第77話 初詣 …吾妻君サイド

 初めての旅行……。楽しかったなぁ。


 比較的表情筋が動きにくい俺は、伊藤とのクリスマス旅行を思い出して、心の中でだけにやついていた。

 初日はそれこそ伊藤の爆睡という想定外の出来事に涙を飲んだが、次の日からは……。


 ヤバイ!

 思い出しただけで滾るッ!!!


 俺は眉間に力を入れて、クリスマス旅行の回想シーンを頭の中から振り払う。強面の顔がより険しいものになったが、そんなの俺の知ったこっちゃない。

 待ち合わせの駅前は初詣に行く人達でごった煮状態だったが、俺の回りはがら空きだ。うん、伊藤も俺を見つけやすいだろうからちょうどいいな。


「うぃーす」

「明けましておめでとう」


 遥と佳苗が腕を組んでやってきた。

 今日は四人で初詣の約束をしていた。まぁ、元旦じゃなくて二日だけど。


「莉奈まだ? 珍しいね」


 待ち合わせ時間五分過ぎ。確かにいつもなら時間前集合の伊藤が珍しく遅刻だ。


「……ナンパでもされてんじゃないの? 」


 遥の言葉に、俺は慌ててスマホを出して伊藤に電話をかけた。

 数回コール音は鳴ったが留守番電話になってしまう。


「電車乗ってたらでれないでしょ」


 佳苗は俺の慌てぶりに呆れ顔だ。


「あ、修斗じゃん! 」


 いきなり後ろから抱きつかれて、背中に大きな弾力のある物が弾んで押し付けられた。


「舞先輩」

「あんた達も初詣? うちらもよ。氷川森神社行くんでしょ。一緒しようよ」


 うちら?

 振り向くと、舞先輩と一緒に家庭教師をしている瑠衣がいた。ペコリと頭を下げられ、俺もよくわからないが目線だけで挨拶をする。


「修斗には、うちの瑠衣が世話になってるみたいじゃん」

「うちの瑠衣? 」


 いつの間にか舞先輩は俺の横に並び、腕にびったりとくっついてきた。


「うん。あれ? 修斗ってば知らなかったの? あんた、家庭教師で行ってるうちの名前くらい覚えてるでしょ? 」

向坂こうさか……さん」


 遥と佳苗は何か気がついたように驚いた顔をしている。


「馬鹿ね、じゃなくて


 そうだったか?

 そういや、聞いたような気もするけど、表札見て勝手にに読み方を変換してた。


「そうか、な。そうだったか、悪ぃ」


 瑠衣に頭を下げると、瑠衣は気にしてませんと手を振る。


「それで、私の名字は? 」


 舞……は名前か。バイト先先でも名前呼びされてたから、名字なんか覚えていやしない。

 俺が無言でいると、舞先輩の目つきがどんどん険しくなる。興味ないし、同級生でもないし、……バイト仲間ではあるけど、バイト先はみんな愛称呼びだしな。


「修斗、サキサカマイ先輩だよ」


 佳苗がこっそり俺に教えようとしたが、俺と佳苗の身長差だと内緒話にもならない。


「サキサカ……、親戚かなにかか」

「妹よ、妹。そっくりでしょ!」


 似て……るのか?

 盛り盛りの化粧の舞先輩と、ほぼ素っぴんの瑠衣が並ぶと、……なるほど鼻の形が一緒だ。


「素っぴんは似てるか……も」


 遥がポロッとつぶやき、佳苗にギロリと睨まれてそっぽを向く。まぁ、何で素っぴんをおまえが知ってるんだって話にもなるからな。でも、そうか。化粧ってのは綺麗になるだけじゃないんだな……と、舞先輩と瑠衣の二人を見比べてしみじみ思った。


 瑠衣はまだ中学生だが、整った綺麗な顔をしている。切れ長二重の涼しげな目元で、唇は薄くキリッと引き締まっていて、スレンダーな体型で清潔感がある。片や舞先輩は、バサバサ睫でやたらと目が大きく、唇がポッテリして口紅の色が毒々しかった。体型もそうだが、やたらと女を強調したようなドギツさが鼻についた。


「あ……もしかして、修斗と同じとこにバイトに入ったのって」

「すみません、私が姉に教えてしまいました」


 瑠衣が申し訳なさそうに言う。

 それにしても、何で瑠衣が舞先輩に俺のバイト先を教えたのか、何で舞先輩がそこにバイトに入ったのか、全くわからない。


「いや、別に内緒でもないしかまわないけど……何で?」

「姉がそんな感じなんで」


 そんな感じ……?

 確かにベタベタと鬱陶しい。


「まぁ、仕事中はちゃんと仕事してるみたいだけど」

「失礼ね、当たり前でしょ。せっかく修斗と同じバイトに入ったのに、シフトの時間が微妙にずれるからなかなかアピールできなくてやんなっちゃうわ」

「お姉ちゃん、バイトの理由がふしだらだよ」


 瑠衣は一生懸命舞先輩を俺から引き剥がそうとする。


「アピールって、何のアピールっすか? 」

「はぁ? 私がこうやってくっついてるのよ? ムラムラするでしょ?触りたくなったりするでしょ?!」


 腕に胸を押し当てられて、やっと納得する。

 確かに高校まではこういう体当たり系の女子に狙われることが多かった。自分にそんなつもりはなかったし、全く魅力を感じなかったから総スルーしてきた。

 だいたいの女子が、俺を好きというより、都市伝説みたいな噂の多い俺を落として回りに自慢しようとか、強い彼氏で回りを威嚇したいだけみたいなんが多かった。

 舞先輩もそんな一人だった筈だけど……?


「全く」

「全く? 」

「なりません! 」

「はあッ?! 」

「だって、それ、ただの脂肪の塊っすよ」

「な……ッ」

「それに、俺、多分化粧臭いの苦手みたいすね」

「臭い……」

「なんか、女女した感じもちょっと……」


 舞先輩の手がハラリと俺の腕から離れる。


「修斗、さすがに全否定は……」

「まぁ、莉奈って彼女もいるし、ちゃんと断るべきよ。しょうがないでしょ。だって、修斗のタイプが莉奈なら、舞先輩と真逆だし」


 タイプって別に。伊藤が伊藤だから好きなんであって、伊藤に似た他人はただの人だ。良いなとも思わない。


「……あ、莉奈からライン。親戚につかまって遅れるって。先に神社に行っててって。どうする? 」


 俺もスマホをチェックすると、似たような内容が入っていた。


「じゃあ、先に行くか。舞先輩と妹ちゃんは……」

「一緒に行くわ!! 行くわよ!」


 舞先輩はきっつい表情で俺の腕を再度ガシッととって歩きだした。


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