第12話「寝顔を見られるのはご褒美」
「――あれ、戻らないのですか?」
塩宮さんは話が終わっても戻ろうとせず、お弁当を食べ始めた俺の顔をジッと見つめてきている。
まだ話があるのだろうか?
「実は、葉月君の仮眠をとる時間を作るためにも来たのですよ」
「どうしてそんなことを?」
「徹夜続きでは葉月君がもちませんよね? ですが、他のメンバーを今こちらに回すわけにはいかない。ということで、室長にお願いをして私が来ました」
俺が心配しないでいいようにか、塩宮さんはとても優しい笑みを浮かべて説明をしてくれる。
相変わらず見た目の割に優しい人だ。
「いや、しかし……塩宮さんもお仕事がありますよね?」
「作業調整も済ませております。昼間学校に行かないといけない葉月君と違って、私はお昼に寝ることもできますので気にしなくていいですよ」
「でも、そこまでして頂くわけには……」
いくら作業調整をしているとはいえ、塩宮さんの負担が増えることには変わりない。
ましてや彼女は数年前に現場を引退した身だ。
こんな現場仕事のフォローみたいなことをさせるなんて気が引けてしまう。
だけど、どうやら塩宮さんは譲ってくれるつもりはなさそうだ。
「今回大きな組織が関わっていた場合、葉月君のお力が必要になるかもしれません。その時に疲労によって本領が発揮できないなんてことになれば、笑い話で済みませんからね。ですから、気にしないでください」
「しかし――」
「いいですから、こういう時は大人に甘えてください」
俺がまだ否定しようとすると、塩宮さんに寝袋を押し付けられてしまった。
本当に仮眠を取れと言っているらしい。
確かに長丁場になるのであれば仮眠は必要不可欠。
その際に問題が起きないなんて確証はないのだから、代わりに見張りをしてくれるのはとても有難いことだ。
ここまで強引な塩宮さんは珍しいし、本当に嫌な予感がしているのかもしれない。
意地を張らずにここは塩宮さんに甘えたほうがいいか。
「わかりました、それでは申し訳ないですがお願い致します」
「はい、喜んで。……葉月君の寝顔を近くで見れるなんてご褒美ですしね」
「えっ、今なんと?」
喜んでの後に何かボソッと塩宮さんが呟いたのだけど、消費を最小限にするために
普段なら聞き逃すことなんてないんだけどな。
「いえいえなんでもないですよ。それよりも、時間がもったいないので寝てください」
「そうですか? とはいえ、まだ仮眠をとるのは早いと思いますけど……」
時刻はまだ23時を回ったところだ。
もう穂乃香の部屋からは電気が消えているため彼女は寝たのだろうけれど、見張りをしている側からすればまだ眠るには早い時間と言える。
最低でも2時くらいまでは起きておくべきだろう。
「むっ、早く寝ていいですのに……。いえ、この場合は葉月君とお話する時間が増えたと捉えるべきですか……」
何やらまた隣では塩宮さんがブツブツと独り言を言い始めている。
何を言っているのかは気になるけれど、今回は俺に対して話しかけているわけではなさそうなので聞かないほうがよさそうだ。
「わかりました、それでは情報収集のお手伝いをしますよ」
そう言って塩宮さんは持って来ていた鞄からパソコンを取り出して自分の前へと置く。
お弁当が出てきたり、寝袋が出てきたりと、この鞄はいったいどんな作りになっているのだろうか?
サイズの割に沢山物が入るようなので俺にも支給してほしいところだ。
「できれば早々に方を付けたいところですね」
「そうですね、葉月君の場合彼女さんのことが心配でしょうし」
「いや、穂乃香のことがなくても早く方を付けたいです。別に正義のヒーロー面をするつもりではありませんが、やはりこういったことをする連中は許せませんし、残されたご家族の心境も穏やかではないでしょうから」
確かに穂乃香も狙われるかもしれないという不安はあるが、それとこれとは話が別だ。
どんな奴だろうと悪事を働くならそれ相応の裁きをくださないと気が済まない。
ましてやそれで誰かが困っているというのなら許せるはずがなかった。
「葉月君のそういうところを私は素敵だと思いますよ。若いからこその考えかもしれませんが、君のような子がいてくれるだけで他のメンバーにも気合が入ります。皆さん、年下には負けたくないでしょうしね」
そう言う塩宮さんは室長の部屋では見せない人懐っこい笑顔を向けてきた。
この笑顔を普段からしていればきっといろんな男から声をかけられるだろうに、勿体ないなと俺は心の中でだけ思う。
口に出したりは決してしない。
塩宮さんなら笑って流してくれそうな気もするが、普通に考えて地雷を踏みに行くような発言だからな。
それに塩宮さんの場合いつも素っ気ない表情をしていても組織内では誘いをかけられているところを時々見る。
それでも彼氏がいないのは、彼女が相手を断っているからだろう。
まぁ塩宮さん凄く美人で仕事もできるから、きっと相手の理想像も高いのだろうな。
彼女がどんな人とくっつくのか少しだけ興味があった。
「気合が入るのは喜ばしいところなのですが、一部には血気盛んな人たちもいるんでそのことを考えると微妙ですね」
「あぁ、いつもムキになって葉月君に挑み、返り討ちにあっている人たちですか」
俺の言葉を聞いて塩宮さんは苦笑いをする。
どうやら俺と同じ人たちを思い浮かべているようだ。
「まぁ彼らの場合腕っぷしが自慢なわけで、捜査ではなくそちらを仕事にしていますからね。プライドというのもあるのでしょう。適当にあしらってくださって結構ですよ」
「止めてくださる気はないのですか?」
「ああいった人たちは痛い目に遭えばいいと思っていますので」
やっぱりこの人は俺以外にはとても厳しい気がするのは俺だけなのだろうか?
まぁ優しくしてもらっている身としては別に構わないのだけど。
その後俺たちは情報収集をしながら、俺が仮眠をとる時間になるまで適当な雑談をするのだった。
――ちなみに、今度からお昼のお弁当は穂乃香が作ってくれることを伝えたら、なぜか塩宮さんはとてもショックを受けていた。
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