第76話 初めての旅行2

 ……金縛り?


 夢現の状態からゆっくり意識が覚醒した私は、見慣れない天井を見上げながら身体が重くて動かないことに一瞬パニックになる。


 暑い、重い!


 顔が動いて横を向くと、大好きな吾妻君の顔が……。目を閉じた吾妻君は、いつもよりも穏やかでいつもよりも幼く見えた。

 吾妻君は穏やかな寝息をたてており、逞しい腕でしっかり私を抱きこんで眠っていた。


 いつもはかっこいい吾妻君が、可愛い……。


 凄まじい衝撃を受け、思わず吾妻君の顔をガン見してしまう。

 凛々しく太い眉は、いつもはキリッとしているのに寝てるからか穏やかなラインを描いている。目力が強く三白眼っぽい切れ長の目は、今は穏やかに閉じられている。気がつかなかったけど、睫毛は思っているより長めだ。鼻梁は高くしっかりしてる。小鼻はやや小さめ。唇は薄くて口は大きめだ。でも弾力があってしっとりした唇は、合わせると凄く気持ちよいんだよね。


 つい、プニプニと吾妻君の唇を指で突っついてしまう。その刺激でか、吾妻君の目がゆっくりと開いた。


「……おはよう」

「おはよう」


 私はまだ顔も洗っていない顔を吾妻君にさらすのが恥ずかしく、吾妻君の胸に顔を押し付けた。浴衣が着崩れていて、素肌に顔を埋める形になってしまう。


「昨日は……先に寝ちゃってごめんね」

「うん……まぁ」


 夕食後、お風呂入ったら……って約束してたのに、うっかり寝てしまった。前日ほとんど寝れなかったとか、沢山観光してクタクタだったとか、ご飯が美味しくて食べすぎてとか、まぁ色々理由はあるけど、正直睡魔に負けてしまった自分が怨めしくてしょうがない。


 だって、私も吾妻君との二回目、楽しみにしてたんだもん。


 初めてから次がなかなかないし、もしかして、あまりにナインペタン過ぎて、がっかりされてしまったんじゃないかとか色々考えちゃって……。でも、吾妻君がこの旅行でリベンジ(初めての時だって凄く大切な思い出だけど)したいから我慢してたって聞いて、凄く嬉しかった。


 嬉しかったのにーッッッ!

 何で寝ちゃうかな、私。


 吾妻君の胸にグリグリ頭を擦りつけていたら、吾妻君が私の背中をゆっくり撫でてくれる。


「どした? 」

「起こしてくれれば良かったのに」


 寝てしまった自分が悪いのに、つい拗ねたように吾妻君を見上げて言ってしまう。

 吾妻君はそんな私に、優しいキスをくれた。

 触れるだけの唇が離れていきそうになり、私から唇を押し付けて吾妻君の唇を食む。恥ずかしくて、舌を入れることはできないから、私からの最大限のアピールである。

 ゆっくりと数回唇を食むと、吾妻君がきつく抱きしめてくれて、吾妻君の厚めの舌が口腔に入ってきた。嬉しくて、その舌を薄い私の舌が歓迎する。夢中で吾妻君を味わっていると、太腿に何やら主張する物体を感じた。

 恥ずかしい……恥ずかしいけど嬉しい。

 すり寄るように足を動かすと、吾妻君は小さく呻いて私をギュッと抱きしめる。


「暴発するから」

「えっと……これは朝の生理現象的な? 」

「な訳ないだろ。伊藤とキスしてくっついてたらこうなる。マジでヤバイ」


 私に反応してくれたんだと思うと、愛しさが増し増しになる。思わず吾妻君のを手のひらで撫でてしまい、吾妻君の喉が「グッ!」と鳴った。


「もう我慢しない! 」


 吾妻君が私の上にのしかかってきて……。


 ★★★


 朝から二回も……。


 初めてではないとはいえ、吾妻君のは私には規格外の代物で、受け入れられる状態にさせらるまでが一苦労、受け入れてからも一苦労……。

 痛いとか、苦しいとかじゃなくて、とにかく入念な準備(初めての時よりさらにレベルアップしていたような)をされ、ヘロヘロになった状態で受け入れるは……凄く凄く……気持ち良かった。

