第7話「私の葉月君」
――それから一時間ほど俺と穂乃香は柊斗たちと一緒に行動をした。
目的はもちろん朝凪さんの機嫌を直すためだ。
しかし、彼女は人がいいのかすぐに機嫌を直してくれた。
だから柊斗がいらないことを言わないように少しだけ見守った感じだ。
そして二人がいちゃつき始めたので、もう大丈夫だと思った俺と穂乃香は二人と別れた。
やはり折角のデートなのだし、二人きりで遊びたい気持ちがあるからな。
柊斗たちもそれは同じ気持ちだったのだろう。
別れると告げると快く送り出してくれた。
「また、二人きり」
二人だけになると穂乃香は嬉しそうな声を出した。
そして甘えたそうな目で俺の顔を見上げてくる。
本当にかわいくて仕方がない彼女だ。
「何に乗りたい?」
「んっ、観覧車」
「またなの?」
コクリ――。
恥ずかしそうに顔を赤く染めながらも、穂乃香は小さく頷いた。
それだけで何を求めているのかがわかる。
俺はかわいい彼女の望みを叶えるために、今日何度目になるかわからない観覧車を目指し、何度も乗っては穂乃香のことを甘やかし続けた。
――ずっと観覧車に乗り続けたせいで途中からは係の人に呆れられていたけれど、俺にくっついてくる穂乃香はとても満足そうだったのでこれでいいと俺は思うのだった。
◆
「ほぉ、随分と満喫していたようだな?」
翌日、報告書を作り上げて提出した俺に対し、室長がギロリと怒りの目を向けてきた。
一応嘘偽りなく書いたため、もう俺と穂乃香の関係は室長に知られたことになる。
まぁさすがに観覧車内でしていたことに関しては一切記載しなかったけれど、何度も何度もしつこく観覧車に乗っていたことは記載しているため、その中でいったい何をしていたのかは疑われているだろうな。
「お前、自分の立場というのをわかっているのか?」
「重々承知しております」
「だったらどうして彼女を作るんだよ!」
バンッ――!
怒りに任せて自身の机を勢いよく叩く室長。
それによりカップに入っていたコーヒーが机の上にこぼれ、置いてあった書類へとかかってしまった。
室長の机の上にある書類ということは重要な書類だったのだろう。
そんな物を汚してしまったということで室長の隣に立っていた、秘書兼室長の御目付役でもある眼鏡美人の
後でお説教は免れないだろうな。
……一応、立場的には室長のほうが上なはずだけど。
「それについては申し訳ないことをしたと思います」
「お前陰ながら幼馴染である彼女のことを見守るんじゃなかったのか! なんで堂々と付き合うことになるんだよ!」
「室長、生まれてこの方彼女が出来なかったからとはいえ、かわいい彼女ができた葉月君に嫉妬するのはやめてください」
俺が何かを言う前に、怒り狂う室長に対して空気を裂くような冷たい声が聞こえてきた。
その声を発したのは室長に冷たい目を向けている塩宮さんだ。
「嫉妬じゃない! 立場としての話をしてるんだよ!」
「葉月君のような子が自分の立場を理解していないわけがないです。きっとやむにやまれぬ状況だったのでしょう。少しは彼のことを信じてあげたらどうですか?」
「またそうやって
俺のことを庇ってくれた塩宮さんに対して、室長は若干怯えた表情を見せながらも俺のことについて怒った。
昔からそうなのだけど、自分にも他人にも厳しい塩宮さんはなぜか俺に対しては甘いところがある。
おそらく年下で唯一の学生だからだろう。
歳は二十前半なのにとてもしっかりとした人で、俺にとっては優しいお姉さんといった感じだ。
だけど室長にはとても厳しいので、室長は彼女のことを苦手としている。
――怒った塩宮さんは単純に凄く怖いしな。
「氷ちゃんとか呼ばないでください。虫唾が走ります」
「なんで君そんなに辛辣なの!? 俺君の上司だよ!?」
また始まった、と言わざるを得ないやりとりが室長と塩宮さんの間で始まる。
この二人はいつもそうだ。
若干このやりとりすら楽しんでいる節があるのは俺の気のせいだろうか?
とまぁ完全に俺から話題が逸れたことで少し手持ち無沙汰になってしまった。
一応室長の怒りを収めるための資料は用意してきたから早めに提出したいところなのだが。
俺は二人のやりとりが落ち着くのを少しだけ待つことにした。
「――それで、こっちが今回の本命です」
塩宮さんの言葉によって室長が言いくるめられた後、俺はもう一つ準備していた資料を室長に渡す。
「これは?」
「今回のアプリの出どころ、作成された経緯などを調べ上げたものです」
「たった二日で調べ上げたのか?」
「はい、必要かと思ったので」
「さすが私の葉月君。とても優秀ですね」
「「えっ?」」
「いえ、なんでもないです」
塩宮さんの言葉に違和感を覚えて室長と同時に首を傾げながら塩宮さんを見ると、彼女は感情を表に出さない無表情で首を横に振った。
うん、気のせいだったようだ。
ならば報告の続きをしよう。
「このアプリ自体には何も問題がありません。ただ、政府の過激派が関わっていることが気になります」
「また、あのおっさん連中か……」
俺の報告を聞き、室長は頭を抱える。
俺が所属するこの組織は政府非公認なわけなのだが、それには理由があった。
俺たちの調査対象が、怪しい組織だけでなく政府の人間もだからだ。
そして室長はこう見えて表向きは政府の関係者であり、お偉いさんに目をかけられている存在でもある。
だからこの組織を作る際に一チームを任されたのだろう。
ちなみに過激派とは自分たちの思い通りにするために手段を選らばない層のことを指している。
現在政府は過激派と穏便派に別れていて、この組織を作ったのは穏便派のお偉いさんだ。
この組織のことは穏便派の一部にしか知らされておらず、当然過激派は知らない。
だから非公認なのだ。
「それで、今回はどういった思惑があるんだ?」
「少子化が進行し続ける日本の今後を憂いて、学生のうちから積極的にカップルを作ろうとしているらしいです。そのテストを兼ねた試作だったみたいですね」
「というと、今後はもっと別の動きになるわけか?」
「最終的には政府が強制的に学生同士のカップルを作りあげるようです。ただ、強制というのは批判が当然あるということで、ならばなるべく自分の理想の相手とくっつけてやれば文句は少なくなるだろう。一部は理想とは違う相手になるが、多くの人間がこの案を肯定すれば一部の批判的な声などたかが知れている、だそうです」
「ほんっとうに、あのおっさん連中は……!」
再度室長が頭を抱えてしまう。
俺も同感だ。
いくら少子化が進んでいて問題になっているとはいえ、こんな強硬策を取られたらたまったもんじゃない。
「わかった、上には俺から報告しておく。ところで、どこからこの情報を仕入れた?」
「開発者本人や関係者ですね。やりとりの履歴なども全て確認しましたが、依頼元は過激派の息がかかった会社からで、そちらの人間にも裏を取りました。こちらの顔は見せておりませんし、声も変えております。また、今回のことを他言すれば――という脅しもしっかりとかけておきました」
相手の個人情報は全てこちらが握っている。
もちろん、相手が悪でない以上実際に何かをすることはほとんどないのだが、脅しはかけておく必要があるのだ。
汚い仕事をするのもこの組織の役目であり、これはもう割り切るしかない。
「ご苦労。彼女の件についてはまぁ今回の成果で目を瞑ってやるが、絶対に組織のことは打ち明けるなよ?」
「肝に銘じております」
「わかった、行っていいぞ」
「はい、失礼します」
退出の許可が出たので俺はそのまま室長の部屋を出る。
今回のアプリに関してはもう問題ないだろう。
明日からはまた別の任務が言い渡されるだろうな。
出来れば、穂乃香との時間をもっと作りたいから一日くらいはお休みがほしいところだが。
「葉月君、ご飯を食べに行きましょうか」
「あれ、塩宮さんは仕事のほうはいいんですか?」
「たった今終わりましたからね。家に送るがてらおいしい物をご馳走しますよ」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「いえいえ、葉月君は学生なのにいつも活躍してくれていますからね。誰かが労ってあげるべきだと思うのですよ」
本当に塩宮さんは甘い人だな。
そう思いながらも俺は彼女の厚意に甘えることにした。
この後は塩宮さんに海鮮をメインに扱う高級料亭でご馳走になり、そのまま車で家に送ってもらうのだった。
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