第4話「クーデレ幼馴染は拗ねるとかわいい」

 入場チケットを買った俺たちは中に入った後、二人してどのアトラクションに乗るかを話し合う。

 俺としては穂乃香が乗りたい物に乗りたいので、彼女が乗りたい物を聞き出す形だ。


「観覧車、いいね」

「そっか、観覧車に乗りたいんだな?」

「んっ」


 穂乃香が頷いたことを確認し、俺は穂乃香を連れて大きな観覧車の元へと向かう。


 そんな中、腕に抱き着かれるよりも手を繋いでみたかったので、歩いている最中に優しく穂乃香の手を解いて小さくて柔らかい手を握ってみた。

 温かくてぷにぷにとした手の平は本当に握り心地がいい。

 ずっと手を繋いでいたいと思うのは俺だけじゃないだろう。


「えへへ……」


 いきなり手を握ったら嫌がるかもしれないと思ったけれど、穂乃香は普段のクールな表情を崩し、だらしない笑みを浮かべて俺の顔を見上げてきた。

 ミステリアス美少女はどこに行ったのかと言いたくなるレベルの笑顔だ。

 そして、そんな笑顔を半端なくかわいいと思ってしまう俺はかなり重症なんだと自分でも思う。


 観覧車の列は意外と並びの人数は少なく、それほど待たずして順番が回ってきた。

 二人して乗り込むと、当たり前のように穂乃香が俺の隣に座ってくる。

 

 この観覧車は大体一周するのに約十三分間かかるらしいので、これから十三分間は二人だけの時間だ。

 穂乃香は甘えたそうにジッと俺の顔を上目遣いで見上げてきた。


 期待に応えるために優しく頭を撫でると、穂乃香は嬉しそうに体をくっつけてくる。


 こんな幸せな時間はいつぶりだろう?

 小学生六年生の時に巻き込まれたあの事件・・・・から俺の人生は大きく変わってしまった。

 忙しない訓練や任務の日々に駆られ、まともな休みさえ取れなくなっている。

 少なくとも、普通の学生とは違う人生を歩んできたはずだ。


 あの事件さえなかったら、ずっと穂乃香とこんな関係でいられたのかもしれない。

 最終的には自分で決めたこととはいえ、やはり後悔が沸いてきてしまった。


 不本意だったけれど、穂乃香とこういう関係になれたのはよかったと言える。

 少なくとも、今は凄く幸せだ。


「今まで寂しい思いをさせてごめんな」

「んっ、いい。これからは一緒だから」


 すりすりと俺の腕に自分の頬を擦り付けてくる穂乃香は、距離を置いていたことに関してもう怒っていなさそうだった。


 ただし、これからは一緒だということが前提になっているわけなのだが。


 本当に室長にはどう説明をしようか。

 隠そうと思えば隠せるかもしれないし、彼女ができたからと言って報告しろと言われているわけでもない。

 しかし、裏で動く組織の人間としてはなるべく親しい人間を作るわけにはいかない。

 それが弱味となってしまい、敵に利用されかねないからだ。


 そして目立つことも許されない。

 注目されないように自分のことを殺し、周りから興味を持たれないような人間じゃないと裏で動く人間としては相応しくないと言われている。

 だから俺は学校では目立たないように大人しくしているし、体育なども手を抜いて平凡な生徒を装っている。


 そして、うるさくて目立つ風花柊斗という人間を隠れ蓑にしていた。

 あいつと一緒にいるだけで俺に対する周りの興味は薄れる。

 うるさい奴と地味な奴ではどうしてもうるさい奴に視線は行ってしまうからだ。


 ただしこれは、柊斗が誰とでも仲良くしようとする性格のおかげでもある。

 だから地味な俺と派手でうるさい柊斗が一緒にいても、周りは柊斗が陰キャを気にして話し掛けてやっている程度にしか捉えない。

 俺にとって柊斗は絶好の隠れ蓑だった。


 さて、こうして目立たないように徹してきた俺なわけなのだが、穂乃香と付き合っていることが学校の連中に知られたらどうなるだろうか?


 ――どう考えても、注目を集めてしまうに決まっている。


 ミステリアス美少女として注目されている穂乃香は、今までされた告白を全て断ってきていた。

 そして誰か特定の人物と仲良くする姿は見せず、無表情でおとなしく学校生活を過ごしていた美少女だ。


 そんな美少女にある日突然彼氏ができて、しかもその彼氏に対してはデレデレとした表情で甘えているなんてことを聞けばどうなるか?

 みんな相手はどんな奴だとか、どうしてそんな状況になったのかと興味を持つはずだ。

 ましてや穂乃香と一緒に歩いていれば注目の的だろう。


 ………………いや、うん。

 本当にどうしようか。

 今更穂乃香の気持ちを裏切るわけにはいかないし、かといって任務や組織の一員としての立場を放棄するわけにもいかない。

 これは本当に何か手を打っておいたほうがよさそうだ。


 俺は室長を怒らせる未来しか見えなかったので、穂乃香のことを報告する前に手を打っておこうと思った。


「んっ、くすぐったい」


 考えごとをしていたせいか、穂乃香の頭を撫でていた手が滑って穂乃香の耳を撫でてしまい、くすぐったそうに彼女は身をよじってしまった。

 うん、本当にかわいい。


「ごめん、大丈夫か?」

「んっ、大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ」


 穂乃果はそう言うと、また俺の腕に自分の頬を擦りつけてくる。

 折角観覧車に乗っているというのに外の景色を楽しむつもりはないようだ。


 だけど穂乃香はこの状況が楽しいようなので、俺は余計なことを言うのはやめにした。


 それに遊園地デートはまだ始まったばかりなわけで、穂乃香が望むのならまた乗ればいい。

 特に夕方だと、観覧車の中から見えるオレンジ色に染まった空や景色はとても綺麗だ。

 うん、やっぱり後でもう一度乗ってみるのもありかもしれない。


「穂乃香は甘えん坊だよな」

「むっ……はーちゃんにだけだから。他の人にはしない」


 すりすりと甘えてくるものだからなんとなく言ってみただけなのだけど、不満そうに穂乃香が俺の顔を見上げてきた。

 そして甘えるのは俺だけだという言葉にかぁーっと顔が熱くなってくる。


 どうやらやっぱり穂乃香は俺の天敵だったらしい。

 こんなの、かわいくて仕方ないじゃないか。


 この後の俺は二人だけなのをいいことに、穂乃香のことを目一杯甘やかすのだった。

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