 思い返したくないくらい乱れた自分がいて、そして、常日頃寡黙な吾妻君が饒舌だった。


 朝食の準備ができたからと電話がこなければ、確実に三回目に突入していただろう。

 朝の爽やかな日差しの中、私達はいったい……。


 朝食は少し遅れたけどちゃんと食べ、今は怠い身体に鞭打ってバスに乗っている。今日は白糸の滝や音止の滝、その周辺の観光スポットを回る予定だ。

 バスの揺れが気持ち良くて、繋いだ吾妻君の手が暖かくて、ついウトウトとしてしまう。寝てるつもりはなかったんだけど、バスが停留所について吾妻君に揺さぶられて目が覚めた。


「ついたよ」

「私、寝てた? 」


 吾妻君が親指で私の唇の端を拭い、「少しな」と囁いた。

 ってか、ヨダレ! 今、ヨダレ拭かれたよね?!

 恥ずか死ねる!!!


 真っ赤になった顔を隠すように吾妻君の腕にひっついてバスを下りた。滝に向かう山道の途中にある茶屋でオヤキを買って小腹を満たしてから山道を進む。

 しっかりと吾妻君に手をひいてもらっていたし、そこまで大変な思いもせずに滝にたどりついた。


「マイナスイオンだぁ」

「あぁ、気持ちいいな」


 真冬の滝は寒すぎて穴場なんじゃないかって思っていたけど、思ったよりも観光客は多かった。残念ながら氷った滝は見れなかったけど、夕方はライトアップされるって情報を前を歩いていたおばちゃん達からゲットして、夕方も来たいねって話していた時、ふいに後ろから声がかかった。


「すみませ~ん、写真とってもらえますぅ? 」


 OLの二人連れだろうか? 多分二十半ばくらいのお化粧濃いめの女の人達が、スマホを吾妻君の方へ差しだしてきた。


「いいっすよ」


 滝をバックに数枚撮ってあげてからスマホを返すと、OL1がニッコリとした笑顔でスマホを私達に向けてきた。


「お礼に撮りますね、はいチーズ」


 何故かOL1のスマホで連写された。


「あ、よく撮れた。あなた、写真送ってあげるからライン教えて」


 OL1は、吾妻君の腕をグイグイ引っ張り、OL2は呆れたように連れを見ているけど何も言わなかった。


 これって、写真にこじつけた逆ナンじゃないの? 私の存在ガン無視?!


「いや、いらないすから。っつうか、消してください」


 吾妻君は口調は穏やかだけど、氷点下ばりの視線をOLに向ける。


「えっ? ほら、よく撮れてるよ? 見て見て」


 さらに吾妻君の腕をとり、身体を押し付けるようにしてスマホの画面を見せてくる。この人の心臓は鋼なのかな? 吾妻君の顔が不愉快そうに歪んでいるのに、気にしている素振りがない。


「美恵~、もう止めなよ。ごめんね、この子筋肉フェチでさ。ほら、身体ばっか見てないで顔見てみなよ。無茶苦茶嫌がられてっから」


 OL1は美恵さんと言うらしい。美恵さんは、連れのOL2に引っ張られて吾妻君から引き剥がされた。


「邪魔してごめんね、この写真は責任もって消去させるから。本当、お邪魔様でした」


 OL2に引っ張られながら美恵さんは滝から離れて行った。


 吾妻君はきちんと拒絶する発言をしてくれた。私から手を離すこともなかった。

 でも。

 吾妻君に触る女子を振り払ってはくれなかった。

 前の時もそう。

 舞先輩や彩ちゃんみたいに吾妻君に好意を示す女の子がベタベタ触っても、嫌だとオーラは出しても無理に引き剥がしたりしない。


 なんかそれってどうなんだろう?



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