第9話「クーデレ幼馴染の勘違い」

「はーちゃんのばか」


 昼休み――空き教室に現れた待ち人は、開口一番に俺のことを罵ってきた。

 頬を膨らませてとても不機嫌そうだ。


「予め言ってただろ? 学校では付き合っていることを知られたくないから距離を置こうって。穂乃香も納得してくれたじゃないか」

「違う、その話じゃない」

「あれ、違うのか?」

「んっ」


 コクりと頷く穂乃香。

 一々頷く仕草までかわいいと思ってしまうのは病気だろうか?


「だったら、なんの話に怒ってるんだ?」

「はーちゃんはえっち」

「はぁ!?」


 いきなり言われたありえない言葉に思わず大声を上げてしまった。

 だけど穂乃香の責めの視線は鳴りを潜めず、頬を膨らませた状態でクイクイと俺の服の袖を引っ張り始める。

 いったいどうしたというのか。


「はーちゃんには穂乃香がいる。だから、そういうのは禁止」

「そういうの?」


 意味がわからず聞き返すと、穂乃香の顔がかぁーっと真っ赤に染まる。

 そしておずおずと口を開いた。


「えっちなゲーム、禁止……」

 

 恥ずかしそうに言った穂乃香の言葉は俺が頭を抱えたくなるものだった。

 穂乃香が言いたいことはわかった。

 朝柊斗がエロゲーのことを口走ったせいで、俺もやっていると疑われているんだ。

 そして穂乃香という彼女がいるのだから、そういったゲームはするなと言いたいらしい。

 ゲーム相手に嫉妬する穂乃香は凄くかわいいのだけど、柊斗のせいで酷い風評被害を受けている。

 この誤解、早々に解決しないとまずいだろう。


「あのな、穂乃香――」

「はーちゃんがしたいなら、穂乃香はいいよ……? いつでも心の準備はできてるから……」


 溜息を吐いて後頭部をかきながら言おうとした言葉は、顔を真っ赤にしながらも意を決した表情をする穂乃香によって遮られてしまった。

 穂乃香の手は自分の制服のリボンを掴んでおり、シュルシュルと音を立ててほどき始める。


「待った待った!」


 さすがにこれはまずいと思った俺はすぐに穂乃香の手を掴んで止めさせる。


「我慢、しなくていい」

「だから誤解だって! あのゲームをしてるのは柊斗だけで、俺はしてないから!」

「そうなの……?」


 おそるおそる聞いてきた穂乃香に対して俺は勢いよく頷く。

 それを見て、穂乃香の目には涙が溜まり始めた。

 ワナワナと体を震わせ、自分がした勘違いによる恥ずかしさで身悶えているようだ。


「…………」


 そして無言で俺の胸へと自分の顔を押し付けてくる。

 恥ずかしくて顔を合わせられなくなってるのだろう。

 とんでもない勘違いからとんでもないことをしようとしたわけだし、穂乃香がここまで恥ずかしがるのも仕方がない。


 俺は優しく彼女の体を支えながら、空き椅子へと腰を下ろした。

 ゆっくりと腰を下ろした後は、意を決して穂乃香の体を自分の膝の上へと座らせてみる。

 すると穂乃香は凄く驚いたように俺の顔を見てきた。


「は、はーちゃん……」

「ごめん、嫌だったか? ネットで調べたら、彼女はこういうことをしたら喜んでくれるって書いてたんだけど……」

「うぅん、嫌じゃない……。これ、好き……」


 穂乃香はそう言うと、コテンッと自分の頭を俺の胸へと預けてくる。

 顔は真っ赤なままだから、先程の恥ずかしさを必死にこらえようとしているのだろう。


 だけど数秒後には、とても甘えたそうなかわいらしい目をしてジッと俺の顔を見上げてきた。

 素っ気なくて物事に関心がなさそうなくせに、意外と貪欲な彼女である。


「穂乃香の髪はさらさらしていて触り心地がいいな」

「んっ、お手入れ、がんばってる」


 優しく頭を撫でながら褒めると、自信ありげに穂乃香は頷いた。

 花のようないい匂いもするし、言葉通りお手入れにしっかりと気を遣っているのだろう。


 それに横向きに抱きしめている穂乃香の体は柔らかくて抱き心地もいい。

 ずっとこうしていたいくらいだ。


「穂乃香、こうしてるの好き」

「さっきも聞いたよ。気に入ってくれてよかった」

「んっ」


 あいかわらず穂乃香は猫が甘えるかのように頬を俺の胸へと擦り付けてくる。

 昔から甘えん坊だった子ではあるけれど、いつの間にか酷い甘えん坊に成長してしまったようだ。


 だけどそんな甘えん坊の幼馴染のことがかわいくて仕方がない。

 こんなかわいい彼女は俺にはもったいないくらいだ。

 もう室長から許しは得ているし、これからはちゃんと穂乃香のことを大切にしようと思う。

 それが俺の役目でもあるから。


「お弁当食べようか」

「んっ」


 あまりいちゃついているとご飯を食べる前にお昼休みが終わってしまうため、俺は鞄からお弁当を取り出した。

 これは塩宮さんが今朝届けてくれた手作り弁当だ。

 なんでも、成長期なのだから栄養管理に気を配る必要があるということで、高校に上がってからは忙しくない時限定で作ってくれている。

 塩宮さんの手料理はとてもおいしいので、塩宮さんのお弁当がある日のお昼休みは俺にとって一つの楽しみだった。


「あれ、手作り……? はーちゃんが作ってるの?」

「ん? いや、違うよ。知り合いの人が作ってくれてるんだ」

「女の人?」

「そうだな」

「…………」


 俺が正直に答えると、膝の上に座る穂乃香がまた物言いたげな目を向けてきた。

 どうしたのだろう?


「どうした?」

「…………明日から、穂乃香が作る」

「作るって、お弁当を?」

「んっ」

「穂乃香って料理できるのか……?」

「これ、穂乃香が作った。花嫁修業、ばっちり」


 穂乃香は自分の実力の証明なのか、色とりどりに作られたお弁当を見せてきた。

 確かに仕上がり状態を見ると綺麗に作られているので上手に見える。

 だけどあの穂乃香が料理ができるなんて思わなかった。

 むしろ真っ黒こげの料理を見せてきてもおかしくないのに……ちゃんと見えないところで頑張っているんだな。


「あ~ん」

「あの、穂乃香? 恥ずかしいから自分で食べるよ?」

「だめ、穂乃香が食べさせたい」


 俺が別の人にお弁当を作ってもらっていることが気に入らなかったのか、穂乃香は頬を膨らませながら自分のお弁当のおかずを箸で掴んで食べさせようとしてきた。

 意外と負けず嫌いなところもあるようだ。


 こうなった穂乃香が退かないことはよく知っているため、俺はもう諦めてあ~んを受け入れることにした。

 恥ずかしさがあるから渋々だったのだけれど、口の中に入れられたおかずを咀嚼した瞬間に広がった味によってそんなことはどうでもよくなってしまう。


「うまい……」


 あまりのうまさにそんな言葉しか出てこなかった。

 そんな俺の呟きを聞いた穂乃香は嬉しそうに頬を緩める。

 そしてもっと褒めろと言わんばかりに頭を差し出してきた。

 本当に甘えん坊の彼女である。


 この後は穂乃香に食べさせてもらいながら、俺も穂乃香に食べさせたりして、終始いちゃつきながらお昼休みの終了を迎えることになった。

 本当に穂乃香と一緒にいると幸せで仕方がない。

 今まで任務で荒んでいた心が癒され、俺はずっとこんな生活が続けばいいのにと思った。


 ――だがしかし、どうやら既に俺の背中には死神の鎌が伸びていたらしい。

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