第69話 学祭2

 えっ? これってどんな状態?


 吾妻君を真ん中に、左側に私(吾妻君にしっかり手を握られています)、右側に彩ちゃん(吾妻君の腕にしがみついてるけど、吾妻君の手はポッケの中)、後ろから美少女美がついてくる。美少女は瑠衣ちゃんと言うらしく、やはり吾妻君の教え子の一人ということだった。


 自己紹介はしたけどね、別に仲良くワイワイ学祭巡りをしている訳じゃない。

 私と吾妻君……二人で廻る筈だったんだけどな。吾妻君は私としっかり手をつないでくれているし、彩ちゃんのこと何度も振り払ってくれてるけど、彩ちゃんは全く気にせずにあまりに吾妻君にベタベタしてくる。「今までだってそうじゃん。なんでダメなの?! 」って彩ちゃんはむくれて見せるけど、「ダメに決まってるでしょ!吾妻君の彼女は私なんだから」と言いたいのをグッと堪えている。

 中学生と言い合うなんて、やっぱり大人気ないよね。


「おまえな、勝手に見て回れよ」

「なんでよ! 修斗しか知り合いいないもん。せっかく来たんだから修斗が案内してよ」

「だから、修斗な。マジで離せよ暑苦しい。それに俺が呼んだ訳じゃないだろ」

「学祭があるって教えてくれたじゃん」

「だから来いよとは言ってない」


 いつもは寡黙な吾妻君が、彩ちゃんとはポンポン言い合っている。羨ましくなんか……ないんだから。

 私は黙って二人の言い合いを聞いていた。すれ違う人達がチラチラこっちを見て行くのは、私達の関係不思議だからだろう。


「ほら修斗、あそこにお化け屋敷だって。一緒に入ろう! 」


 彩ちゃんは吾妻君の腕を引っ張り、あちこちに連れ回そうとする。


「だぁかぁらぁ、勝手に行って「あら、吾妻君」……よ」


 吾妻君が彩ちゃんを振り払った(五度目)時、吾妻君の声とかぶるように声がかかった。

 振り返ると、雅先輩が立っていた。


「誰? 」


 彩ちゃん、失礼だよ?

 大学の、サークルの先輩に対して、彩ちゃんは威嚇するような視線を送る。


「良かったぁ、さっき猫ニャンカフェに行ったら吾妻君いなくて」

「なんか用事っすか? 」

「ウフフ、吾妻君に是非見て欲しかったんだよ。だから呼びに来たの」


 雅先輩は満面の笑みで吾妻君を見ていて、私も彩ちゃんも全く眼中にないようで、ただ吾妻君だけを見ている。


「とにかく、来て」


 先輩の言うことだし、私達は雅先輩の後に続く。彩ちゃんだけ、お化け屋敷は? と文句タラタラだ。

 お化け屋敷の隣の隣の教室、美術・写真サークルの展示教室に連れて来られた。

 教室の中は、写真や油絵、パステル画やアナログ画など、ジャンル関係なくパネルが飾られていた。

 どのパネルも共通点はなく、風景

 だったり人物だったり様々だ。

 雅先輩が立ち止まったのは油絵の前、その絵は人物画で……。


「修斗じゃん! 」


 得意満面な雅先輩を除いて、みなただ唖然と油絵を見ている中、彩ちゃんが叫ぶと同時に吾妻君のシャツを捲り上げた。


「ほら、横腹の痣まである」


 そう、吾妻君のお腹には小さいけど痣がある。見方によっては犬の横顔のように見える小さな痣が。水着になれば見えるものだし、特別隠されている訳じゃないけど、明らかに吾妻君がモデルをしたと思われる証拠に思えた。


「修斗先生、大胆ですね」


 そして、この中では私しか見たことない筈(私もしっかり見た訳じゃないけど)の物体まで描かれていて……。

 瑠衣ちゃんは、しげしげと股関のブツを眺めてつぶやいた。


 そう、吾妻君のオールヌード、一糸纏わぬ姿がそこに描かれていた。まぁ、大切な場所はさりげなくぼかされてはいたけど、あくまでもさりげなくで、アウトといえばアウト、セーフといえば……ギリギリアウトではないだろうか。


「な……な……何だよこれ?! 」


 吾妻君は慌てたように絵を壁から剥がすと、しっかりと胸に抱え込んだ。


「うふふ、よく描けたと思わない? 私の力作よ! 」

「修斗、ヌードモデルなんかしたの?! 」

「してない!! してないからな!」


 吾妻君は、私の顔を覗き込むようにして何度も言う。でも、私の表情は一ミリも動かない。あまりのことに硬直し、思考まで停止してしまったから。

 頭の中では、全裸の吾妻君とそれを食い入るように見つめて筆を走らせる雅先輩の姿が、妄想なんだけどあまりにリアルに思い浮かび……。そこでフリーズした私の思考。


「伊藤! 伊藤?! 」


 吾妻君に肩を揺すぶられ、私はハッと我に返る。もちろん目の前の吾妻君は全裸ではない。


「吾妻君……酷いよ」


 雅先輩に脱がされかけたけど逃げたって言ったじゃん!

 まさかヌードモデルなんて……。

 嘘つき、嘘つき、嘘つき!!


 私はこの場所から逃げ出した。

 多分、人生で最速記録を出せたと思う。それくらいのスピードで教室から走り出て、人混みをすり抜けて廊下を走り、階段を駆け下りる。小さい身体の私は、わずかの隙間でも通り抜けられる。私を追いかけてくる吾妻君の声も聞こえていたけれど、その声はドンドン小さくなった。




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