第68話 学祭

 初めての大学の学祭は、高校の時よりもかなり派手だった。前期テストも終わり、後期が始まってすぐにやってきた学祭は、ハロウィーン期間ということもあるのか、仮装をしている人が多い。

 中庭は縁日のように出店が並び、体育館はクラブ仕様になっていて、どこから持ってきたのか大きなミラーボールが回っていて、爆音で音楽がかかっていた。大講堂では演劇やダンス、吹奏楽のコンサート、名前も知らないお笑い芸人の漫才もやるらしい。その他各クラスで出し物がある。

 理学部一年としては、猫ニャンカフェをやる。猫カフェ? と思いきや、おもてなしをするのは猫柄の全身タイツを履いた男子で、もちろん猫耳、尻尾つきだ。女子は裏方で料理を作る。

 つまり、私と佳苗ちゃんは裏方部隊で、吾妻君は全身タイツという訳。

 サークルでは中庭でクレープを売る。私は吾妻君と同じ時間に売り子なれた。

 空いた時間は吾妻君と学祭回りをする約束しているから凄く楽しみ。佳苗ちゃんも一緒にって誘ったら、遥君がくるからって言われた。


「なんか、地獄なんですけど……」


 教室を区切った料理を作る場所は、残念ながら窓もなく狭い。そこにホットプレートが三台並んでいて、ひたすらパンケーキを焼き続ける。

 つまり、熱が籠って激暑い!

 このパンケーキ係が佳苗ちゃんで、私はその横でひたすら生クリーム作りだ。盛り付けと飲み物係は別にいる。


「暑いよね……」

「暑いなんてもんじゃないよ。マジで水着になりたい! 水かぶりたい! 」


 外はそこそこ涼しくなってきているから、私も佳苗ちゃんも長袖を着ていて、袖を捲り上げて作業している。


「パンケーキ二つとアイスコーヒー二つ」


 吾妻君が裏方に顔を出した。


「修斗! マジでウケる! そのガタイに猫耳とか……」


 佳苗ちゃんは吾妻君を見てヒーヒー笑いながら崩れ落ちた。


 吾妻君は黒猫の仮装で、全身黒タイツなんだけど、まさに筋肉美って感じで素晴らしい。股関が……その……ダイレクトには見れないけど、全体的に見て凄く綺麗な身体だと思う。キリッとした鋭い眼光の上の猫耳は、なんともアンバランスで、それが逆にカッコいい吾妻君を可愛くも見せていて、もう頬擦りして頭撫で撫でしたくなっちゃう。

 つまりは、それくらい私には吾妻君がカッコ可愛く見えていて、まさにツボなんだけど、なんで佳苗ちゃんは死にそうなくらい笑い転げているんだろう。


「吾妻君……可愛い」


 写メ撮ってもいいかな?


 吾妻君は困ったような顔をして、うっとりと見上げる私の目を大きな手で塞いだ。


「あっちは覗くなよ。マジでグロいから」


 吾妻君だから、可愛くてカッコいいんであって、確かに全身タイツの男子の集団は見たくない。


「見ないし、見る暇ないよ」


 吾妻君が注文の品を持って行くとき、しきりにしていた暗幕が捲れて中が見えたんだけど、思ったよりお客さんは入っていて、しかも女子ばかりだった。

 吾妻君の肉体美を、見ず知らずの女子が堪能しているのかと思うと、モヤモヤが止まらなかった。


 あと五分で交代時間……となった時、しきりの暗幕の向こうで「キャー! 修斗か~わ~い~い~ッ!」という甲高い声が聞こえた。続いて「写真! 瑠衣、写真撮って! 」という声も。


 暗幕の隙間から覗いて見ると、逞しい黒猫の腕にぶら下がるようにくっついた小柄な女の子と、二人にスマホを向ける美少女が一人見えた。


 あれは……?


「莉奈、交代来たよ。終わり、終わり! あれ、若林の妹だよね?」


 私の後ろからひょいと教室を覗いた佳苗ちゃんが、吾妻君にぶら下がった女子を見て言う。

 そうだ、一度吾妻君の家で会った女の子。彩ちゃんだ。吾妻君が家庭教師を始めたっていう後輩君の妹さん。もう一人はわからないけど、吾妻君のことを吾妻先生って呼んでいるから、きっと彩ちゃんの友達で、吾妻君が彩ちゃんと一緒に家庭教師している子かもしれない。


「修斗、修斗も上がりでしょ。着替えといでよ」


 女子中学生二人に囲まれている吾妻君に佳苗ちゃんが声をかけると、吾妻君は無造作に彩ちゃんを引き剥がし、隣の教室へ向かった。隣の教室は荷物置き場兼更衣室になっている。


 彩ちゃん達もついて行ったようで、「おまえら入ってくんな」「いいじゃん、減るもんでもないし~」とか言う声が聞こえてくる。ガラガラビシャンとドアの開閉音と鍵のかかる音がし、「修斗のケチ~ッ」と叫ぶ声がしたから、吾妻君は二人を閉め出すことに成功したのだろう。


 ケチもなにも、あの全身タイツの下はパンツだけの筈だし、そんな姿を私以外の女子に見せるのなんかあり得ない話だ。


「若林妹と……もう一人見覚えあるようなないような……。誰だっけかなぁ? 」


 佳苗ちゃんがエプロンを脱ぎながら、ウウーンと唸っている。


「もし吾妻君が家庭教師している子であってれば、向坂さんっ子」

「サキサカ、サキサカ……。なんか思い出せそうなんだけど」


 この時佳苗ちゃんは、舞先輩の名字を知らなかかったのと、顔立ちがそっくりな姉妹であったけれど、片や化粧盛り盛りの舞先輩と、ほぼ素っぴんの妹とではあまりに印象が違い過ぎて、姉妹と認識できなかったらしい。私もそのことを知るのは、かなり先の話で……

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