第70話 学祭…吾妻君サイド

 大きなキャンバスを抱え、人混みをかき分けるのは至難の技で、身体の小さい伊藤は、みるみる遠くへ小さくなっていき、見えなくなるのはすぐだった。


 多分伊藤は誤解してる。


 俺がこの絵のモデルをしたって。あり得ないだろう、ヌードモデルなんて、どんな交換条件だされてもやる訳がない!

 第一、俺のはあんなに貧相じゃない。何となくぼかされていたとはいえ、平常状態だってもっとこう……あれだ!


「ちょっと吾妻君! 勝手に作品持ち出さないでよ」

「作品って……」


 俺に追い付いた雅先輩が、俺の手からキャンバスを奪い返そうと手を伸ばしてきた。


「これ、俺ですよね?! 」

「もちろん! よく書けてるでしょ? 」

「肖像権の侵害です! 第一、なんでヌードなんすか?! あり得ないっしょ」

「やだ、あなた、身体がいいんじゃない。顔だけなら一年の有栖川君でしょ。彼をモデルにするわよ」


 なんか、さらりと酷いことを言われた気がする。


「そりゃ……。なら、身体だけでいいじゃないすか。なんで顔つけるかな? 第一、これ妄想じゃないすか」

「あら、だいぶ現実に近いでしょ。この痣とか」


 前に衣服をひんむかれそうになった時に見たんだろう。あの一瞬でよくここまで再現できたなと思うけれど、感心してる場合じゃない。


「これは展示禁止です。理由はわかりますよね。あと没収。二度と妄想で絵は描かないでください」

「えーッ」


 雅先輩は不満そうだったが、すごすごとキャンバスから手を離した。


「ね、今度ヌードモデルやってよ。妄想じゃなきゃいいんでしょ」

「全力でお断りします! 」


 伊藤に誤解される行為なんて死んでもゴメンだ。


 俺はなおもブツブツ言っている雅先輩を放置して大学から出、ズボンのポケットからスマホを取り出す。伊藤の電話番号をタップして、とにかく出てくれと願いながら走り出す。

 走って走って……、公園の横を走り抜けようとした時に、目の端に小さな影がうつった。急ブレーキをかけ、公園の方へ視線を向ける。

 公園とは名ばかりの、ほぼ遊具のない公園。砂場と動物の形をした乗り物があるだけで、あとはベンチが二つ。そのベンチの一つに伊藤は座っていた。


「伊藤……」


 俺が声をかけると、伊藤はビクリと肩を奮わせたが、顔を上げることはなかった。

 俺はドスンと伊藤の横に腰を下ろす。あがった息を整える為、大きくゆっくり息をした。


「伊藤、これよく見て」


 俺は問題となった雅先輩の作品を伊藤の前に置いた。


「……」

「顔はまぁ俺みたいだけど、身体は違うから。雅先輩の妄想。俺の全裸とか、家族と男友達……あと伊藤しか見たことないから」


 伊藤がワタワタと慌てたように辺りを見回す。自分達以外に誰もいないのを確認し、やっと俺にも視線を向けてくれた。


「でも痣……」

「前にモデルになれって脱がされかけたって言ったろ。あん時、シャツ捲られて、ズボン下ろされかかったんだ。そん時見たんだと思う。でも、すぐに逃げ出したから。ほら、腹とかはかなりリアルだけど、胸とか違うだろ。それに俺のはこんなんじゃない! 伊藤なら違わかるよな?!」

「エッ……いや……、そんなしっかり(見た訳じゃない)……」


 伊藤はモゴモゴとつぶやきながら、チラチラと俺の身体に目を向ける。


「脱ぐか? 」


 俺がシャツに手をかけた時、伊藤は慌てたように俺のシャツの裾をつかんだ。


「ダメ! こんなところで……」

「ここ以外ならいいか? 」

「いや……そういう意味じゃ」

「伊藤に誤解されたくない」


 俺はキャンバス片手に、伊藤の手つかんで歩きだした。向かうは俺の家。気は急いたけど、伊藤のペースに合わせる。

 家につくと、母親はいなかった。今日はパートの日じゃないから、買い物なのかどこぞで井戸端会議をしているのかわからないが、鍵を開けて玄関の電気をつけた。そのまま伊藤を自分の部屋まで連れてくる。

 キャンバスを壁にたてかけ、俺は勢い良く上着を脱いだ。そのままの勢いでジーンズも脱ぎ捨てる。

 パン一になった俺は、パンツに手かけて一瞬躊躇する。

 何気に、平常状態のをさらすのは抵抗がある。やはり少しでも大きく思われたいって男心ってやつだろう。


「ストップストップストップ、それは脱がないで」

「いや、でも、この絵と違うってわかって欲しいから」


 伊藤に見られるかもって思ったせいか、俺のはゆるい半勃ちくらいの状態になっていく。


「わかった! わかったから」

「本当? 」

「ほら、痣の向きが逆だし、その……色々……よく見るとね」


 伊藤は恥ずかしそうにチラチラ俺を見てはうつむいて、絵と見比べてはうつむいてと、顔を真っ赤にさせながらも本物と絵との違いを探してくれているようだ。雅先輩は無駄に画才があるらしく、顔や雰囲気をかなり忠実に俺に寄せて描いており、だからこそ実際に見比べては見れば粗探しはできた。


「……もうわかったから洋服着て」

「モデルなんてしてないだろ?」

「うん、信じるよ」


 俺はしゃがみこんで大きく安堵の息を吐いた。


 ってか、ここまでしないと信じてもらえないって、どんだけ信用ないんかな? そんなに不誠実にしてきたつもりはないんだけど、伊藤にとって俺ってどういうふうに見られてるんだ?

 そりゃ、どちらかというと口下手だし、好きだとかあんま言ってないかもしれないけど、態度にはでまくってたよな? かなりがっついていたって自覚はある。

 もしかして、伊藤にだけとか思われてない?


 初めての彼女で、それどころか誰かを好きだって自覚したのも初めてで、ぶっちゃけ性欲を感じたのだって伊藤が初めてだ。そりゃ男だから溜まれば出したくなる。物理的に擦れば勃つ。でも、誰彼かまわず出したい訳じゃない。キスしたいのも、触れたいのも、それ以上も伊藤とだけだ。


 信じてもらってないというより、信じさせてあげれなかった自分の未熟さに凹む。


「吾妻君? 」


 いつまでも立ち上がらない俺を不安に思ったのか、伊藤が俺のそばに近寄ってきて俺の前に膝をついた。


「俺さ……、伊藤が好きだ。伊藤だけが好きだ」

「……」

「触りたいのも、キスしたいのも伊だけだ。はっきり言って、他の女は異性だって認識すらしてない」

「雅先輩……和風の美人さんだよね? 」

「伊藤のが可愛い。伊藤のが美人だ」

「舞先輩、華やかで綺麗だよ。オッパイも大きいし、スタイル抜群だよね」

「派手過ぎるし、オッパイったって、ただの脂肪の塊にしか見えない。伊藤の胸のが好きだ。形もいいし、さわり心地とか指に吸い付く感じとか大好きだ! 」


 ヤバイ!

 思い出したら、俺のが元気になってきた。パン一だから支障がありまくりだ。下手したら飛び出す。

 さりげなく手で隠し、禿げオヤジのリンボーダンスを頭を思い描いて(一瞬で萎える)気持ちを落ち着かせた。


「彩ちゃんとか瑠衣ちゃん、ピッチピチで若くて可愛いよね」

「ただのガキだろ。伊藤だって若いだろ。またま十代だし。可愛さは伊藤が突き抜けてダントツ一位だから。俺は誰よりも伊藤が好きだよ。他はいらない。伊藤にしか欲情しないしな」

「よ……欲……」


 伊藤は床にペタリと座り込み、恥ずかしそうに赤くなった顔を両手で隠してしまう。


「マジで、死ぬほど伊藤が好きだ。他なんかいらない。伊藤だけいればいい」


 座り込んだ伊藤の身体をスッポリ覆うように抱き寄せた。パン一ってのがかっこつかないけど、抱き締めたらソッコウで勃ち上がった物体は無視して、とにかく気持ちを込めて抱き締める。


「信じて」


 伊藤の腕も俺の背中にまわり、俺の胸に頭をグリグリ押し付けてきた。


「……信じるよ」


 俺は伊藤の頬に手を添えて上を向かせると、しっとりと潤った伊藤の唇に噛みつくようなキスを落とした。





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