第78話 初詣
「行ってきます」
年も代わって一月二日。今日は吾妻君達と初物の約束をしていた。
あの旅行の後初めて会うから少し恥ずかしい。初めての行為の時は正直痛くて、幸せではあったけれどいっぱいいっぱいでよくわからない部分もあった。でも久しぶりではあったものの旅行での二回目以降の行為は……凄く気持ち良かった。自分でも信じられないくらい乱れた記憶もある。
あんな自分を知られていて、誰も知らない色気が溢れた吾妻君を知っているんだ。通常状態でどんな顔をすればいいのかわからなくなる。
思い出して赤面するが、玄関でもたもたしていたら遅刻してしまう。私は自分の頬をパンッと両手で叩くと、玄関のドアを開けて家を出ようとした。
「莉奈、出かけんのか? 」
ドアを開けたら、目の前に武ちゃんがいた。その後ろにはおじさん達も。
「いらっしゃい。おじさんおばさん、明けましておめでとうございます」
「おめでとう。莉奈も大学生か、大きくなったなぁ。ちょっと挨拶にな、兄さん達いるか? 」
「パパはちょっと出かけてますけど。ママ~、和司おじさん達来たよ」
和司おじさんはパパの弟なんだけど、年をとってもマッチョのパパと違って、腹回りがメタボで脂ぎっしゅな感じだ。パパと血がつながってるとは思えないと言うか、武ちゃんの父親だなって感じの人。だからまぁ……あまり好んで会いたくはない。
今日も来ると知っていたら、もっと早くに出かけてたのに。
靴も脱がずに家の中にいるママに声をかけ、「じゃあ」と家を出ようとすると、和司おじさんにがっしり肩をつかまれた。
「なんだ、一年ぶりに会ったのにどこに行くんだ。年始の挨拶は大事だぞ。お年玉だって用意してるんだぞ」
一応挨拶はしたし、もう大学生だからお年玉もいらないんだけど……とも言えない。
「友達と約束が……」
「友達とはいつでも会えるだろ。大学では武臣の後輩になったんだってな。ガハハ、わざわざ武臣を追っかけて難関大突破とは執念だな」
は?
いきなり日本語以外の言葉を喋りました?
和司おじさんの言った言葉を理解できず、思わずポカンと和司おじさんを見てしまった。
「昔から莉奈は武臣が大好きだからな」
昔から武ちゃんは苦手だし普通に嫌いだけれども。なんだってそんな勘違いを……。
呆然としているうちに、家の中に連れ戻されてしまった。キッチンにいたママに声をかけ、簡単に挨拶をすませると、おじさん達はリビングで勝手にくつろぎだした。
「あの、本当に約束に遅刻しちゃうんで……」
「まぁまぁいいから座りなさい」
和司おじさん……ここは私の家ですけど。
しょうがなくおじさん達の目の前に座ると、何故か武ちゃんが私の隣に座ってきた。
「まさかなぁ、莉奈までW大に受かるとは思わなかった」
確かに自分ですらそう思うんだから、和司おじさんの言葉に傷付いたりしないけど、真実そう思ったとして、本人に言っちゃうのはどうなんだろうと思う。
「こいつ、昔から運だけはいいよな」
武ちゃん、私は今は不運ですけど、主にあなた達家族のせいですけどね。
「あら、運も実力のうちとも言いますからね。莉奈ちゃん、はいお年玉」
「ありがとうございます」
ありがたい……とは思わないけど、いらないとも言えないからもらっておく。
おじさんとおばさんはベラベラ勝手なことを喋り、時間だけがどんどん過ぎて行く。ママは料理を作って運ぶことに忙しくて、パパは仕事先に新年の挨拶回りをしていて、いつ帰ってくるかわからなかった。必然的に武ちゃん家族は私がもてなさないといけなくて。一応メールで遅れることと、先に行っていて欲しいことは伝えたけど……。
一時間くらいたったと思う。私の愛想笑いも限界を向かえるギリギリにパパが帰ってきた。
「あれ、莉奈まだ家にいたのか」
「パパ、お帰り! 私、ちょっと友達と初詣の約束あるからもう行くね」
「初詣? そういや、俺もまだたわ。就活もあるし、俺も行くかな」
「は? 」
「おら、行くぞ」
「えっ? 」
パパが帰ってきたから、やっと武ちゃん家族の接待から解放されると思えば、何故か武ちゃんがついてきた。
えっ? 何で?
