第6話「座敷童のような彼女」

「じゃ、そういうことで」


 待ち人が来たので早々に俺は立ち去ろうと柊斗に手を振る。

 そして優しく穂乃香の手を引いたところで――ガシッと肩を掴まれた。


「ちょっと待てよ」


 そう呼び止める声は動揺しているのか、それとも怒りなのかはわからないが震えていた。

 ギュッと俺の肩を掴む手にもかなりの力が込められている。


 本当、めんどくさいものだ。


「どうした?」

「どうした? じゃねぇよ! えっ、どういうこと!? お前朧月さんと付き合ってたの!?」


 もう片方の肩にまで手を置いてきた柊斗は、ブンブンと俺の体を揺さぶりながら大声で穂乃香との関係を尋ねてくる。

 我を忘れるくらいに興奮してしまうほど、俺と穂乃香が付き合っていたことが驚きだったらしい。

 揺らされながらチラッと見えたのは、動揺して我を忘れている彼氏にドン引きした表情で見つめている朝凪さんだった。


 どうしよう、思わぬことで柊斗たちの関係にひびを入れてしまったようだ。


「柊斗、落ち着け」

「これが落ち着いてられるか! どおりで朧月さんが誰に告白されても断り続けるわけだよ! お前学校のマドンナを独り占めしていたのか!」

「誤解だって」

「誤解!? 現にお前手を繋いでいるじゃないか!」

「いや、付き合ったのは今日なんだよ。だから別に隠していたわけでもない」


 隠そうとはしていたけれど。

 そんな余計な言葉はちゃんと呑み込んだ。


「今日から……? そうなの……?」


 俺の言葉を聞いた柊斗はやっと少し落ち着いたのか、少し声量を落とした声で穂乃香へと尋ねる。

 すると穂乃香はコクリと頷いて俺の言葉を肯定した。

 大声を出して荒れ狂う柊斗が怖かったのか、若干怯えたようにおそるおそると頷く仕草はとてもかわいかった。

 だけど穂乃香を怯えさせたことは罪なので、やっぱり今度柊斗は痛い目に遭わせておこうと思う。


「そうなんだ……。いや、でも、朧月さんと付き合っていたこと自体が許せない……!」

「なんでだよ」


 思わずそうツッコんでしまう。

 だって俺が誰と付き合おうと俺の勝手なわけだし。

 そりゃあ俺みたいな陰キャが穂乃香のような超絶美少女と付き合っているのは納得いかないかもしれないけど、それを柊斗に言われる筋合いはない。

 後、自分もちゃっかり美少女と付き合っておいて何を言ってるんだ。


 まぁそのもう一人の美少女はといえば、現在柊斗の後ろで鰻登りに不機嫌になっているのだけどな。

 彼女ほったらかしで他の女の子に興味を示しているような態度を見せれば当然の反応なのだが。


「お前今まで散々女に興味ないとか言ってたのに、ちゃっかり朧月さんを手に入れてるのが気に入らない」

「手に入れてるって物みたいな言い方するなよ。それに、偶然が重なり合った結果でもあるんだ」

「というと?」

「ほら、柊斗が教えてくれたマッチングアプリがあるだろ? それでマッチした相手が穂乃香だったんだ」


 俺はそう言って、自分のスマホにインストールしているマッチングアプリを柊斗に見せる。

 すると、柊斗は驚いたように穂乃香の顔を見た。


「朧月さん、このマッチングアプリ使ったの?」

「んっ」


 柊斗の質問に対し、穂乃香がコクリと頷く。

 相変わらず口数が少ない。


「あっ、だからあの時俺にマッチングアプリのことを聞いてきたのか!」

「ん、どういうことだ?」


 柊斗が何かを思い出したかのように言った言葉に対して、俺は疑問を抱き尋ねた。


「実はな」

「あっ、言っちゃ――」

「昨日マッチングアプリについて話しただろ? その後朧月さんから聞かれたんだよ、なんのアプリの話を葉月としていたのかってな」


