第11話「裏で動く組織」

「――あれ、桐一君だ! やっほぉ!」


 野宿の準備をして穂乃香の家を目指していると、前から来た活発な雰囲気のある女の子が声をかけてきた。


「朝凪さん? 珍しいな、こんなところで会うなんて」


 俺に声をかけてきたのは、柊斗の彼女である朝凪さんだった。

 一回しか会ったことがないのに平気で声をかけてくるなんて、見た目通りフレンドリーな子なのだろう。

 遊園地デートの時もよく喋っていたし、人見知りというのを知らないタイプの人間といえる。

 こういうところは柊斗と相性がよさそうだ。


「私結構散歩したりするんだよね。知らないところに行くのって楽しくない?」

「それはわかるけど、夜道で一人は危ないぞ? 言えば柊斗なら喜んでついてくるだろうに」

「え~、悪いよ。こんな何もしないでブラブラと歩くことに付き合わせるなんて」


 何もしていなくても一緒にいるだけで楽しい。

 柊斗ならそう言いそうだけど、朝凪さんは彼氏思いのようだ。

 だけど今、美少女が連続で誘拐されているというこの状況で朝凪さんに一人で歩かれるのは困る。

 彼女も美少女と呼べる子だからな。

 何かあってからでは手遅れだ。


「一人で歩くならせめて日が高いうちにしときなよ。柊斗だって心配すると思うぞ」

「は~い。意外と心配性なんだね、桐一君は」


 こちらの思いは伝わっていないのか、朝凪さんは軽い返事をして笑顔で流した。

 事情を知っていなければこんなものか。

 もう少し踏み込むことはできるけれど、あまり不確かな情報で心配をかけるようなことはしたくない。

 朝凪さんと仲がいいならともかく、今はただの柊斗繋がりの関係だ。

 不用意に俺が踏み込みすぎるのはよくないだろう。


「まぁあまり夜遊びはしないようにな」

「はいは~い。ところで、桐一君は今からどこに行くのかな?」

「俺は買い物だよ」

「買い物かぁ。家ここら辺だったんだ?」


 朝凪さんはコロコロとかわいらしい笑みを浮かべながら質問を続けてくる。


 なんだろうな、少し面倒だ。

 実際のことを言えば俺の家はここから近くない。

 だけどそんなことを正直に言えばわざわざ遠出までして何を買いに来たのかという話になってくる。

 そして逆に近いと言えば、今後その嘘がバレた時に俺たちの間で亀裂が生まれるし、どうして嘘をついたのかという話にもなってしまう。


 別にこれがただのクラスメイトの女子とかであれば、別に問題はなかった。


 しかし朝凪さんは柊斗の彼女だ。

 二人の間で俺の話題が上がるかどうか疑問だが、もし上がれば柊斗の場合ボロッと俺の住所を言いかねないからな。

 それでバレる可能性が高いという以上、ここは素直に答えておくか。


「いや、ちょっとほしい物がなくてここまで来ただけで、俺の家は駅が違うよ」

「へぇ、そうなんだ。何を買いに来たの?」

「内緒だ。男だから異性に知られたくない物もあるだろ?」

「ふふ、そうだね。じゃあこれ以上は聞かないでおくよ」


 何かを察したかのように余裕の笑みを浮かべて頷く朝凪さん。

 さすが柊斗と付き合っているだけはある。

 男の戯言など笑って流せるということか。


「じゃ、私はもう行くね~」

「あぁ、ばいばい」

「ばいば~い」


 朝凪さんは笑顔で俺に手を振って進んでいく。

 あそこまで他人と軽いノリで話せる女の子は凄いな。

 きっと学校でも人気者なのだろう。


 ……そう考えると、本当に柊斗と付き合っているのが謎だ。

 別に柊斗のことを悪く言うつもりはないが、彼女ならイケメンたちからでも引く手あまただろう。

 その中でわざわざ他校の人間である柊斗を選ぶなんて不思議なものだ。


 もしかしたら、駄目男を好きになってしまうタイプなのだろうか?

