第5話「はぁああああああああああ!?」
「やりすぎたな……」
穂乃香がお花を摘みに行ったのでベンチに座って待っている俺は、先程歯止めが利かなかったことに後悔をしていた。
というのも、あの後五回も観覧車に乗り、ずっと穂乃香といちゃついてしまっただ。
おかげで三回目あたりから係の人が訝しげな目を俺たちに向けてくるようになった。
観覧車の中で変なことをしているんじゃないかと疑われていたのかもしれない。
甘えてくる穂乃香がかわいくて更に甘やかしたくなっていたのだが、ただでさえ穂乃香は人目を引いてしまう見た目なため気を付けないといけないな。
そうしないと周りからバカップルとでも呼ばれかねない。
――そんなことを考えていると、ふと俺は自分に近寄ってくる足音に気が付いた。
顔を上げて見れば、そこには見覚えのある顔が俺のことを見下ろしていた。
「あっ、やっぱり葉月じゃないか! 珍しいな、こんなところにいるなんて!」
元気よくはしゃぎ始めたのは、学校ではいつも一緒にいる柊斗だった。
珍しいと言っているけれど、それは柊斗にも言えることだ。
なんせ知り合ってこの方、柊斗が遊園地に遊びに行ったことなんてないからな。
ただ、どうして柊斗が今日遊園地に来たのかはすぐにわかった。
俺は視線を柊斗の隣へと移す。
するとそこには、ボブヘアーの活発そうな美少女が柊斗の腕に自分の腕を絡ませて立っていた。
「彼女……?」
腕を組んでまでいるのだから彼女で間違いないのだろうけど、思わず疑問符を付けたくなるほどのかわいい女の子だ。
いや、もちろんかわいさで言えば穂乃香のほうがダントツでかわいいのだけど、それでも中々お目にかかれないようなかわいい容姿をしている。
少なくとも柊斗がひっかけたとは思えないくらいのかわいさだ。
「へへっ、なっ、言っただろ? 俺の彼女めちゃくちゃかわいいんだぜ」
俺の表情から何を考えているのか察したのか、自慢げに柊斗が彼女の肩を抱き寄せる。
柊斗の彼女は人前でいちゃつくのが恥ずかしいのか顔を赤くしていたけれど、それでも嬉しそうに笑みを浮かべた。
うん、爆発すればいいのに。
目の前でいちゃつき始めたバカップルに思わず心の中で毒づいてしまう。
なんだろう、友達だから祝ってあげたいのに見ていてむかむかとしてくる。
とりあえず爆発しろとしか思えない。
「いったいいくら出したんだ?」
「ふふん、残念だったな。ちゃんとした恋人だぜ」
むかつくので茶々を入れたのだが、鼻で笑って返された。
普段の柊斗なら絶対にむきになるのに彼女がいるだけでこうも余裕になるのか。
というかその自慢げな顔うざいからすぐにやめろ。
思わず友達の顔に対して毒を吐きたくなった。
「柊斗君がごめんね。改めまして、私、
調子に乗り出した柊斗を睨むように見つめていると、柊斗の彼女――朝凪さんという女の子が礼儀正しく頭を下げてきた。
礼儀までなっているとは、本当に柊斗の彼女だというのが信じられない。
いったいどんなミラクルが起きたんだ。
「どうも、桐一葉月です。いつも柊斗をお世話しています」
「おいこら! そこはお前もお世話になっていますだろ!」
なんだかお世話になっているというのは癪だったので朝凪さんの言葉に乗ってみると、途端に柊斗がツッコミを入れてきた。
やっぱり彼女がいるからか今日はいつにも増してテンションが高い気がする。
「だって、事実だし」
「おい!」
「いつも宿題を見せてやってるじゃないか」
「あっ、馬鹿! それは内緒だろ!」
柊斗は普段から宿題をしてくることをよく忘れる。
というか、もはややってくる気がないんじゃないだろうか。
そして毎朝俺に見せてくれと泣きついてくるため、いつも見せてやっているわけだ。
しかし、そのことを言うと柊斗の顔色が変わった。
さすがにちょっと意地悪がすぎたか。
柊斗は俺ではなく、おそるおそる朝凪さんの顔に視線を向けた。
それにつられるように俺も朝凪さんの顔に視線を向けてみる。
すると、朝凪さんは――にっこぉと、とてもいい笑みを浮かべていた。
あっ、これ駄目な奴だ。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺にはわかる。
ここにいるのは危険でしかない。
「ふふ、柊斗君毎日宿題を見せてもらってるの? なんで?」
「あっ、いや、その……」
至近距離から素敵な笑顔で見つめてくる朝凪さんに対して、柊斗はだらだらと冷や汗を流す。
もう既に二人の間では上下関係ができあがっているようだった。
――この後のことはもう言うまでもないだろう。
「くっそ、葉月覚えてろよ……」
数分後、朝凪さんに笑顔で絞られた柊斗が恨めしそうに俺の顔を睨んできた。
優しそうな見た目をしているのに笑顔で問い詰める朝凪さんは結構怖かったもんな。
将来柊斗が尻に敷かれる未来しか見えない。
「まぁ、うん。悪かった」
さすがにちょっとかわいそうだったので、今回ばかりは素直に謝っておく。
自慢げな態度がむかついたとはいえ、彼女の前でする話でもなかったしな。
「今度昼飯奢れよな。それにしても、葉月はどうして遊園地にいたんだ? まさか、一人で遊びに……?」
かわいそうな奴、とでも言いたそうな目で柊斗が俺の顔を見つめてくる。
うん、これでさっきのはちゃらにしていいんじゃないだろうか?
なぜ哀れな物を見るような目を向けられないといけないんだ。
「一人で来るわけが――いや、うん、そうだな。一人だ」
俺は一人じゃないと言おうとしたが、ふと考えを改めて一人だということを主張する。
それにより朝凪さんは訝しげな目をしたけれど、単純な柊斗は信じてくれたようだ。
「まじかよ! 一人で来るってお前そんな遊園地好きだったのか! だったら誘えよな! それにしても一人で来るなんて、お前すげぇよ!」
これはあれかな?
俺を煽ってる?
煽ってるよな?
面白くてかなわないというくらいに膝を叩いて笑う柊斗に対して、軽く殺意が沸いてきた。
本当にこいつは友達なのかと疑問が浮かんでくるくらいだ。
しかし、穂乃香のことを知られるとかなりめんどくさいことになるため、俺はグッと我慢をした。
そうしないと先程誤魔化した意味がなくなるからな。
柊斗の場合口が軽いし、穂乃香とのことを知られればあっという間に学校中に知れ渡ってしまう。
そうなるくらいなら俺一人で恥をかいたほうがマシだった。
――だけど、この世は自分に都合よくは回ってくれず、むしろ間が悪いことが多々ある。
そして今日も、そんな間が悪い日だった。
「――ごめん、はーちゃん。ちょっと迷った」
笑いこける柊斗を今度痛い目に遭わせようと思いながら見つめていると、今一番聞きたくない声が背中から聞こえてきた。
その声にあっちゃーと天を仰ぐ俺の前からは、柊斗の混乱するような声が聞こえてくる。
「えっ、なんで朧月さんがここに……?」
信じられない、そう言いたげな表情をする柊斗が俺と穂乃香の顔を交互に見始める。
その横では状況を理解できていない朝凪さんがハテナマークを浮かべているが、どうやら柊斗はそんな彼女を気遣う余裕もないらしい。
「お取込み中、だった……?」
そしてマイペースな穂乃香はイマイチ状況がわかっていないのか、先程と同じように俺の手を握ってくる始末。
目の前にいるのが同級生だとわかっていないんじゃないかと思った。
柊斗は学校一の有名人であるミステリアス美少女が目の前で友達と手を繋いだのが信じられないのか、あんぐりと大きな口を開けてしまう。
うん、どうやらもう何もかもが手遅れのようだ。
仕方がない、諦めよう。
今更言い訳をするほうが後々めんどくさそうだ。
「えっと、彼女の朧月穂乃香さんだ」
半ば投げやりになった俺が紹介すると、穂乃香はぺこりと小さく頭を下げた。
素直で協力的な彼女である。
さて、そんな俺たちを見た柊斗と言えば――
「はぁああああああああああ!?」
――周りの迷惑など顧みず、地が振るえるような大声を出したのだった。
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