ブラックコメディの夜
五十嵐文人
監視社会
自分でも中毒になっていると理解していた。それでも、呼吸をするように俺は再生マークのアイコンをタップしてしまうのだ。
人気クリエイターの「〜やってみた」、限定公開の漫才、FPSのゲーム実況、話題の曲のギターカバー、海外のサバイバルチャンネル、女子高生がダンスを練習する風景、ドッキリ動画のまとめ……人生を捧げても、全てを見ることはできない。終わりなき楽園、それが動画サイトだ。
毎日のように動画サイトを見ている俺は、頭の構造が変わっていることに気が付きもしなかった。最初は、商品紹介の動画ばかり見ていた。友人に勧められて視聴したが、テレビで見る芸人とは違う面白さがあって新鮮だった。
動画サイトの面白いところは動画だけではない。コメントの一体感が俺は好きだった。世界中の……今後、絶対に会うことのない人たちと同じコンテンツを共有する。動画サイトのコメントは知らない人からもよく返信がくる。「面白い」なんて安直な言葉でも、「だよね、わかる(笑)」なんて返事がすぐに送られてくる。まるで、みんな自分を理解しているように。それが快感で、毎日動画を再生しているうちに、ジャンルの垣根をこえて様々な動画を
そして、今日も。俺は動画を見ている。
再生ボタンを押して、しばらく画面を凝視した後にコメント欄を覗く。「この動画好き」「6:57 顔ウケる」「最近の動画は退屈だな」……善と悪、全ての感情はコメント欄に集中する。
しばらくコメントをスクロールしていると、嫌なものを見てしまった。最近、
「この動画見て!→(URL)」
「人気配信者の顔バレ、期間限定→(URL)」
このURLを開いたところで、面白い動画も人気配信者の顔バレも存在しない。これは、URLを踏ませて、再生数を伸ばすという
そして、そのまた下の方。こんなコメントがあった。
ユーザー名:おまえ
「本当の姿、世界の真実→(URL)」
一見タチの悪い中学生っぽいコメントだが、俺が驚いたのはそこじゃなかった。
コメント欄のユーザーはアイコンが表示される。「おまえ」と名乗るそのユーザーのアイコンは、数年前に旅行先で撮った俺の写真だった。似ていると言われればそれまでだが、駅前の石像と派手な色のパーカー。その写真に映っている笑顔の男は、紛れもなく昔の俺だった。
途端に鳥肌が立ち、寒気に襲われた。急いで、動画を閉じようとスマホに触れる。しかし小刻みに震える指が、そのURLを誤ってタップしてしまった。
開いたのは生配信の動画だった。そこには、ベットの上でスマホをいじる俺の姿が映っている。
『とある男性(22歳)の行動』 260人が視聴中
「え?」
思わず声が出てしまう。無防備なパジャマ姿の俺が2秒程度のラグで確かに動いている。部屋も、人も、紛れもなく今俺が存在するこの場所であった。
題名の下には、260人が視聴中と書いてある。
そう、何百人もの何者かが俺を監視しているのだ。
部屋中を探しても、カメラはどこにも見当たらない。
角度を確認するとどうやら、入り口のドア付近にカメラが設置されているようだ。ドアノブやその付近の金具を
徐々に不安な気持ちになった俺は、気を紛らわせたくウロウロと歩きながらコメント欄を開く。
「歩きすぎwwwww」
「残念、本棚じゃないのよね」
「顔面のわりに綺麗な部屋で草」
「この配信、おもろいな」
「リアル、トゥルーマン・ショー笑」
数秒に一回のペースで、コメントは更新される。なにが目的なんだ、この配信は? ワンルームの
ベランダの塀にもたれて外の世界を見下ろすと、買い物帰りの主婦や学校帰りの小学生が騒いでいる。この主婦や小学生も、今俺に見られていると感じていないだろう。そうやって、日常を過ごしている。
再びスマートフォンに目をやると、映像がベランダに切り替わっていた。慌てている俺の姿が映る。
「外を見て黄昏れる22歳」
「ベランダ綺麗ですね」
「なに見てんだ?」
「この男の子カワイイ♡」
「カメラ探しタイム終わった?」
コメントは先程の倍のスピードで流れていく。視聴人数は361人だった。
「は?」
また、思わず声が出てしまった。俺は、どこに行っても監視され続けるのか? 考えるのに疲れた俺は、ベットに戻る。
警察に通報すべきか、とりあえず親や友達に電話するべきか……迷ったが俺にその選択はなかった。こんな、暇人どもにかまっているべきではないと判断したからだ。
そうだ、動画をみよう。他の動画を見れば、気も紛れるだろう。そうして俺は充電ケーブルに繋ぎ、最初に見ていた動画をタップする。
今は、どうしてもこの動画を見たいのだ。自分が監視されている生配信なんてどうでも良い。ただ、純粋に、この動画が見たいのだ。
そうして俺はさっきまで見ていた、40代の男性を監視する生放送を視聴し始めた。
ブラックコメディの夜 五十嵐文人 @ayato98
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