ?」

「いいから。そう呼ぶものなの」

「むぅ……はぁい」


 俺が柊斗に引いていると、何やら穂乃香は穂乃香でマイペースに俺の呼び方を修正させていた。

 この子は本当にマイペースだ。

 柊斗たちに興味がないんだろうな。


 ただこれは、おかげで純恋ちゃんの怒りから逃れたかもしれない。


 ――と思ったのだけど、人生そう甘くはなかったらしい。


「にぃに、めっ……!」


 俺の呼び方を改めた純恋ちゃんは、なぜかもう一度俺に怒ってきたのだ。

 おそらくまだ朝凪さんがショックを受けた態度をしていたからだろう。

 結局、俺は純恋ちゃんの機嫌を直すためにグループチャットに参加するしかないのだった。

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