第13話「ちび穂乃香」
「今日も、デート……!」
付き合い始めてから新たに迎えた休日。
家から出てきた穂乃香はとても嬉しそうにしており、興奮からか頬を赤く染めていた。
そんな穂乃香は俺の元に駆け寄ってくるなりすぐに俺の手を握ってくる。
相変わらず甘えん坊な彼女だ。
未だに組織は誘拐犯を捕まえるどころか、手掛かりの一つさえも掴むことができていなかった。
はっきり言ってこれは異常だ。
うちの組織の人間が一週間近くかけても何一つ情報を得られないなんて今までほとんどなかった。
それこそ、厄介な組織を相手どる時くらいだ。
まさか、本当にこの事件には大きな組織が関わっているというのだろうか?
わからない。
そしてもう一つ疑問があるのは、組織が動き始めた日から誘拐が行われなくなったということ。
必要な人数を集め終えたということなのか、もしくは攫われた三人だけ狙っていたのか、どういった理由があるのかわからない。
もしくは警察が大きく動き始めたのを察して手を引いたとかだが――いずれにせよ、動きがなくなったせいで尻尾を掴みづらい状況となってしまっていた。
正直、このままではまずいということを勘が告げている。
何か腑に落ちない違和感があるのだ。
だから俺はもう本当に穂乃香から離れるつもりはなかった。
今日のデートだってその建前だ。
全く、できれば何も気兼ねなくデートを楽しみたいというのに、本当に厄介なことになってくれたな。
俺は心の中でだけそうぼやき、笑顔で穂乃香に話し掛ける。
「今日はどこに行きたい?」
「んっ、はーちゃんとならどこでもいい」
穂乃香はそう言うと俺の腕に頬をくっつけてきながらこちらを見上げてきた。
甘えたそうな目をしているというか、甘やかせと求めているような目だ。
俺はかわいいことを言ってくれる彼女の頭を優しく撫でる。
すると穂乃香はまるで仔猫のような表情で気持ち良さそうに目を細めた。
あぁ、もう。
本当にかわいくて仕方がないな。
俺は思わず緩みそうになる頬を必死に我慢しながら穂乃香の頭を撫で続けた。
「じぃーっ」
ん?
何か視線を感じる。
そう思って視線を感じるほうを見ると、穂乃香の家の扉が小さく開いていた。
そして、四歳くらいのかわいらしいパジャマ姿の女の子がジッと俺たちのことを見つめている。
あれだ、『ちび穂乃香』とでも呼びたくなるほど穂乃香を幼くしたような子だ。
端的に言ってとてもかわいい。
そしてちび穂乃香はなぜか俺の元へと駆け寄ってきた。
「だぁれ?」
おそらく姉である穂乃香が知らない男に撫でられているのが気になったのだろう。
いや、もっと言うなら、普段表情の変化が少ない穂乃香がここまでだらしない笑みを浮かべているのが気になったのかもしれない。
「す、
「おきた。ねぇね、だぁれ?」
純恋という穂乃香の妹は、俺のことを指さしながら誰かと穂乃香に尋ねた。
そして無垢な表情で俺の顔を見上げてくる。
その表情は面白い物を見つけたとでも言いたげな表情だった。
穂乃香とは違って表情豊かな子らしい。
「この人はね、はーちゃんだよ」
「はーちゃん? あっ、はーちゃん……!」
純恋ちゃんはその名に心当たりがあったのか、得心が言ったように笑みを浮かべる。
そしてギュッと俺の足に抱き着いてきた。
「えっと……?」
状況が呑み込めず俺は穂乃香へと視線を向ける。
しかし穂乃香は俺を気にしている余裕がないのか、幼い妹のことを俺から引き離そうとしていた。
「純恋、だめ……!」
「やっ……! はーちゃんとおはなししたい……!」
「だめ、手を放して……! はーちゃんはこれからお姉ちゃんと遊びに行くの……!」
「ねぇねだけずるい……! すみれもいく……!」
なんだろう、よくわからないけど少しカオスなことが起き始めた。
この後は普通に穂乃香とデートに行く予定だったのに、なんだか知らないけど朧月姉妹による争いが始まっている。
おかげで穂乃香の両親が家から出てきたくらいだ。
「――いやぁ、久しぶりだね、葉月君? 元気にしてたかい?」
お茶を俺の前に置くなり、目の前に座る中年男性――穂乃香の父親がとてもいい笑顔で話し掛けてきた。
その隣では穂乃香の母親が笑顔で俺の顔を見つめている。
あの後穂乃香の両親に見つかった俺は、そのまま家の中へと通されたのだ。
おかげで、デートが潰れてしまったことにより隣に座る穂乃香は頬を膨らませて拗ねていた。
机の下でギュッと俺の手を掴んでいるのはこの状況による不満をアピールしているのだろうか?
後でちゃんと宥めないといけないだろうな。
「お久しぶりです。すみません、中々ご挨拶にこれなくて」
俺は穂乃香の父親に愛想笑いをしながら挨拶をする。
この人と会うのは小学生以来だ。
優しい人だったことは覚えているけど、彼女の父親ということと久しぶりに話すということで若干尻込みしてしまう。
「いや、いいよいいよ。葉月君が大変だったのは知っているからさ」
「そうね、元気でいてくれてホッとしているわ」
二人は過去に俺に起きた事件のことを知っている。
とはいっても、事実をひん曲げた内容を知っているだけなのだが。
だけど俺に不幸が起きたことをわかっていることには変わりない。
まぁ
「ありがとうございます。それで、えっと……」
「あぁ、穂乃香とのことかい? 大丈夫、ちゃんと穂乃香の口から聞いているから心配はいらないし、反対をするつもりもないよ。むしろ喜んでいるくらいさ」
俺が言い辛そうに穂乃香に視線を向けたことで、何を言いたいのかを察してくれたらしい。
どうやら俺と穂乃香の関係は両親公認の仲になっているみたいだ。
反対されるよりは断然いいのだけど、穂乃香の両親に関係が筒抜けになっているところは素直に喜べない。
後で穂乃香にはしっかりと口止めをしておこう。
そうしないと俺たち二人でしたことさえポロッと言ってしまいそうで怖いからな。
両親に筒抜けとかもうそれは一種の拷問だ。
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそありがとうだよ。ところで、二人はこの後遊びに行く予定だったんだよね?」
「そうですね、ただ……」
俺は視線を自分の膝へと向ける。
するとそこには、つまらなそうな表情をして俺たちの顔を見上げていた純恋ちゃんがいた。
なぜか知らないけど、俺が椅子に座るなりすぐに純恋ちゃんは俺の膝の上によじ登ってきたのだ。
穂乃香が拗ねているのはこれもあるかもしれない。
純恋ちゃんは俺と目が合うなり構ってもらえると思ったのか、パァッと表情を明らめる。
先程までは自分は蚊帳の外で話をされていてつまらなかったのだろう。
「純恋、お姉ちゃんたちはこれから遊びに行くから、お母さんの元においで?」
「やっ……! すみれもねぇねたちとあそびにいくもん……!」
純恋ちゃんを俺の膝からどかそうとした穂乃香のお母さんの手は、バシッと純恋ちゃんの手によってはじかれた。
幼いからか頑固になっているようだ。
これからするのはデートなため、できれば純恋ちゃんにはここでお留守番をしてもらいたい。
そういう思いがあるからこそ、俺と穂乃香は今デートに行けないでいた。
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