 穂乃香が柊斗の言葉を止める素振りを見せたけれど、身振りでやめろと言ってる穂乃香の様子に気付かなかった柊斗はそのまま話を続けてしまった。

 そのせいで穂乃香は顔を真っ赤に染め、隠すように俺の腕へと顔を押し付けてくる。

 この態度と柊斗の言葉から、どうして穂乃香がこのマッチングアプリを使ったのか俺にはわかった。


 そういえばあの時の穂乃香の視線はしっかりと俺を捉えていた。

 つまり、柊斗とのやりとりを聞いていてマッチングアプリを俺が使うと思い込んだ穂乃香が、どのマッチングアプリかを柊斗から聞き出して使ったのだろう。

 もちろんそれは、俺とマッチするためであったわけだ。


 そりゃあそのことを知られたらこんなふうに顔を真っ赤にして照れるのもわかる。

 というか、そこまで穂乃香がしてくれていたことに対して嬉しかったと同時に、俺も凄く恥ずかしくなってきた。

 だけどやっぱり嬉しいという気持ちのほうが圧倒的に勝っている。

 こんなにもかわいくて健気な彼女のことを俺は大切にしたいと思った。


「で、穂乃香に話し掛けられたのが嬉しかったから全て話してしまったと?」


 俺は自分が照れていることを気付かれないようにぶっきらぼうにしながら、異性相手に男同士の秘密の会話を漏らした柊斗に尋ねる。

 まぁあの時は大声だったので全然秘密の会話になどなっていなかったのだが。


「だってお前、あの朧月さんだぞ!? 自分から話したところを見たことがないとか、声を聞けただけでその日一日が幸せになると言われた朧月さんから声をかけられたんだ! そりゃあ嬉しいに決まってるだろ!」


 うん、穂乃香はいつから座敷童みたいな幸運な存在になったんだ?

 確かに自分から話すところを学校で見たことがないけれど、声は授業で普通に聞くだろうに。

 本当どうして学校の連中はこうも面白おかしく噂を作るのか。


「わかったわかった。ところでだな、いい加減お前は後ろに気付けよ」

「後ろ?」


 そろそろ話を終わらせたかった俺が柊斗の後ろについて告げると、何もわかっていない柊斗が不思議そうに後ろを振り返る。

 するとそこに立っていたのは、先程と同じにっこぉと笑みを浮かべた朝凪さんだった。

 だけど全身から黒いオーラが見えるのは俺だけだろうか?


 先程までは普通に拗ねているような感じだったのに、多分先程の穂乃香に話し掛けられて嬉しかった云々の話で限度を超えてしまったんだろうな。

 ある一定以上の怒りを溜めると笑顔になる女性って普通に怖いと思う。

 穂乃香にはこんなふうになってほしくないな。


「私、もう帰ってもいいかな?」

「えっ、な、なんで?」

「自分の胸に聞くといいと思う」


 朝凪さんの言葉を聞いて自分の胸に手を当てて首を傾げる柊斗。

 なんだかデジャヴのように感じた。


「もういい」


 何もわかっていない柊斗に呆れたのか、朝凪さんはプイッとそっぽを向いてしまった。

 それに対して柊斗が慌て始めるが、今回ばかりは柊斗が悪いのだから何も言いようがない。


 こういうところなんだよな、みんなからすぐ振られるとか言われるのは。


「大変、そう」

「だな。穂乃香ちょっといいかな?」

「んっ」


 俺が尋ねると、穂乃香はコクリと素直に頷いてくれた。

 何を俺がしたいのかわかってくれているのだろう。

 離れていた期間があるとはいえ、さすが幼馴染だ。


 それに二人だけで遊びたいだろうに、心優しいところも相変わらずで嬉しい。


 ――このままだと柊斗が振られかねないと思った俺は、フォローをするために柊斗たちと共に行動することにしたのだった。

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