 そうであれば今後彼女は苦労するだろうな……。


 俺は一人そんなことを考えながら穂乃香の家を目指した。


「――護衛、といっても、実際にするのは見張りみたいなものなんだよな」


 俺は穂乃香の部屋が見えるビルの屋上を陣取ると、穂乃香の部屋を眺めながら一人呟いていた。

 昼間などは学校があるおかげで穂乃香と一緒にいられるけれど、さすがに夜ともなれば厳しい。

 穂乃香や穂乃香の両親なら泊めてほしいと言えば快く泊めてくれる気もしないではないが、さすがに長期間は無理だし、穂乃香とずっと一緒にいると俺の理性も持ちそうにない。

 だからこういうふうに離れたところで見張るしかなかった。


 このまま穂乃香の部屋を見続けてもいいのだけど、そんなすぐに問題が起きるとは思えない。

 そのため、組織から支給されている特製のノートパソコンで作業をすることにした。


「ネットでは、まだ特に騒がれているわけではないのか」


 俺は情報収集用に作っているSNSのアカウントで他の学生の呟きを覗き見てみる。

 行方不明となった少女たちと同じ学校に通っている生徒たちの呟きを見ているが、特に行方不明に関して呟いている生徒はいなかった。

 大方体調不良による休みとして学校に報告されているのだろう。


 しかし生徒間でも当然チャットアプリを使ってやりとりは行われるわけであり、メッセージに対する返事がなかったり、学校に長期間こないとなればおかしく思われる。

 隠せる時間はそう長くないだろうな。


 次に警察のシステムへと侵入し、何か有力な手掛かりがないかを探ってみる。

 だが、得られた物といえば既に組織が入手している情報ばかり。

 さすがに調べてすぐに出てくるような情報は組織が入手していないわけがない。

 知らなかった情報としては警察の捜査範囲くらいなものだろう。

 ただそれも、必要ないから教えてもらえていなかっただけだ。


 現場に赴けば何か手掛かりがあるかもしれないが、生憎今回の調査任務からは俺は外されている。

 担当外なのに出しゃばれば嫌がられるし、ここは他のメンバーを信じるしかないな。


「――精が出ますね、葉月君」


 パソコンを操作していると、背後から突然声をかけられた。


「塩宮さん? どうしてここに?」


 俺はいるはずがない人物が現れたことに首を傾げて尋ねる。

 室長の補佐が仕事のこの人が現場に出てくるなんてかなり珍しいことだ。

 いったいどうしたのだろう?


「お夜食を作ってきましたよ。まだご飯を食べていないのでしょう?」

「あっ……わざわざすみません」

「いえいえ、いいのです。これも私の仕事の一つですからね」


 そんな仕事は含まれてないだろうに、塩宮さんは笑顔でお弁当箱を渡してきた。

 腹が減ったら適当に準備する予定だったのだけど、これは有難い。

 保温機能が付いたお弁当だし、おいしい料理は活力へと変わるからな。


 しかし、どうやら塩宮さんはただお弁当を届けに来ただけはないようだ。

 俺の隣へと腰を下ろし、視線を灯りが付いている穂乃香の部屋と向ける。


「今回の事件、私は長丁場になると踏んでいます」

「組織が大々的に動いているのに、ですか?」

「勘なのですが……今までの事件は何かしらの手がかりが残されていることが多かったです。しかし先程もお伝えしました通り、今回は手掛かりが一切ありません。ここまでの完璧な手口、大きな組織が関わっているかもしれません。もしかしたら――」


 塩宮さんは珍しくも不安そうな表情である組織の名前を口にした。

 その名前を聞くなり、俺の心臓は大きく脈打ってしまう。


 それは、俺の人生を滅茶苦茶にし、幸せを奪い去った組織の名前だったからだ。


「考えすぎではないですか? 奴等なら金稼ぎのために誘拐なんて面倒なことをしないでしょう」


 俺は沸きあがる怒りを抑えながら、なるべく自然体を装って思ったことを伝える。


「お金稼ぎが目的だとしたら、そうだと思います。ですが……他に目的があるとすれば?」

「他に目的……。何か心当たりがあるのですか?」

「いえ、あくまで懸念しているだけです」

「ということは、室長には……」

「伝えておりません。不確定要素の情報は混乱などを起こしますからね。ですから、葉月君だけにお伝えに来たのです」

「わかりました、肝に銘じておきます」


 塩宮さんの勘は当たることが多い。

 しかもこういった悪い方向にこそよく当たる。

 確実じゃないから室長に報告する訳にはいかないが、頭には入れておいたほうがいいだろう。

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