「おまえさ、まだ吾妻と付き合ってんの? 」
「そりゃそうだよ。別れる理由ないし」
「あいつ、女に不自由してないだろ。 おまえみたいなガキ、遊ばれてポイだよ。手出される前に別れた方がおまえの為だ」
「吾妻くん、私が初カノだよ」
「な訳ないだろ。百歩譲って彼女は初めてかもしれないけど、セフレとかいまくりに決まってんじゃん。赤ん坊堕ろさせたとか、ヤクザのイロに囲われてるとか噂聞いたぞ」
「はぁ?! 根も葉もない噂だから。第一、私がどんな人と付き合っても、武ちゃんとは関係ないでしょ」
「おまえバカだなぁ。騙されてても気がつかないとか、親戚としては見過ごせないだろ。それに、おまえの初めては全俺に寄越すって約束もあるしな」
「 気持ち悪いこと言わないで」
そんな約束、いつ何時何分何秒にしたって言うのよ?!
「何が気持ち悪いんだよ。おまえが六歳の時にちゃんと約束したからな」
「覚えてません」
「まさかおまえ、吾妻の野郎と」
「知りません、答えたくありません。口約束なんて意味がないし、第一そんな約束してないし」
私の初めては全部吾妻君です!!
それからひたすら武ちゃんを無視していたけど、吾妻君達との初詣を邪魔する気満々なのか、とうとう約束の神社についてしまった。
「ゲッ! 混んでんな」
ラインではお参りは一緒にしたいから、適当に屋台でお昼してるって書いてあったけど……。
参道には沢山の屋台が出ていて、とりあえず屋台を覗きながら進んだ。
「莉奈! 」
屋台の一つを覗いた時、佳苗ちゃんが私を見つけて手を振ってくれた。
佳苗ちゃんの隣には遥君、その向かい私に背を向けるように座っているのは吾妻君。何故かその両脇には女の子がいる。
しかも、右側の人はこれでもかというくらい吾妻君に椅子をくっつけていた。
佳苗ちゃんの声で振り返った吾妻君は、私の横にいる武ちゃんを見て微かに眉を寄せた。
その気持ちはわかる。
吾妻は立ち上がって迎えにきてくれた。
「ごめん、ついてきちゃったんだよ」
「親戚って伊藤先輩だったのか」
「うん、武ちゃんとおじさんおばさん」
「よ、邪魔するな」
本当に邪魔。
武ちゃんはお気楽に「おめっとさん」と言いながら吾妻君達のテーブルに行くと、吾妻君が座っていたところに勝手に腰かけた。生まれて初めて武ちゃんに「グッジョブ!! 」って思ったかも。
邪魔なんて思って悪かったかな。
私と吾妻君は佳苗ちゃん達側(何気に吾妻君を奥に座らせた)に座った。
やはり、吾妻君にべったり張り付いていたのは舞先輩で、もう一人は確か学祭で会った中学生だ。吾妻君が家庭教師している……瑠衣ちゃん。彩ちゃんの友達の筈だけど、何でこの組み合わせなんだろう?
「この二人、姉妹なんだって」
「え? 」
佳苗ちゃんの発言に、二人をまじまじと見つめてしまう。
よくよく見れば……似てる?
舞先輩から色々と引き算してみる。アイシャドーを、アイラインを、マスカラを取り去って、眉を少しだけ太く緩やかに描けば、似てないこともない。プルンプルンにポッテリ描かれた唇を薄く引き締めれば……そっくりかも。というか、瑠衣ちゃんは正統派の美人ちゃんだ。ナチュラルで十分綺麗なのに、ゴテゴテした化粧は舞先輩の良さを損なっているようにしか思えなかった。
「美人姉妹、いいねぇ! 」
武ちゃんは二人に囲まれてご機嫌だが、吾妻君に逃げられた舞先輩は不機嫌この上ない。
「あ、私この後用事ありますんで、お先に失礼しますね。ほら、お姉ちゃんも帰ろ」
「私は用事ないもん。まだ修斗といるから、瑠衣は先に帰ればいいじゃん」
「お姉ちゃん」
「そうだよ。俺も来たばっかだし、まだいいっしょ。俺、伊藤武臣。君は? 」
「私は舞、妹は瑠衣」
「舞ちゃんか、舞ちゃんはいくつ? 俺、二十一ね」
「タメじゃん」
「マジで? じゃ、酒飲めるよな。飲も、飲も」
武ちゃんはビールを二本頼んで、勝手に乾杯する。
瑠衣ちゃんは、「本当にすみません」と謝りながらも帰って行った。舞先輩とは違って、瑠衣ちゃんは礼儀正しく良識派らしかった。
テーブルの上には焼きそばやお好み焼き、おでんなんかが並んでおり、それら全てを食べきった時には、ビール数本から日本酒に移行していた武ちゃんと舞先輩は、ホロ酔いをかなり超える酔っぱらいに出来上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます