第66話 吾妻君のバイト先2

 それにしても、あの二人って昔関係があったってことだよね? そのうえ、吾妻君にもってこと? 吾妻君と遥君は友達なのに、そんなのアリなの? それとも、それくらい吾妻君のことが大好きだったってこと? 彼氏の友達を好きになったら駄目なのに……的な?


 私はトイレの個室にこもって、舞先輩→遥君・吾妻君の関係をグルグル考えていた。


 でも、ハッと気付く。話の内容がいたたまれなくて席を立ってしまったけれど、あの場合一番辛いのは佳苗ちゃんだったんじゃないかってことに。

 私はトイレの個室から出て急いで手を洗った。トイレのドアを開けたら、ゴンッという音と「イテッ! 」という声が。


 恐る恐るドアから顔を出すと、スーツを着たサラリーマンが額を押さえて立っていた。


「ごめんなさい! 」

「イッテェなぁ……って、子供?」

「すみません、申し訳ありません」


 私は何回も頭を下げる。


「へぇ……、中学生? 」

「いえ、大学です。本当にすみませんでした」

「マジで?! 大学生なの? ふーん、そうなんだ」


 私は頭を下げていたから、そのサラリーマンがニヤニヤ笑っていたのに気がつかなかった。


「ヤバいよな、多分これ腫れるわ。明日、大切なプレゼンあんだけど」

「ごめんなさい! 今冷やすものもらっ……」


 吾妻君に氷を貰いに行こうとサラリーマンの横を走ってすり抜けようとしたら、サラリーマンに腕をつかまれて引き戻された。


「君が一緒に飲んでくれたら、まぁチャラにしてやるよ」

「すみません、まだ未成年なんで飲めません」

「はぁ? マジメかよ。大学生なんて、みんな飲んでんじゃん。バレなきゃ大丈夫だから。初飲み?お兄さんが楽しい飲み方教えてやるよ。おごり、俺のおごり」

「けっこうです。今、氷もらってきますから離してください」


 腕を引き抜こうとするが、ガッツリつかまれていて離してくれない。それどころか肩に手を回され、トイレ脇の階段から中二階のフロアーに連れて行かれる。

 大声を出すのも躊躇われ、「止めてください、飲めませんから」と繰り返し言うが、サラリーマンは「大丈夫、大丈夫」と全く聞いてくれない。


 中二階はソファー席で、サラリーマンは友達と来ていたのか、もう一人別のサラリーマンがソファーに座っていた。


「何、ずいぶん若い子ひっかけてきたな」

「一応JDらしいぞ」

「マジで? 見えねぇ! ね、何ちゃん?」

「……」


 無理やり二人掛けのソファーに座らされ、ベタベタ腕や肩に触られ泣きたくなる。


「スミレちゃん? アズサちゃん? スズネちゃん? 」

「おまえ、それ歴代の彼女の名前じゃねぇか」


 サラリーマン達はゲラゲラ笑いながら、私の名前当てゲームを始める。


「そうだ、君にお酒飲ませるって約束したよな。カクテル、甘いやつとか飲みやすいっしょ。これとかこれかなぁ」


 そんな約束してないし、飲めないって断ってるし。

 私は何とかソファーから立ち上がろうとするが、中腰になる度に腕を引っ張られる。もう、大声を出すしかないかと腹筋に力を入れた時、サラリーマンが「すいません」と手を上げて店員を呼んだ。


「はーい、何になさいますぅ? 」


 鼻に抜けるような声で、胸を揺らした店員(舞先輩)が階段を上ってきた。

 一瞬目が合ったが、特に何を言うでもなくサラリーマン達に媚びるように笑いかける。


「舞ちゃん今日も可愛いね」


 サラリーマンの一人が、舞先輩の胸をあからさまに見つつ、デレッと表情を崩す。


「ありがとうございまーす。河合さんも今日も素敵なスーツですね。渡辺さんは髪型かえました?」

「あ、わかる? ねぇ、舞ちゃん、今日こそは俺らと飲み行こうぜ。バイト終わりまで待ってるし」


 舞先輩は、「どうしようかなぁ」とわざとらしく胸の下で腕を組み、豊満さをアピールしながら私をチラチラ見る。サラリーマン二人の視線は舞先輩の胸に集中している。


「ほら、なんか可愛い女の子つかまえたみたいだし、私なんか……ねぇ? 」

「え? 何言っちゃってるの? 舞ちゃんが付き合ってくれるんなら、こんなお子様、なぁ? 」

「そりゃ全然舞ちゃんっしょ! 」

「本当に~? 若くてピチピチな方がいいんじゃなくて? 」

「まさか! 舞ちゃんのがいいに決まってんじゃん」


 ちょっとよく意味がわからない。私がついてきたくて来た訳じゃないのに。でも、舞先輩と話始めたおかげで、つかまれていた力が弛んだ。それを見逃す筈もなく、私はサラリーマンの腕を振り払って立ち上がった。


「友達が待ってますから失礼します」


 この際、トイレのドアをサラリーマンにぶつけてしまったことは、すっきりさっぱり忘れてしまおう。とりあえず謝ったし、見る感じ赤みもそんなに目立たなくなっているし、タンコブにもなっていないようだ。


 舞先輩にサラリーマンの意識が集中している隙に席から離れ、階段をダッシュで下る。階段の下のところで階段を上ろうとしていた佳苗ちゃんが目に入り、その豊かな胸に飛び込んだ。


「莉奈、どこ行ってたの? 探したんだよ」

「トイレ。トイレ出ようとして、サラリーマンにドアぶつけちゃって。謝ったんだけど許してくれなくて、席に連れて行かれてた」

「それ、ナンパだから」


 佳苗ちゃんは呆れたようにつぶやき、私の背中を撫でてくれた。


「で、何もされなかった? 」

「うん。お酒飲まされそうになったけど、舞……先輩? が助けてくれた」

「は? あの先輩が?! 」


 信じられないと、佳苗ちゃんは階段の上に目をやると、ちょうど舞先輩が下りてきた。


「さ……さっきはありがとうございました」


 私が頭を下げると、舞先輩は階段の二つ上で立ち止まり、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「ハァ? これでわかったでしょ。あんたよりも魅力があるの。誰が私を差し置いてあんたなんかの相手をするっていうのよ。勘違いしないで! 」


 わざと肩がぶつかるようにすれ違い、舞先輩はお尻を左右に揺らしながら歩いて行ってしまった。佳苗ちゃんが支えてくれたからよろけないですんだが、舞先輩の言ったことがさっぱり理解できず、ポカンとその後ろ姿を見守ってしまった。


「まぁ……やっぱり舞先輩だね。助けてくれたってか、莉奈をナンパした男を奪って、マウント取りたかっただけだからさ。とりあえず、莉奈が無事で良かった」


 席に戻ると、遥君が私を見てホッとしたように笑った。


「良かった、どこいたの? 」


 佳苗ちゃんが私がさっき話した話を遥君にすると、遥君は大きく息を吐くと、テーブルに突っ伏した。


「その話、修斗には内緒な。主に俺が半殺しに合うから」

「アハハ、わかる。アンド、莉奈をナンパしたサラリーマンの命はないね」


 不穏な内容なんですけど。でもまぁ、吾妻君がそんな乱暴なことをするとは思わないけど、吾妻君のバイト先に来ちゃ駄目って言われたくないから、ナイショ……でいいのかな?

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